MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1928 中国の少子化と「寝そべり族」

2021年08月07日 | 社会・経済


 文化大革命の影響などによる厳しい食糧事情を踏まえ、人口の増加を抑えるために半世紀近くにわたって中国共産党が進めてきた中国の人口抑制政策が、急激な少子高齢化による国力の低下を懸念材料にここにきて急激な方針転換を迫られています。

 1949年の中華人民共和国建国当時に5億4167万人だった中国の人口は、55年に6億人、65年に7億人、70年に8億人、74年に9億人と増加ペースを速めていきました。そこで1979年に始まったのが、いわゆる「一人っ子政策」です。

 この政策は、中国国内ではかなり厳格に運用され、2人目を出産した女性に対する不妊手術の実施や違反者に対する罰金(社会養育費)制度、賃金カットや昇進昇給の停止、公務員の場合は罷免など多くの罰則が科されました。しかし、出産世代の増加からその後もしばらくは人口増加が続き、(結果として)2020年現在でおおむね14億人とされる人口は、(国際的に統計数字の信用がない中国でも)「まあそんなもんだろう」と受け止められています。

 一方、中国の足元の合計特殊出生率(15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)は(同じく2020年現在の数字で)1.3と、日本の1.37を下回る危機的な水準にまで落ち込んでいます。2000年に約7%だった中国の高齢化率は、2020年には13.5%へと上昇。2022年には人口減少に転じる可能性が指摘されており、政府系シンクタンクの試算では2050年には60歳以上人口が5億人に迫ると予想されています。

 こうした状況を受け、中国政府は2016年に一人っ子政策を廃止し、2人目までの出産を認めるようになりました。しかし、出生率は上向かず(今回の新型コロナの影響もあって)生まれてくる子供の数は減る一方。昨年5月には、中国共産党として夫婦に子どもを3人までもうけることを認める方針を明らかにしましたが、国民の反応はいま一つだったと伝えられています。

 14億人の人口を抱え、人よりも一歩でも二歩でも前を歩くことが求められる競争社会の中国において、多くの若者は親たちの期待を一身に担い、進学や就職などのタイミングごとに熾烈な選別にさらされます。不動産や養育費の高騰が深刻で、都会に出て良い仕事につかなければ結婚もままならない。一党支配の共産党政権は個人の私生活や思想・言動への介入も強めており、若者のストレスは高まるばかりだということです。

 国力の増大に合わせて経済的な格差の拡大が進む中、(これまで親世代からお尻を叩かれ続けてきた)若者世代の将来に対する一種の諦めや燃え尽き感が広がっているとの指摘もあるようです。
 そんな折、中国語で「寝そべる」ことを意味する「躺平(タンピン)」という言葉が、中国の若者たちの新しいライフスタイルを表すものとして流行語になっているという話題が伝わってきています

 「だらっと寝そべって何も求めない」「マンションも車も求めず、結婚もせず、消費もしない」若者たち。 最低限の生存レベルを維持し、他人の金儲けの道具や搾取される奴隷になることを拒絶する、そうした人生観を「躺平主義」と呼ぶのだそうです。彼らは「躺平族(つまり「寝そべり族」)とも称され、そのムーブメントの広がりが中国当局を不安にさせ、今では中国メディアが火消しに走っているとも報じられています。

 事の発端は、あるネットユーザーが「寝そべりは正義だ」という文章を発表したこと。そこに多くの若者世代から「いいね!」の共感が相次ぎ、中国全土にまたがる寝そべりブームにつながったとされています。

 「2年も仕事をしていないが何も間違っているとは思わない。1日2食にすることで食料問題は解決した。消費は毎月200元以内に抑え、お金がなくなれば1年のうち1〜2ヵ月仕事をする。ふだんは家で寝そべり、外で寝そべる。猫や犬のように寝そべっている」と書き込んだその作者は、いまや「寝そべり学のカリスマ」として若者たちの称賛を浴びているということです。

 振り返れば、昭和の高度成長を経てバブル経済の崩壊を経験した日本に、「新人類」「燃え尽き症候群」「草食化」などの言葉が生まれて既に久しいものがあります。経済的な行き詰まりを見せる先進各国を尻目に、「イケイケどんどん」のがむしゃらな拡大政策の下で経済発展を遂げてきた中国も、いよいよこの辺りで曲がり角を迎え、「努力すれば報われる」という夢ある時代に別れを告げようとしているというところでしょう。

 もとより、「作為がなく、宇宙のあり方に従って自然のままであること」を示す「無為自然」は、春秋時代の中国の思想家であった老子の思想の最も基本的な概念とされています。ことさらに知や欲をはたらかせず、自然に生きることが最も重要と説くその思想は、三千年の時の流れを超えて、現代の中国の若者たちの間にもしっかりと根付いていたということなのかもしれません。



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