おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

「分断して統治する」手法はデマゴーグによる民衆の誘導の手法である -分断の時代に考える⑬-

2023-11-02 06:26:42 | 日記
偽ポピュリズムは、
政権を取る前はどんなことでも約束するが、
そのあとは搾取すること以外何ももたらさない
デマゴーグによる民衆の誘導である。

「民衆の指導者」を表す古代ギリシア語に由来する「デマゴーグ」は、
良くない指導者たちがもたらしたつらい経験を、その時々の人々が積み重ねることによって、
歴史のなかで、本来の意味から逸れて、
デマゴーグ≒感情、雄弁(詭弁?)、守れない約束を用いて、(ときに騒ぐだけ騒ぎ)自分勝手な目的のために人々を食いものにする者たち
となった。

(→ただし、2400年前のアテネにもデマゴーグは存在した。クレオンに対するアリストテレスの記述が良い例である。)

歴史的にみると、ポピュリズムは独裁者が使う方便であり、民主主義の敗北である。

アテネは僭主になりそうな者から市民と民主主義を守るために、
陶片追放という巧妙な制度を設ける必要があった。

しかし、それにより市民は、力を持ちすぎる恐れのある者を誰でも、ある程度社会的不名誉を与えない形で、10年は追放することが出来た、
そして、その制度を免れる者はいなかった。

危機に満ちたペルシア戦争の間、
ギリシア連合軍の救世主となったテミストクレスは、
極めて賢明で、1番の成功を収めた指導者であったにもかかわらず、
戦争に勝った直後、
民主主義に脅威を与える者として追放されたのである。

民主主義は脆く、簡単に崩壊するものであることを、アテネは解っていた。

だからこそ、市民は、
権力者たちからも、
彼/彼女らに追随しようとする自らの本能からも
守られなければならないことをも、知っていた。

アリストテレスは
「民主主義国家における革命は、概してデマゴーグによる節度ない言動に拠って起きる」

と述べている。
デマゴーグの言葉やデマゴーグ以降の部分は意訳にすぎるかもしれないが、
アリストテレスのことばは、
今でも、過去から響くように聞こえてくる教訓として、耳朶を打つようである。

ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。

*明日から数日間、不定期更新になります。

またよろしくお願いいたします。

今日もまた頑張りすぎず、頑張りたいですね。
では、また、次回。