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石ころ

最大の幸福 ②

 主人が退屈そうなので「イエス様。主人にふさわしい仕事を与えてください。」と祈った。次の日に「草刈りをしてくれませんか」とほとんど話したこともない方から電話がかかってきた。主人には簡単に出来る仕事でご機嫌だった。祈って与えられた仕事は分量もちょうど良い。

 何日もかかる広い場所の草刈りの依頼を、主人を説得してお断りしたことがあった。何年もしてきた仕事だし収入にもなるけれど、去年の主人の様子から無理をしていることを知っていた。働くことは必要だしお金も欲しいけれど、後期高齢者近くになってまで無理をして欲しくはない。体調、年齢に応じて出来ることと出来ないことを選り分けることが必要になってくる。

けれども男は働くように造られているのか、じっとしていると逆にストレスになって血圧も上がる。実際、畑仕事はそんなときに大きな助けになっている。老後時間が出来たときに何をするのかということは本当に大きな問題だと思う。

 私はイエス様への信頼を深めるにつれて、人を頼りにして生きなくてもよいように、人を当てにしてすがらなくてもよいように事毎に必要を備えていて下さった。けれども、イエス様はいつも人を通して恵みや、助けを与えて下さることも知った。みことばの学びも信仰も、人を通して助けられ教わることが多く、人の言葉やあかしから主を知ることも沢山ある。

 「イエス様を通して」ということがすべてなんだろうと思った。事実、人の親切や心遣いを感謝して受ける日々が、イエス様を知らないときよりも多くなっている。
「鼻で息をする人間をたよりにするな。そんな者に、何の値うちがあろうか。」(イザヤ2:22)このみことばも神様が人を用いなさる時には、その価値は反転して人を通して神様の値打ちがあらわれるのだと思う。

人は助けが突然絶たれると恨んだり、怒ったり、失望するけれど、すべては主から来たことだと知っているなら感謝だけが残るだろうし、失望することはないと思う。いつもそれらの中に見ているものが主のご計画だと知っているなら、どのような事態に至っても次なる展開を期待することができるだろう。そして、それは必ずとても幸せなことだと思う。

「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。・・主の御告げ。・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ29:11)

主のはかりごとはとこしえに立ち、御心の計画は代々に至る。(詩篇33:11)

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