石ころ

罰に代えてたまわる祝福②(申命記31章)

 

それからモーセはヨシュアを呼び寄せ、全イスラエルの目の前で彼に言った。「強くあれ。雄々しくあれ。主がこの民の父祖たちに与えると誓われた地に、彼らとともに入るのはあなたであり、それを彼らに受け継がせるのもあなたである。(7)

 

モーセは民の前でヨシュアを励まし、神はすでにモーセではなくヨシュアを選ばれてあることをはっきりと語った。ヨシュアは神の選びであり、その選びはモーセの関知することではない。
主の民のリーダーの交代は、それが神の選びであることをはっきりとさせることが、何よりも重要なことである。神の民を守るのは主であるから。

 

主ご自身があなたに先立って進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。(8)

 

リーダーが誰であるかが重要ではなく、神が共におられることがすべてである。モーセは神に共に居て下さることを折々に願い求めて、不従順から死を経る頑なな民を導いて来た。ヨシュアに受け継ぐものは主の臨在である。

状況の良し悪しではなく行く道がどのようであるという分析でもなく、主のご計画であることがすべてである。神の愛を従順によって日々経験して味わい、みな主に信頼をして成長して行くのである。

 

使徒たちは、嵐の海で死の恐怖を味わった時に、イエスが神の子であることを近しく経験した。困難や問題の中で主を味わうのである。救いを求めて叫ぶのは人に対してではなく、共にいてくださる主に叫ぶのである。

 

主に従順しなければ共におられることを知ることは無く、御許に居なければ見放さない方であることを経験することもない。みことばに信頼して恐れや恐怖に立ち向かうことがなければ、主に在る勝利の喜びも感動も味わうことがないのだ。


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