MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2512 日本の賃金はなぜ上がらないのか?(その2)

2023年12月14日 | 社会・経済

 雇用者の平均賃金がお隣の韓国に抜かれるなど、どんどん貧しくなっていくこの日本。「失われた30年」などという言葉も聞かれる中、日本の賃金はなぜこれほどの長期間にわたって上向くことがなかったのか。

 そうした疑問に答えるように、10月27日の経済情報サイト「東洋経済オンライン」に、元ゴールドマン・サックスアナリストのデービッド・アトキンソン氏が『経済衰退・少子化「非正規雇用が元凶」という俗説』と題する一文を寄せていたので、引き続きその主張を追っていきたいと思います。

 氏はこの論考で、日本の労働市場における賃金の低迷が「非正規雇用者の増加」にあることを指摘したうえで、今まで労働市場に参加していない人が非正規として(新たに)市場に参入したことが非正規が増えた主因だと話しています。あくまで労働参加率が高まったことにより非正規雇用者の占める割合が大きくなったのであって、正規雇用が減ったとか、正規雇用が非正規雇用に入れ替わったというのは誤りだというのが氏の主張するところです。

 この30年の雇用者の動きを見ると、1994年に比べて男女計の正規雇用者は275万人も減っている。しかし、その属性を見ると、男性の正規雇用者が(実に)279万人も減っている一方で、女性の雇用者はこの間約4万人増えていることがわかると氏は説明しています。

 もちろん、男性の正規雇用者が大幅に減ったのは、(「団塊の世代」の退出などにより)生産年齢人口が大きく減少したから。男性はもともと労働参加率が非常に高いので、生産年齢人口が減ると、男性の正規雇用者の減少としてデータに顕著に表れるということです。

 一方、女性の場合は、もともと労働参加率がそれほど高くなかったものが(1988年以降)徐々に上昇したので、生産年齢人口の減少が雇用者の減少につながっているようには見えなかった。別の言い方をすれば、1994年以降、生産年齢人口が減ったのにもかかわらず雇用者が増えたということは、今まで労働市場に参加していなかった人たちが参加してきたということだというのが(経過に関する)氏の見解です。

 データを詳細に見ると、増えたのは主に学生と高齢者。そして45歳以上の女性であることが判ると氏は言います。2022年のデータでは、日本の労働参加率は世界4位まで上がって、大手先進国としてはダントツに高い水準に到達している。そして、彼ら・彼女らは(正規雇用ではなく)非正規の雇用形態になりやすい属性なので、非正規雇用が増える傾向として現れているということです。

 ここでアトキンソン氏は、少子化と非正規雇用の増加の因果関係について触れています。

 非正規の男性の生涯未婚率が約6割もあるのに、正規雇用の男性の場合は約2割に過ぎないといったデータなどを踏まえ、「若者の非婚化・少子化の原因が非正規雇用者の増加にある」といった主張をよく見かける。しかし、若い非正規雇用の男性が結婚できないことと、非正規雇用者の増加との間に明確な関連性は窺えないと氏はこの論考に記しています。

 実際のデータを見ると、1988年以降、非正規雇用者の数が増加しているのは、主に45歳以上の女性と65歳以上の男性に限られている。年齢別の非正規雇用者率を見てみると、男性の場15~24歳が47.1%、65歳以上が76.6%と高い一方で、25~34歳では14.4%、35~44歳が9.0%、45~54歳でも8.2%だと氏は言います。

 一般的に結婚適齢期は28~35歳とされているが、(このように)この年代層の男性の非正規雇用率は決して高くはない。さらに、2015年ごろから、25~54歳の非正規雇用者の比率は減少しており、2020年時点で25~54歳の正規雇用率は89.7%に達しているということです。

 確かに、非正規の男性は結婚しづらいかもしれない。しかし、適齢期の男性に非正規は増えていないし多くもない。つまり、「非正規雇用の男性は結婚しにくく、それが出生率が下がる主な原因になっている」という主張は、日本によくある「合成の誤謬」にすぎないというのが氏の下した結論です。

 さて、非正規雇用者に関しては、男性のほうは既にピークを打ち減少傾向にあるが、1990年代以降は子育てを終えた女性と高齢者の男性の労働参加率が上昇し、全体の雇用者の中で占める割合が大きくなったというのが、ここ数十年の日本の労働市場の実態だと氏はここで話しています。

 氏によれば、さらにここ数十年の間で企業や労働者の意識が大きく変化し、働き方が多様化したことが非正規の増加の一因になっている点も看過すべきではないとのこと。特に若い世代はフルタイムで働くよりも、時間にとらわれない働き方を求める傾向が強まり、あえて非正規雇用を選ぶ人が大幅に多くなっているのは間違いないということです。

 ともあれ、労働参加率が高くなるのは、経済としては本来望ましいこと。しかし日本の場合、労働参加率が高くなったことを、もろ手をあげて喜ぶことはできないと氏はこの論考の最後に指摘しています。なぜならば、非正規雇用者の多くが低い賃金で働いているから。そしてこのことが、平均給与や生産性を低下させる要因となっているからだと氏は話しています。

 特に45歳以上の女性の多くが、(住居に近い場所で)低い賃金で働いている現状がある。このような事態はいわゆる「年収の壁」が招いていると考えるのが妥当だというのが氏の懸念するところです。

 そして、これら非正規雇用で働く多くの女性は扶養控除内で働いている。なぜならば、収入が増えると扶養控除から外れてしまい、手取りの収入が減ってしまい、いわゆる「働き損」の状態に陥ってしまうからだと氏はしています。

 そのため、女性たちの多くがフルタイムで働くことを避け、非正規雇用を選択する(せざるを得ない)と言う現実がある。つまり、扶養控除こそが日本における非正規雇用者の増加の主要因だというのが、アトキンソン氏がこの論考の最後に指摘するところです。

 非正規雇用の増加の主要因は、人口構造の大きな変化にある。このため、日本の賃金を上げていくためには正規雇用の増加がどうしても必要となるだろう。そして特に、女性の正規雇用化に焦点を絞った政策を強力に進める必要があると考えるこの論考におけるアトキンソン氏の主張を、私も興味深く読んだところです。



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