石ころ

親の愛に背く子(申命記21章)

 

 ある人が二人の妻を持ち、一人は愛され、もう一人は嫌われていて、愛されている者も嫌われている者もその人に男の子を産み、長子が、嫌われている妻の子である場合、
その人が息子たちに財産を受け継がせる日に、長子である、その嫌われている妻の子を差し置いて、愛されている妻の子を長子として扱うことはできない。(15~16)

 

此処で思い浮かぶのはレアとラケル姉妹のことである。レアは父の貪欲な罠によって、望まれぬヤコブに与えられ夫の愛に渇く犠牲者であるが、親の犠牲でもある彼女を、神は祝福されて6人の息子が与えられた。

 

彼女は子を産むことによって、夫の愛を得たいと妹のラケルと競うが、レアは憐み深い神の愛を得ていたのである。このことに気づくなら安らぐことが出来たであろう。

人の愛に渇く者は、ハラハラと見守っていてくださる神の眼差しに気づくなら、その御愛に満たされて安息を得るのである。

 

しかし、神はそのような悲劇をも用いて、彼らに拠てイスラエル12部族を誕生させ、忍耐をもってイスラエル民族の祝福とされた。

 

 ある人に強情で逆らう子がいて、父の言うことも母の言うことも聞かず、父母に懲らしめられても聞こうとしない場合、(18)

 

愛して諭し導く父母の愛が分からず、懲らしめによっても矯正されることなく成長した子は、人の手には負えない者となる。彼の成長は力によって人に害をもたらせ、人々の悩みとなるのだ。

 

その父と母はその子を捕らえ、町の門にいる町の長老たちのところへ連れ出し、
町の長老たちに、「私たちのこの息子は強情で逆らいます。私たちの言うことに聞き従いません。放蕩で大酒飲みです」と言いなさい。(19~20)

 

父母の言葉を聞き入れずに逆らい続けるままにするなら、親は罪を放置することになる。それは民の中に拡大して行く危険があり、子を矯正できない親は、正しい裁きに委ねて責任を取るのである。子を正す力がなく、彼らの愛も通じないからである。

 

町の人はみな彼を石で打ちなさい。彼は死ななければならない。あなたがたの中からその悪い者を除き去りなさい。イスラエルはみな聞いて恐れるであろう。(21)

 

 神は人の罪の負債を、ひとり子のイエス・キリストの命をもって支払わせ、罪ゆえに滅ぶべき人類を救ってくださった。そのキリストに拠るあがないを信じる者には、永遠のいのちをたまわったのである。

 

造り主なる神に逆らう強情を悔い改めて、みことばに従って生きるようになり、滅びから救ってくださった神の愛を深く知るほどに、神はその人を新しく造りかえてくださる。造り主にはその力があるのだ。

 

わたしがあなたを形造った。あなたは、わたし自身のしもべだ。イスラエルよ、あなたはわたしに忘れられることがない。
わたしは、あなたの背きを雲のように、あなたの罪をかすみのように消し去った。わたしに帰れ。わたしがあなたを贖ったからだ。」(イザヤ44:21~22)

 

 神はアダムを愛してご自分のかたちに創造された。しかし彼が、蛇に誘惑されて神のことばに従わなくなった時、彼らをいのちの木がある園から追い出された。彼らが罪を知ったからである。

 

もし、罪をもったままで永遠のいのちを持つなら、そこは神を恐れて逃げ惑う所となり、アダムがエバを神に訴えたように、歪んだ愛は互いに傷つけ合い、奪い合う世界が永遠に続くことになるからである。

 

父なる神は、憐みをもってアダム由来の背きの罪から救出してくださった。

世に生きている間も、キリストの御救いを受けた者は、永遠のいのちをたまわっており、罪ゆえの滅びの死を宣告されることはなく、主を感謝に溢れて礼拝する中で、主にお会いする永遠を待ち望んでいるのである。


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