歯科医物語

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吉田拓郎の名曲復活を記念し歌の舞台

2023-01-16 21:49:50 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)
吉田拓郎の名曲復活を記念し歌の舞台「原宿ペニーレイン」で限定イベント開催


原宿ペニーレインで吉田拓郎のイベントが開催された
 歌手・吉田拓郎の名曲「ペニーレインでバーボン」の復刻を記念して16日から東京・原宿のペニーレインで限定イベント「ペニーレインでバーボンを飲もうよ」が開催された。  同曲にちなんでバーボン、さらに「カンパリソーダとフライドポテト」(1977年)でカンパリソーダ、「いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった」(92年)でコーラなど、かつての拓郎の名曲に合わせたメニューが提供された。  今回のイベントは、昨年12月に拓郎の5枚目のオリジナル・アルバム「今はまだ人生を語らず」(74年)が完全復刻され、
 



さらに79年に行われた「TAKURO TOUR 1979」からは東京・日本武道館、静岡市民会館でのライブ、そしてオールナイト野外ライブ「アイランド・コンサートin篠島」のステージから厳選されたテイクを集めた「COMPLETE TAKURO TOUR 1979 完全復刻盤」

 



が同時発売したことからサプライズ開催されたもの。




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数学の大家、佐藤幹夫さん死去

2023-01-16 21:43:41 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)
数学の大家、佐藤幹夫さん死去 94歳 「佐藤超関数」など理論示す

京都大名誉教授の佐藤幹夫さん
 「数学の大家」として知られ、関数を極限まで一般化した「佐藤超関数」などの理論を示した京都大名誉教授の佐藤幹夫(さとう・みきお)さんが9日、老衰のため死去した。94歳だった。葬儀は近親者で営まれた。喪主は長男信夫さん。
 
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がん闘病中の秋野暢子、検査結果は「再発無し!」

2023-01-16 19:55:55 | ☆メディア(本・映画・Web・音楽など)
がん闘病中の秋野暢子、検査結果は「再発無し!」 一方で「潜んでるがんが出てくる可能性も五分五分」

検査結果にサムズアップ(画像は秋野暢子オフィシャルブログから)
 俳優の秋野暢子さんが1月16日にブログを更新。秋野さんは頸部(けいぶ)食道がんで闘病中で、4日前に受けた検査の結果、経過良好だったことを明かし「とにかく一安心です」と報告しました。 【画像】闘病で脱毛前の秋野さん  秋野さんはステージ3の頸部(けいぶ)食道がんを治療するため2022年6月に入院生活をスタートし、8月に全30回の放射線治療が、10月には全4クールの抗がん剤治療が終了。11月には退院し、12月には目に見えるがんが全て消滅したことを伝えるとともに目に見えないレベルの“がん疑惑”が2つほどあることを明かしながら、2023年に再び内視鏡検査をすることを伝えていました。


 
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関川夏央氏と 谷口ジロー氏の出会い

2023-01-16 03:37:54 | ★「谷口ジロー」中心街
 

 関川夏央氏は、言うまでもなく 谷口とのコンビで、「事件屋稼業」・「『坊ちゃん』の時代」などの、名作を生んできた人物である。

 しかし、関川氏は「大うそつき」である(笑)。

 関川は、彼のエッセイ(対談も彼の創作?)のなかで、谷口との出会いを、完全に、フィクション化しているのである。関川氏の書いた「谷口先生登場」のシーンを、集めてみた。
 途中、谷口先生にかなり「失礼」なことも書いてあります>すみません。 m(__)m







80 単行本「無防備都市」
日本・フィリピンの混血。10年にわたるヒッピー生活を送る。・・・・・・・。香港で関川と出会い、その後日本でオモチャ屋を開業し、失敗。生活のためマンガ家となる。






80 単行本「リンド3! vol.4」
 47階に、ふたりの男がやってきた。
・・・・・・・・・・
 その窓のもたれ、ビールのグラスを手にした白系ロシアの殺し屋のような痩せた男は、谷口という名前だった。
 もうひとり、・・・・・・太った男は関川といった。
 ふたりは低い声で話はじめた。
・・・・・・・・・・・・
関川 「漫画パンチの編集部から、動物の話を描きたがっているが、物語に苦慮している描き手がいる。ひとつ台本を書いてくれないか、といわれたのがキッカケだった。」
谷口 「俺は動物・・・・・・・ま、哺乳類が描きたくてしかたがなかった。君は、ところが、人間しか書きたくないという」
関川 「そうだ。はじめて会ったときは、互いの敵意の火花で、タバコに火がついた」
谷口 「いまは・・・・・・?」
関川 「いまも・・・・・・・戦いだろうな」
谷口 「(笑)結局、しだいに、要求はなにもない、のようなスタイルに変化していった」
・・・・・・・・・・・・・・






81 雑誌「ふゅーじょんぷろだくと」掲載 「谷口ジローとの4年間プラス2時間」
日本・フィリピンの混血。10年にわたるヒッピー生活を送る。その後日本でオモチャ屋を開業し、失敗。生活のためまんが家となる。
(谷口に関川がインタビューの形式。)
関川: 関川です。
谷口: 谷口です。
・・・・・・・・・・・
編集者: あのー、おふたりは初対面・・・・・
関川: のわけがないでしょ。






