よく晴れる

書きたいことを書きたいように書いております

空詣で

2010年07月30日 | 日記
どうも不調なので病院の帰り道、観音様に詣でた。
詣でたのはいいのだが、賽銭の小銭を用意しておらず、万札が一枚。
両替してもらえばいいのだけれどそれは何か違う気はして、
合掌してまた出直してくる旨観音様に伝えるだけとなった。
本当に調子が悪い。しっかりしろ俺!
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ミステリーナンダー2

2010年07月27日 | 日記
今朝もまたなぞだった。

朝起きると枕元にパソコンのアダプターが置いてあった。
ご丁寧にアダプターから電源コードは抜き取ってあった。
寝る前にそんなことをした覚えはなく、
家の者がそんなことをするはずもなかった。
その夜もまた部屋のドアも窓も閉めて寝た。
夜中にトイレに起きた覚えはあるが、
アダプターから電源コードを抜いたりなんかしない。
なぜ枕元にアダプターが置いてあったのか。
なぞだ。
やはり小さいおっさんもしくは何者かがいるのだろうか。
なぞである。
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ミステリーナンダー

2010年07月26日 | 日記
朝起きると枕元に水場掃除用のスポンジが置いてあった。
寝る前にそんなものを置いた覚えはなく、
家の者に確認してみても知らないという。
部屋のドアも窓も閉めて寝ていた。
夜中に起きた記憶もない。
なぜ水場掃除用のスポンジが置いてあったのか。
なぞだ。
いたずら好きの小さいおっさんでもいるんだろうか。
なぞだ。
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とんとんとん

2010年07月25日 | 日記
変な声が聞こえるようになったのは
三年くらい前のことだった。
「○○△△死ね~」
と老婆と女の子が毎日夕方になるとわめくのだった。
たまに男の子の声も混じったが、
この○○△△が私の名前に聞こえて参った。
初めは何かの効き間違い、よその話、程度に思っていたが、
「○○△△死ね~」
これが毎日夕方繰り返されるのだった。
こうなってくると自分のことを言っているようにますます感じた。
その後いろいろな言葉も加わった。
とても卑猥な言葉も混じった。
どうしても自分に向かって言っているように感じられた。
「○○△△死ね」
それがある時期を境にその声はしなくなった。
しかしそれから一年くらい経つとまたその声は聞こえ始めた。
「○○△△死ね」
けれども女の子と男の子の声は聞こえなくなった。
老婆の声が
「死ね○○△△」
とわめくだけになった。
そして今日もまた老婆は「死ね○○△△」と言っていた。
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アルキなさい

2010年07月22日 | 日記
家の中も家の外と同じくらい暑い気はしエアコンをつけようとは思ったものの、現在の我が身にはとても贅沢なことに思われて、こうして煮られているのならいっそ焼かれてやろうと開き直って屋外へ出ることにした。

普通なら歩き始めは調子がいいものなのだけれど、早速息は苦しくなりその熱気に恐れ入りながら進んで行くと、天国への階段ではないな日の出階段とでも呼ぼうか、雲ひとつない青空へ続いている素敵な階段を一段々々上がっていった。そして一歩々々息も上がっていった。

息切れしつつ日の出階段を上り切ると何やら三名ほどの男が立ち話をしていた。ちらり見ればちらり見返された気にもなって、バカだなこのクソ暑い炎天下に散歩かよなんて思われたかもしれない。逆にこっちは何で日陰で集わないのだアホめなどとどうでもいいことをどうでもいい人たちに思い返してやった。

日の出階段上の男井戸端の向こうには森と言っては大げさな林がある。林の中に道はなく林の脇に道はありその道は丁度木陰となって続いている。ここが涼しい。いつでも風が通り抜ける。今日もこのクソ暑い日でもどこかひんやりとした風はやっぱり吹き付けた。こういう道を歩くのはとても正しい気はし楽しくもあり家になんか居るよりずっといい。そんなことを思いながら仮称涼風の道をてくてく歩いていった。

何やら楽しい涼風の道、蜘蛛の砦の多い辺りまで来ると、林の奥のほうにテントが張ってあるのが今日も見えた。屋外生活者のものと思われるがいつもあって、屋外生活者を見かけたことも何度かある。普通のおっさんにしか見えなかったが、ただ一つ他のおっさんとは異なったのはお前もこうなるぞと語るような目。それが嫌だったのでそのおっさんも嫌になったのだけれども、親しみを持てなくもなく弟子入りしようかと思ったことは三回あった。

おっさんちを背後に取り残し進んでゆくと木陰は減少していった。というより木陰はなくなり太陽の照りつける道となった。そうなるとあれでバカのように太陽を見上げて「お天道様こんちは」なんて太陽に語り掛けてしまうのだった。「今日は暑すぎやしませんか」なんてすっかり息苦しくなった道中お天道様とお話なんかまでして、ああもう俺は頭のおかしい淋しい人みたいだな!

