旅行から帰ったのが15日・・それから歩いていなかった。とても久しぶりに何時ものコースをウオーキング。ラッパ水仙がいっぱい咲いていて、桜の梢には時をまっているように膨らんだ芽が沢山付いていた。
でも今日は冷たい風が吹き付けて良くお出会いするご主人が「今日は歩いていても汗かかないんでよろしいわ・・」って言っておられた。
一時間のコースを歩くつもりで家をでたけれど、ちょうど途中にある分かれ道まで来た時、小雨が降って来て半分で引き返してしまった。洗濯物が気になったのも事実だけれど体力もちょっと気になったから・・。
旅行はとても楽しかったけれど、歳を取るとどんなに楽しくても疲れるのだ。疲れると何かとやっかいなことが起こるけれど、だからってそれを恐れていてもつまらない人生になるだけ・・。しばらく温和しくしていれば治るように造られて居るからそれでいい。
夜に38.3度あった熱も夜が明けると共に下がって、そのとき「やった!私はまだまだ若い。」とはりきって汗をかいてシーツなどを洗って布団を干して・・なんてやったからその夜また熱が出た。愚かだ・・とさすがその翌日はなるだけ温和しくして、お風呂にも入らずに早めに布団に潜り込んだ。
まあ、そうこうするうちに完全に元に戻ったのだけれど、人は老いるとあちらこちらと弱くなり、耐久性も持久力も落ちて来るから、自分の年齢とうまく折り合いをつけて使う知恵が必要になる。
けれど歳とともに忍耐強くなるというわけではなく、むしろ我慢がなくなっていらだってしまって失敗することが多いものだ。
主には必要な癒しをたまわる。けれど不老長寿をくださることはない。そんなものを貰ったら逆に大迷惑だ。いつになってもゴールできないマラソンなんてぞっとする。
主はそっと癒しも満たしも下さるものだから・・とても自然で、その時は恵みに気付かない事の方が多い。
エリヤによって告げられたように、やもめの壺の油は尽きず瓶の粉も尽きないかったけれど、やもめには「今日もあった。」「アララ・・今日もある」そんな日々だっただろうと思う。
主の恵みは門口に俵を積み上げるような満たしではなく、神のわざは日毎に満たされるものだから、うっかりすると感謝のチャンスを逃してしまうほど自然なのだ・・。
主よ。今日のお恵みを感謝します。
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ムベ
電気屋
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