81 単行本「名探偵に名前はいらない」
(関川の原作者としての)デビュー作は。>谷口ジローとやった仕事です。







82 雑誌「ブリッコ」掲載「原作屋稼業 題1話 1977年の冬のにおい」
・・・・(関川が)受話器をとりあげると、旧友のフジワラの声が聞こえた。・・・・・
「そのおまえのくだらない経験を洗濯機に突っこんで1度あらいな。それから書きな。」
「書く?」
「そうさ。マンガのストーリーをかけってんだ」
「ほう?」
「半分フィリピンの絵描きがいる」
とフジワラは言った。
「絵は達者なんだ。しかしツラもそうだがセンスが日本人離れしている。だがらまだ一流じゃない、やつをなんとかするためには、とおれは考えたのさ。つまり、毒を制するには毒をもってせよ、だ。」
「毒? おれが毒だってか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・(マンガのストーリーを)書きあげたカレンダーをまるめてドブくさい出版社にとどけると、彼は、アマチ・シゲルのような表情をつくって10万円をおれに渡した。カレンダーはそばにいたヒゲの男にぽんと放り投げた。
 油を塗ったように輝く浅黒い肌を持ったその男は、カレダーの裏側の文字のすべてを読み終わると、ひと言も口をきかず、ただ挑戦的な微笑を浮かべただけで明るい冬の街へ出ていった。やつはタニグチ・ジローってんだ、とフジワラがいった。







85 単行本「暴力街21分署 無防備都市」
(谷口は)・・・・・深夜、地下鉄工事の労働者として働きながら、私立探偵をめざしてアイフル探偵学校に入学。ここで、関川夏央と出会う。
 1976年から、「夢と希望うをもってマンガをつくろう」を合言葉に関川とマンガを製作し、ついに自分の天職を発見したと感じる。







86(96) 単行本「事件屋稼業1 Revised Edition」
・・・・(関川の)青春の怒涛はつづく。小豆の先物取引に手を出して文なしとなり、空腹に耐えかねて、カレンダーの裏に書いたマンガ用のストーリーを売った端た金で吉野家の牛丼を杭、鯨のベーコンを買うようなチンケな日々を送るうち、日比混血の血の気の多いマンガ家、ジロ・タニグチを知る。双葉女子高前の土手で桜の花びらを散らす乱闘ののち、ともに昭和維新の歌をうたって和解する。


88 単行本「マンガ批評体系 第1巻」
・・・・・1977年2月のすざましく寒い日に谷口ジローと水道橋のたもとではじめて会い、一瞥のうちにたがいに相手を値踏もうとしつつ小さな敵意の火花を交し合って以来、・・・・・」









97 単行本「不機嫌亭漱石」
谷口と関川が出会ったのは1977年であった。そのとき谷口は29歳、関川は27歳であった。・・・・・・しかし現在はふたりのめざすところがやや離れ・・・・・。

 


 
 
 




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谷口ジロー作品論    試論(2)    「或る戦い」      

2023-01-16 03:29:35 | ★「谷口ジロー」中心街
谷口ジロー作品論    試論(2)
           
  「或る戦い」



「タニグチジロー サクヒンロン」・・・・・


これを書かなければならない、
という、強迫観念に、
駆られながら、5年間、
いつも、オレを、苦しめている・・・・。

イヤ、オレは、戦ってきた!。


コンなもん、かけるはずはない・・・

イヤイヤ、それでは、こちらの負けだ。

どうして、彼の作品は、
オレを、魅せるのか??。

この、ナゾを解かなくては
これをやっているイミがないではないか!。


相手は、かなりてごわい・・・

ある時には、超合金ロボットのように、
ある時には、ゴム風船のように、やわらかい「魔人ブー」のように、

オレが、殴っても、なぐっても、
なにひとつ、変わったことはないような、顔をして、
へらへら笑いやがる。

かなり追い詰めたと、思っても、
実は、こちらが、窮地においこまれている。



「ヒョウロン」は、
あるときは、コピー用紙、
あるときは、カレンダーのウラ
また、あるときは、新聞広告のウラに、

書いては、すて、
書いては、捨て・・・・・・。

タバコも、多くなった。


ふと、机に向かっていて、
振り向くと、紙の、山が、
オレのすぐ背中まで、追い詰めている。

オマエらも!、敵か!?


もう、なにか、幻覚まで、見るに
至るっている・・・・。

机の端の灰皿を、
見ると、紙の山の、くずれたところに、
少し焦げた跡があった。

オッと、火事にならなくてよった。



ヨ・ク・ナ・イ!!!。

チックショウ、書けない・・・・。

でも、まだ、手は挙げないぞ。
ゼッタイ、書いてやる!!!。
書くまで、オレは、サイトを辞めないぞ!
戦いつづけるぞ!

覚悟しろ!
覚悟しておけ!

わかったな!

タ・ニ・グ・チ!!!



・・・・・・・クソッ、
今回も、オレのマケだ。

オマエの、勝ちにしといてやる。

覚えてやがれ!



→ どうだ、こんな、「評論」書けんだろ!

人気作家を、評論しなけれは、食ってゆけない、
評論家ども・・・・・。

ハッ、ハッ、ハッ、ハハハハ・・・・




                                     05..11月23日  記





 
 
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