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ミミズオケラアメンボ

2010年07月20日 | 日記
ようやく乗った電車に皆座ることができた。皆とは言っても自分と同様にホームで電車を待っていただけの人たちのことで、同じ車両に乗った人たちは皆座れたようだった。誰も立っておらず遮られることのない車窓には東京の街が流れていった。電車のシートに座れて安堵したのか外の猛暑から逃れ冷房の効いた車内に安堵したのかわからないが、車内の多くの人たちが人心地付いているようだった。

電車が来るまでどれくらい時間があったろうか。15分くらいだったろうか。西に傾いた太陽の日差しがホームを焼いていた。ベンチに座って待つ者、ホームの案内に従って待つ者、日陰に逃げ込んで待つ者、皆暑さの中電車の到着を待っていた。ビルの壁に挟まれたターミナル駅でホームに涼しい風など吹かなかった。電車を待つ人たちの誰もが皆開口一番「暑いですね」などと言いそうな暑さだった。ふと目が合えば「暑いですね」、ふらふら列に加わって「暑いですね」、そんな共鳴のあるような共感し合う仲間のいるようなホームだった。

とてもよく冷えた車内は心地よく休憩するには最適で、項垂れて眠る若い女や延び切って眠る学生など大半の乗客が今日の暑さから逃れ今ここで人心地付いていた。そんな様子を時折眺めていた自分もうとうとしていつしか眠っていた。
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西へ東へ

2010年07月16日 | 日記
病院の帰りにY駅まで出た。人ごみの中はどうも落ち着かず息苦しくなったり汗がとまらなくなったりする。それでもぶらぶらするために向かった。用事のようなものもあったのだがそれよりもぶらぶらするほうが重要だった。

Y駅へ着くとまず西口へ向かった。中央通路はいつも通り人通りが絶えずその隙間をぬうようにせかせかとD地下街へ潜った。ちょうどジャンボ宝くじが発売されたらしく並んでいる人たちを横目にT屋のデパ地下へ入ってせかせかと用事1を済ませた。

フロアをあがると用事2だったのだが、欲しい物は見つからずせかせかとフロアを降りた。他の店で用事2を済ませるには東口に向かう必要もありどうしようかと考えつつちゃっちゃっちゃと用事3を済ませ用事4もぱっぱっぱと済ませた。なんでもすぐ済むので東口にも行くことに決めるとY駅の中央通路を西から東へ人ごみの中足早に移動し、東口にある地下街Pへせかせかと潜った。

そしてそのままデパートSに入りイートインで何か飲みたいのを我慢して用事2を済ませるためフロアを上昇するもそこにも欲しい物はなくがっかりとし額に汗した。それならばとぶらぶらロフトやら無印やら眺めるつもりもせかせかとなってしまって何も買わずフロアを下降。

何しに来たのかわかんねぇという思いの中デパ地下をのぞくも落ち着かず、人々をかわしながらY駅へせかせかと戻った。そしていそいそと電車に乗るとなんだか落ち着いてゆくのだった。

結局用事2は果たせずがっかりとなったが、ぶらぶらすることもできずぐったりとなったが、息苦しくなることも大汗をかくこともなく済み、薬が効いているのか病気がよくなっているのか、どうなんだろうか。
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私のさざなみ

2010年07月13日 | 日記
夕方頃から体の節々は鈍く痛む。
そして呼吸は苦しくなる。

息を吸っているのに肺に入ってゆかないような、
息を吐いているのにのどから出てゆかないような、
目玉は充血して赤くなる。声は上ずって他人の声になる。

じっとしていられずあちこち移動するものの
どこへ行っても横になっても何も変わらない。

呼吸ができないのに生きているという感じはつらい。
薬を飲んでいるのだが毎日決まって起こる。

リラックス大丈夫問題ない死にはしない
何度繰り返したことか。これからも繰り返すのだろうか。

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何のために

2010年07月12日 | 旅行
あじさい電車はやたらと混んで
外国人グループはやけにお喋りだし
向かいの母子と子の子(母から見れば孫)は
きれいねきれいねきれいねを連発。
もうやだ、おりるぞ、と思って降りた。

そこからとぼとぼ箱根の道を上ってゆくことになって
汗はダラダラ坂もだらだら、早速、ああ失敗した。
それでも時折景色をエンジョイ→ナイスビュー。
涼風ひんやり頑張れ俺。
車はびゅんびゅんびゅんびゅん。
どうして箱根じゃバスはあんなに飛ばすんだろう
ってくらい速い否速く感じるだけかもしれない。

そんなこんなで車をよけつつ
終わりのない坂道をひたすら上って坂の途中、
今夜のお宿に到着。汗びっしょり。服ぐっしょり。みっともねぇ。
箱根に家出たぁ更にみっともねぇ。

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黄昏'10~天気雨の季節

2010年07月06日 | 日記
街なかを人ごみを行かなければという思いで
高いビルのある街へ出掛けた。



横浜美術館で箱根仙石原にあるポーラ美術館コレクション展
が行われていたので覗いた。
『印象派とエコール・ド・パリ』の名品74点をだらだらと見物。
有名な画家の絵は展示されており
その画家の有名な絵が展示されてあったのかはよくわからない。

ゴッホの橋の絵だとかルノワールの農村の絵だとか
ピカソのピカソらしくない絵だとか面白かった。
点描の絵というのもいくつかあって楽しめた。
モディリアーニとシャガールの絵はもっとたくさん見たい気がした。
次はシャガール展にでも行こうと思う。

それにしても美術館の外は暑かった。
天気雨も降りやがって陸橋の下で雨宿り。
いつだったかそこに横たわる人がいた。
あの日もこんな天気だったような気がする。
今日は誰も横たわっていなかった。
ライラライライライ雨粒に開き直ると
まるで急いでいる人のように人の流れに戻って
夕暮れに誰と黄昏ようなんてずいぶん気の早いことを思った。
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