石ころ

男と女に創造された(申命記22章)

 

 人が妻を迎えて彼女のところに入ったが、彼女を嫌い、
口実を設けて、「私はこの女を妻として近づいたが、処女のしるしを見なかった」と言って汚名を着せる場合、(13~14)

 

男は彼女が気に入らなかったので、「処女ではなかった」と言い掛かりをつけて妻にすることを拒んだのである。そこで彼女の父は、処女のしるしを示して彼女を弁護した。
何だかものすごくプライベートなことが、公に用いられていて驚くがそれほどに処女性が重大な問題であったのだ。

 

その町の長老たちはこの男を捕らえて懲らしめ、
銀百シェケルの罰金を科し、その娘の父に与えなければならない。彼がイスラエルの一人の処女に汚名を着せたからである。彼女はその男の妻としてとどまり、その男は一生、彼女を離縁することはできない。(18~19)

 

これで女性は幸せを得たのかな・・ただ、彼女の純潔が認められプライドは守られ妻という座が確保された。彼女の父も面目を保つことが出来たのである。

 

しかし、もしこのことが真実であり、その娘に処女のしるしが見つからないなら、(20)

 

もし、本当に処女でなかったら女性は殺された。それは、イスラエルには単なるモラルの問題ではなく、神に選ばれた民族の純潔を守るための命令であろう。愛に貞操が求められるのは男も女も同じである。

創造主に愛されて造られた者は神の愛を知り、その格別な愛を受けた者として純粋な信仰が求められる。神に反抗して世界中に散らされるイスラエル民族に、神の時に国家の再建が成就するためである。もし、彼らが散らされた国々に同化してしまっては、民族の再建は不可能だからである。そして今、預言がイスラエルの国家に成就している。

 

わたしが彼らを諸国の民の間から帰らせ、彼らの敵の地から集めるとき、多くの国々が見ている前で、わたしは彼らのうちにわたしが聖であることを示す。
わたしは彼らを国々に引いて行かせたが、また彼らを彼らの地に集め、もう国々には一人も残さない。このとき彼らは、わたしが彼らの神、主であることを知る。(エゼキエル39:27~28)

 

1948年にイスラエルの地に独立国として、長い長い時を経てイスラエルの民が世界中から集められたのである。世界を放浪していた民が再び戻り国を成すことが出来たのは、神のご計画の通りに民族の純潔を守ったからである。

 

 夫のある女と寝ている男が見つかった場合は、その女と寝ていた男もその女も、二人とも死ななければならない。こうして、あなたはイスラエルの中からその悪い者を除き去りなさい。(22)

 

此処ではイエスの前に引き出された姦淫の女の場面を思い出す。宗教家が求めた彼女の裁きは、この律法に照らすとき正しく無かったとわかる。イエスの前で訴えられたのが女性だけであったからである。でも、イエスはそのことには触れなかった。

 

宗教家たちが律法が犯されたことを嘆いて訴えているのではなく、女性はイエスを陥れるための材料でしかないことをご存じだったからである。何ごとにも真意というものがあり主は心の方を見ておられる。

神の律法を重んじて、民族の聖さが犯されたことを悲しんで訴えているのではなく、彼らがキリストを陥れるための道具として、女性の罪が用いられたことを知られて女を解放された。

 

罪を問う権利も赦す権利もキリストにあり、人は如何なる裁きにも喜んで従順するべき者である。なぜならキリストは創造者でもあり人は被造物に過ぎないからである。このことはすべて先立つ事実であり、この事実を受け入れることが出来るのは聖霊の働きによる。

 

しかし、キリストは十字架の聖い血潮をもって、すべての人の罪の代価を神の御前に支払ってくださった。その贖いを信じる者を、洗い聖められた神の子としてくださるためである。
罪には代価を支払わなければならなことと、神の愛は赦しによって永遠を共にしてくださることを、ご自身の命によって知らせてくださったのである。

 

結婚は単に好みに合うかどうかだけで成り立つことでは無く、たまたま愛し合って結婚したようでも、そこには神の祝福の介在があるのである。

好みに合わなかったからと離婚が増えて行くときに、両親の愛に恵まれない子供たちが増えてしまうことにもなる。子供たちは両親がそれぞれの役割を働かせて庇護され、父である男性、母である女性の形の違う愛の中で育てられて、両性の素晴らしさを知るのが基本的な家庭の姿である。

 

イエスは答えられた。「あなたがたは読んだことがないのですか。創造者ははじめの時から『男と女に彼らを創造され』ました。
そして、『それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである』と言われました。
ですから、彼らはもはやふたりではなく一体なのです。そういうわけで、神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。」(マタイ19:4~6)


ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事