
夕暮れ迫る室堂平に ふと佇む雷鳥さん
ずいぶん前ですが五木寛之さんの講演を聞きました
タイトルは 「暗愁の行方」
暗愁とは
差し迫った問題も悲しいこともあるわけではないのに
ふと夕暮れ物思いに沈んでしまう そんな気持ちの事なのだそうです
森鴎外が使って以来日本語からは消えてしまった言葉であり
言葉が消えるというのは 必要がなくなったから だと
日本は戦後の荒廃からすごい勢いで復興したけれど
足手まといになるものをすべて投げ捨ててしまったのではないか
捨ててはならないものまで・・・
人生と戦うことを諦めてしまった人を自分は否定はしないけど
人は生きて在ることが尊いのだと・・・
というような趣旨のお話でした
姉の入院先の光景によくこのお話を思い出します
雷鳥さんは何か悲しいことがあったのだろうか?
ふと 暗愁に駆られただけ?