おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

シェークスピアの『テンペスト』にみるディストピア思想から-私たちは過去から学べるか⑦-

2023-12-14 05:37:05 | 日記
ウィリアム・シェークスピアが書いた最初と最後の戯曲が、共に、トマス・モアの生涯と功績に基づいたものであったことは、あまり知られていない。

最初の、『サー・トマス・モア』は、シェークスピアが数名の作家と共に書いた、初期の伝記的作品である。
また、最後の戯曲『テンペスト』は、モアの『ユートピア』を痛烈に皮肉った作品である。

シェークスピアは、モア個人の苦境は理解していたものの、彼の政治的活動には反対していて、彼の考え方の甘さを苦々しく思っていた節すらある。

シェークスピアは『テンペスト』を、人類や新天地への可能性に対するモアの楽観的な見方に逐一、反論する形に仕上げている。

『テンペスト』は『ユートピア』と同様、北アメリカ沿岸沖に在る島が舞台になっている。

ここで、シェークスピアは、
新世界で新たなスタートを切ることによって、
旧世界で積み重ねられた多くの罪や不正をきれいさっぱりと無くすことが出来る、と、いう考えを、容赦なく揶揄している。
(→昨日、今日の我が国の政権内部の混乱したさまを、思い浮かべてしまう。
今日の官房長官の会見は、もう松野氏ではないのであろう......。)

シェークスピアは初期の作品『サー・トマス・モア』でも、欠点を改めない人間が本質的に、ユートピア的な世界を生み出せない理由を見事に話させている台詞に

「というのも、ほかの兇漢どもが勝手気ままに勝手気ままに同じ暴力を振るい、
同じ理屈をこね、同じ権利を盾にとって諸君を食い物にしてしまうからだ。
いちどそうなると、人間は貪婪(どんらん)な魚みたいに共食いを始めることになるだろう」
というものが在る。

シェークスピアは若い頃からすでに世の中に幻滅、というか厭世観のようなものすらを感じており、老いるにつれ、その幻滅や厭世観のようなものは、彼の裡で、どんどんと絶望へと変わっていったように、私は、思う。

モアが描いた新世界は、豊かで繁栄した穏やかな場所である。
そこには、秩序が在り、理性的で、寛容であり、均衡が取れていて、人に対する善意に溢れている。

一方、シェークスピアが描いた新世界は不毛な荒涼とした所で、激しい感情と復讐の企みに駆り立てられている場所である。
シェークスピアは、新世界は旧世界と変わらず、どこへ行こうと、人間はそれまでと変わらない悲しい限界を抱えているのだから、と考えていたようだ。

シェークスピアは、ホッブズが登場する前からホッブズの思想を持ち、ルソーが出て来る前からルソーの思想を非難していた。

シェークスピアの『テンペスト』は、モアの『ユートピア』を逆転した作品であるとともに、鬼才シェークスピアが最後の戯曲としてこの世に残した作品である。
このことの意味を、私たちは、再考する必要があるのかもしれない。

ここまで、読んでくださり、ありがとうございます。
明日(12/15)から、数日間のあいだ、また、不定期更新となります。よろしくお願いいたします。
今日の見出し画像(写真)は、このブログのざっくりとした(後書き記録用の)スケジュール帳です。
私は、自分の脳内容量を「超」過信し&スマホなどの電子機器?がまだまだ苦手なため、
ブログを本気で楽しみ始めた2023年の7月から3か月、「いつどこに何を描いたんだっけ?」
問題に悩まされ、10月になり2023年10月始まりの2024年用の手帳を発見し、
ようやく手帳に記録することによって、その問題から解放されたのでした......(;^_^A
記録と言えば、官房長官や大臣たちまで変わってしまい、
えーっ、あらあらあら......です。
今日の文章は思いっきりの皮肉をシェークスピアの力を借りてきて描いたつもりです。
しかし、スゴい年末です。
私の今年の漢字は「変」かなあ。
私自身が前向きに「変」わり、はじめました。ブログは本当にその契機の大きなひとつです、皆さまのおかげです、ありがとうございます。

また、気温が「変」則的で、「変」にずっと高く、物価も何回上がるんだ......というくらいものたちの値段が「変」わることが、「変」な感じで、政治は去年と同じく、「変」でした。......というのが、私の2023年の漢字です。
皆さまはどのような文字になさいましたか??
それでは、今日も、頑張り過ぎず、頑張りたいですね。
では、(明日から、数日間不定期更新となりますが)
また、次回。


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