今日はゆっくりしていいと言われたので今はベッドの上で横になっている。記憶喪失である事を心配してくれたマダムは医者を呼んで来ると言って出掛けた。
そういえば、おかしな夢を見るようになった。真夜中に一人で歩いていると、男の声が聞こえた。「どうかされましたか。」と。振り向くと男がいた。男の顔は暗くて見えなかった。それから男は願いを叶えると言う。しかし、何かが犠牲になるらしい。そういった会話をしていると目が覚めてしまう。この夢がどうという事はないが、初めて見る気がしない。これがきっと残った記憶なのだろう。
ドアの開く音、マダムが帰ってきた。
「お医者さん、呼んできたわよ!」
部屋に白衣を着た男が入ってきた。
「この方が記憶喪失なんですね?」
「はい、そうなんです。あと体の一部も見て頂きたいんです。」
「体の一部?どこですか?」
「いえ、なんでもありませんわ、フフッ…。」
「そうですか…。では、診察を始めます。」
そう言うと男は私の前に座った。
「記憶喪失というのは頭部に外部からの強い衝撃や精神的な影響などで記憶が消えてしまう状態の事です。頭が痛かったり、体に異常が見られたりしませんか?」
はっきり言って異常はある。それが記憶喪失と関係があるとは…思える。
「…いや、痛いとかはないです。」
「そうですか。きっと他に原因があるのでしょうね。」
マダムが視覚に入った。マダムは何か言いたげにしていた。自分でも分かっているがアレは人に見せるものじゃない。相手が医者でも見せたいとは思わない。
「医者の私が言うのもなんですが、記憶喪失のはっきりとした治療法というのはありません。」
「そうなんですね…。」
「しかし、何らかの原因で記憶が戻る事はあります。」
「何らかの原因?」
「記憶が戻るきっかけですかね。記憶に結び付くような出来事、具体的には印象に残った光景や食べ物の味や匂い、あとは音とかですかね。それが上手く記憶と結び付くと記憶が戻るという訳です。しかし、現実的には難しいでしょう。」
「…記憶がないからですか?」
「そうなりますね。でも難しく考えないでください。大切なのは脳への刺激です。」
「刺激ですか…、叩くとかですか?」
「いえ、頭部に衝撃を与えるのではなく、新しい事をしてみたり、見た事のない景色を見たりする事です。それで十分な刺激になります。」
医者が帰ってから考えてみた。今日はもう日が暮れてどこかに行く事は出来ない。明日街を歩いてみようか。
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