おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

アメリカ合衆国について②-ゲティスバーグの演説から-

2024-07-18 06:49:12 | 日記
「例外」ということばを、アメリ化に対して使ったのは、1830年代にアメリカを訪れていたアレクシ・ド・トクヴィルであった。

トクヴィルは著書『アメリカのデモクラシー』で、アメリカ人が異常なまでに営利の追求に熱を上げ、文化的なものには興味がないことを、彼は皮肉を込めて
「アメリカ人の状況は、だからまったく例外的であり......彼らの起源はまったく清教徒的であり、習慣は商売一辺倒、住んでいる土地そのもヨーロッパと隣り合っているため、学問、文学、芸術研究から彼ら/彼女らの知的関心をそらせている
と述べている。

しかし、トクヴィルは、アメリカの悪い部分だけでなく、善い部分にも目を向けていた。

それはアメリカは世界の希望でもあったことである。

アメリカは、その独特の歴史、国土の広さ、国民の多様性、豊富な天然資源、地理的な独立性、民主主義、自由な経済活動、個人の自由、個人主義、新たなアイデアや発明に対しする寛容さ、少ない事業規制、豊富な商取引体験、機会均等という点で、例外的な存在であったのである。
......。

さて、リンカーンは、アメリカ国民がまだ成長の途上にあることを理解した上で、アメリカ例外主義のより高尚で向上心に溢れた側面を、最も、よく体現した人物のひとりであろう。

リンカーンは、
国民は自分の生活を模範的にするだけでは十分ではなく、自分たち政治家がよりよい世界への道標となる光を灯すことを、神は求めている
、と考えており、その決意を、ゲティスバーグの演説で、
「これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、私たちが、ここで、固く決意することである
と表明しているのである。

歴史の皮肉が当てはまるという点では、リンカーンもまた、例外ではなかった。

1863年11月に行われたこの演説の場所は、アメリカがまったく不当な動機を以て、最も残酷な内戦を戦った、流血の戦場の、一角だったのである。

まさに、リンカーンにとって、この時のアメリカは、よりよい世界を目指すための最悪の手本であったのかもしれない。

しかし、リンカーンは、決して希望を捨てなかった。

ひとたび、各州が結束すれば、この国はやがて、戦争の傷を癒し、高い道徳基準を取り戻し、人々を救いに導く、と、考えていたのであろう。

リンカーンは、宗教にとらわれずに説教をし、人間とアメリカが抱える実に悲しい欠点を常に認識していた。

しかし、常に、アメリカ人の善き本性を探し求め、頻繁にそれを見出してもいた。

アメリカ人が選ばれた者であるならば、貪欲さではなく、善良さにおいて「例外的な」存在とならなければならないと、リンカーンは、考えたのであろう。

「過去は決して、死なない。過ぎ去ってもいないのだ。」

奴隷を許したレイシズムは、決して滅びることはなく、その様相が微妙に変わっただけであった。

歴史に、「もし」はないが、リンカーンが生きていて、アメリカの再建を指導していたならば、彼が思い描いていた公正なアメリカが実現したかもしれない。

しかし、今日もレイシズムは蔓延る。

約160年前、黒人は文書の上では自由にはなったが、まず、厳しい人種隔離政策であるジム・クロウ制度によって、暴力にさらされ、投獄され続けた。

現在も、まだ、人種的・経済的な不公平をもたらす屈辱的な仕組みは残っている。

アメリカで最も偉大な作家のひとりであるマーク・トウェインが書いた『ハックルベリー・フィンの冒険』は、
「Black lives matter」として、白人の偽善を打ち砕いた。

しかし、アメリカ初の映画大作のひとつである『國民の創生』は、KKKの価値を高めた。

「すべての人間は生まれながらにして平等」、ただし、奴隷を除く、という、独立宣言の偽善に取って代わったのは、黒人の生活に対する日常的な偽善であったのである。

黒人はたびたび隔離され、ほぼ何かしら不平等な扱いを受け続けていて、いまだに、十分に大切にされているとは言えないだろう。

南北戦争は、まだ終わってなどいなかったのかもしれない。

マーク・トウェインは、宗教に名を借りた「明白な運命」や「文明化の使命」という宗教的偽善に隠された、アメリカの帝国主義を嫌っていた。

それは、
すべての人間は生まれながらにして平等ではあるが、アメリカ人は他者を征服する特権を神から与えられている、または、そうした役目を、自ら任じている

、という考えである。

そして、その考えのもと、アメリカ人は、西部への移動を阻むとして、ネイティブ・アメリカンを殺害し、メキシコ人を倒して広大な土地を獲得し、アメリカが捻じ曲げた事実をもとなスペインと戦争をし、植民地を獲得したのである。

マーク・トウェインは、ルーズベルトのことを
「南北戦争以来、アメリカに降りかかった恐ろしい災難」と評し、
「神は、アメリカ人が地理を学べるように戦争を生み出した」
と痛烈に皮肉った。

トウェインは、アメリカでフィリピンで人々を殺している理由を理解出来ないものとして、嫌悪していた。

しかし、少なくはない一部のアメリカ人には、アメリカ例外主義は、アメリカが関わったあらゆる戦争を、まったく正しいものであるかのように思わせていたのである。
それらの戦争が侵略された国の人々にとって理不尽なものであった場合でも、である。

哀しいことに、アメリカ人のみならず、私たち人間は、あるがままに物事を見ないことが多い、その代わりに商業的無関心というレンズを通して物事を見ている。

それも、私たちの貪欲さを理想主義の薄い膜で覆い隠して、見ているのである。

ここまで、読んで下さり、ありがとうございます。

暑い日が続きますね^_^;

体調管理に気をつけたいですね( ^_^)

今日も、頑張りすぎず、頑張りたいですね。

では、また、次回。


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