加藤登紀子 明菜への「難破船」提供は直感から「この歌のキャストは私じゃなくて彼女だって」
加藤登紀子
シンガー・ソングライターの加藤登紀子(79)が、22日放送のBSフジ「霜降り明星のゴールデン☆80’S」(日曜後8・00)にゲスト出演し、中森明菜(57)に楽曲提供した名曲「難破船」にまつわる秘話を明かした。 84年に加藤がリリースしたアルバム「最後のダンスパーティー」の収録曲。「アルバム自体に大きな冒険の気持ちというか、やる気満々に取り組んだので、実際には20歳の時の恋愛を歌った」と明かした。
| 難破船
中森明菜 WM Japan |
制作当時の加藤は40代に差し掛かるころ。「作ったのは40だから。実際に歌っていたんですけど、だいぶとうが立った女が歌ってる感じになってる。アラフォーという言葉もあるじゃないですか?40歳くらいの女って、そこはかとなく寒いんですよね。熱くなれない。恋愛の歌を歌っても熱くないなあ、私というのがあって」。そんな時、目に入ったのが明菜の存在だったという。「ふと明菜さんを見た時、“うわあ、ぴったりのキャストだ。この歌のキャストは私じゃなくて彼女だ”って思って」。直感を信じ、自ら明菜に楽曲提供を申し出たことを明かした。
音楽番組で共演することが多かった明菜に、自らカセットテープを渡したという。「明菜さんって不思議な人で、壁の一番隅とか真っ暗なところにスタンバイするんです。私は時々、スタッフさんと横に行っておしゃべりしていたんです。その時、まっすぐ難破船のカセットをお渡ししたんです。“もしあなたが気に入って、歌うんだったら、私の持ち歌からしばらく外しますから”って」。楽曲提供を受けた明菜は、自身の世界観で難曲を見事に歌い上げ、87年のNHK紅白歌合戦でも披露。代表曲の一つとなった。 加藤は近年、明菜との交流はないという。「また交流したいですけどね。ぜひ歌って欲しいですけどね」と、切に願っていた。