たいほう2

いろいろな案内の場

非線形な世界  その2ーサウジアラビアのサルタンさんという人物ー

2022-07-26 14:36:51 | ものがたり
 リヤドの飛行場に到着した。時間は午前1時である。売店も少なく、殺風景である。白いローブを羽織り、頭巾をかぶっている見知らぬ男たちが行きかっている。日本人は私一人のようである。ここにサルタンさんが迎えに来てくれるはずなのだが、待てども来ない。税関からの出口は何か所かあるので、私を探しているのだろうと思い、大荷物を引きずって飛行場をうろうろした。背の低いローブ姿の男が私に近づいて、「Taxi?」と呼びかけてくる。その声に周りのローブ姿の男たちも私を見る。私は「No」を繰り返した。男はしばらくしてやっと立ち去った。
 本当に来てくれるのか不安である。サルタンさんに連絡する手段も無く、もし迎えに来てくれなければ、どこかホテルを探さなければならない。しかし言葉も分からず、金もない。こんな夜中にホテルは見つかるのか?
 遂にサルタンさんを探すのを諦め、ベンチに座り、連絡する手段を考えた。すると今度は背の高いローブ姿の男が近づいてきた。手を出し、金をくれ、のポーズである。絡まれても厄介と思い、ポーチの中の財布からドル紙幣を出そうとした。するとその男はポーチを覗き込む。とっさに財布のありかを確認しているのだと感じた。これはスリの常套手段で、もしかしたら仲間がいる可能性がある。財布を出すのを止め、あたりを見渡した。周りの人間すべてが怪しく見える。私は男を振り払うようにその場を立ち去った。
 しばらくぶらぶらした。携帯を見ている人も多い。そうだ、飛行場のフリーWifiが使えるかもしれない。携帯から探してみると、あ、フリーWifiがある。すぐさま接続し、サルタンさんに電話をした。すぐに電話に出てくれた。すぐそばにいるのだと思った。ところが「飛行場に着きましたか。これから車で迎えに行きます。」とのこと。私が電話をかけなければ迎えに来ないつもりであったのか。なんてやつだ!怒りが湧いてきた。

 サルタンさんとの初対面は一年前、日本で開催された人工衛星に関する国際学会の懇親会であった。日本酒をぐびぐび飲みながら、サウジアラビアの緑化計画を話していた。一方的に話し、私が口をはさむ間がない。聞くと東京工業大学で博士号を取得したとのこと。サウジアラビアに帰ってからはコンサルタントを経営している。日本への思い入れがあり、日本の大臣一行がサウジアラビアを訪問した際には何度かアテンドをし、リヤドの自宅にも招いたとのことである。だれをアテンドしたか尋ねると、著名な政治家を2,3名挙げた。話を聞けば聞くほどサルタンさんに引き込まれていく。その時は意気投合し、サルタンさんは信頼できる好人物であると思った。
 それから一年経って突然、サウジアラビアの緑化計画の件でリヤドに来てくれないか、と連絡があった。日本との協働の計画にしたいので、日本とサウジアラビアの橋渡し役が必要で協力してくれとのことである。私は地球物理学者である。地球のいろいろな場所の自然現象に興味があり、現場に行き、データを取り、論文を書く。日本とサウジアラビアの橋渡し役ができるかは兎も角、これはサウジアラビアを知る魅力的な機会である。私はすでに研究所をリタイヤし、フリーである。ついこの申し出に飛びついてしまった。

 考えてみればサルタンさんの申し出に応じてリヤドに来たのは無謀であった。もう午前2時半である。飛行場にいる人々もまばらになってきた。しかしサルタンさんは現れない。そこに携帯に電話が入った。飛行場に着いたので、外に出て私を探せ、ときた。なんてやつだ!大荷物を持って飛行場の外に出て探せというのか。サルタンさんは信頼できる好人物だと思った自分を恥じた。
 外に出て探すのは無理だから、飛行場の中にいるので私を探してくれ、と伝えた。しばらくするとサルタンさんが現れた。白いローブを羽織り、頭巾をかぶっている。日本で会った時はスーツにネクタイ姿であったので、最初はサルタンさんとは思わなかった。しかし満面の笑顔、太い眉毛、大きな目、鷲鼻、もじゃもじゃの鬚、この愛嬌のある顔はやっぱりサルタンさんだ。
 助かった。外に駐車してあったサルタンさんの車に乗って、ホテルへと向かった。

サルタンさんによく似た人

(つづく)