uparupapapa 日記

ようやく年金をいただける歳に。
でも完全年金生活に移行できるのはもう少し先。

ママチャリ総理大臣 ~時給1800円~ 第10話、第11話

2021-10-30 06:25:19 | 日記
     第10話  ネット言論統制




 数年前の尖閣諸島争奪紛争は、
日本の奪還作戦成功による一応の既決をみた。
 しかしその後の処理が捗(はかど)らず、
未だ平和条約は結ばれていない。

 と言っても本来、彼の国とは1978年に
平和友好条約を結んでいたハズなのに
彼の国の突然の尖閣武力侵攻をきっかけとして、
一方的に廃棄された経緯がある。

 そんな国との間に新たな条約を結べるほど
信頼関係を構築できるわけがない。

 だから双方の国民には
互いの国との平和を訴える機運など全くなく、
国交は断絶したままだった。


 そこにきての平助のサミットでの演説は
彼の国に大きな論争を引き起こす。

 曰く、あの生意気な小日本を
再び武力で鉄槌を下し、
今度こそ息の根を止めるべきとか、

 核ミサイルでもぶち込んでやるべきとか、
かなり感情的で、極端で物騒な意見が台頭した。


 当初彼の国のSNSでは
そのような怒りのコメントが
画面を賑わしていたが、
まず彼の国SNS大手の代表格
We〇hat(ウー〇ャット/微信)が、
次にWei〇o(ウェイ〇ー/微博)、
Bai〇u(バイ〇ゥ/百度)のチャンネルで
変化が現れる。

 それまでは日本の宰相を
貶(おとし)める目的の
平助のスナップ写真が多くUPされていた。

 即ち、就任当初の軽自動車の前席に、
窮屈そうに大人3人で乗っている写真や、
その後のママチャリで通勤する写真。
 更に大衆居酒屋で、他の一般客と
楽し気に乾杯するシーンや、鼻をほじるシーン、
ほろ酔い加減でネクタイのねじり鉢巻きをし、
カラオケを歌うシーンなど。
(如何にも下手で音程を外していそう)

 そのうち、(カエデなどの追求を受け)
スーパーで買い物をするスナップ、
 商店街の通りかかりのおばちゃんと
満面の笑顔で談笑するシーン、
どこかの小学校の運動会で
借り物競争や障害物競走で疾走するシーン、
運動会に参加したどこかの知らない一家に紛れ、
楽し気に一緒に弁当を頬張るシーンなど、
おおよそ一国家の宰相の日常とは思えない
一般人と変わらない写真が登場した。


 多分それらの写真は、
日本国内に潜入した彼の国の
工作員の諜報活動による
スキャンダル盗撮写真の一環が
故意に流出されたものだろう。

 しかし、彼らはやり過ぎた。


 あまりに屈託のない平助の表情や、
まったく緊張感のない笑顔だらけの
周囲の雰囲気は、無警戒で無防備過ぎる。

 更に平助のリラックスし呆(ほう)けた顔は、
彼の国のネット民を呆(あき)れさせた。


 翻(ひるがえ)って彼の国の主はどうか?

 どこに行こうにも、
最強の軍管区の屈強な
一個師団の護衛に守られ移動する国家主席。
(少々大げさかな?)
いつも厳(いか)つい顔で
権威を保とうとするその姿。


 どこもかしこも厳重警戒。
重装備の兵士の立哨と監視カメラ網。
そうしなければテロから
身を守れないくらい
多くの民に憎まれた元首って、
悲しくないか?

 言論を極度に統制し、
国中の隅々まで監視し、密告を奨励し、
国の指導に反する者は、
どんな些細な違反でも
容赦なく処罰される。


 一例をあげる。

 ある女子高生がショッピングの最中、
赤信号を無視して交差点を渡る
街頭監視カメラが写したと思われるシーンが
翌日のニュース等で大々的にテレビ放映去された。
その様子は 各階層から追及され、
その娘はたったそれだけのことで
学校に居られなくなったと云う。

 たったそれだけ?

 国民は良い行いをしなければならない。
少なくとも公共の場では
道徳的な行動をとるべきである。
 信号無視など以ての外。

 人間失格の烙印を押されたのだ。

 自由を奪われた監視社会。

 国民は一刻(いっとき)も油断できない
息がつまる想いの中、暮らしていた。

 しかしその反面、
一部の権力者や資本家は
信じられない程の力を持っている。
金と権力でやりたい放題、
この世を謳歌していた。

 ことに彼の国が数年前開催した
オリンピック前夜、
有力だった巨大企業『恒〇集団』が
未曾有の巨額負債を残し倒産した時は、
多数の国民が被害を受けた。
 それに加え、都市部と田舎の
構造的な経済収入格差。

都市部の戸籍を持つものは
エリートの暮らしが約束され、
農村部の戸籍出身者は
一生劣悪な低賃金労働者の生活に
甘んじなければならない。

『恒〇集団』倒産が招いたバブル崩壊は
貧しい者たちを更なる貧しさに放り投げられた。

 一方、特権階級は優遇され
手厚く守られる国家経済体制。



 その上、彼の国はひた隠しにしているが、
少数民族に対する差別や弾圧・残虐行為は、
被差別民族の反発、反抗を招いた。


 その国に住む多くの国民の不満は
頂点に達していたのだ。


 そんな背景もあり
平助の呼びかけはジワリジワリと
ボディブローのように効いてきた。





 小日本の宰相、竹藪平助への蔑みが
やがて自国への批判に変質した時、
彼の国の言論監視機関
『中央ネット監視統括処』が動いた。



 自国の政治体制批判につながる
コメントは次々に削除され、
ついには日本の政治や
竹藪平助に関するニュースや
情報までも遮断された。

 過敏すぎる反応により
完全な政治批判と
言論の封じ込めにより
彼の国の自由は完全に圧殺された。



 『天安門』の時のように。


 だが彼の国の一般庶民たちは
あの時とは違った。


 弾圧はもうたくさんだ!

 自由を奪い、国民を家畜のように
力で飼いならす党と政府。

 いつまでも思いのままにはさせない。


 抵抗。

 
 昔、『造反有理』という言葉を吐き
この国を変えた一派が居たが、
今こそ本当の意味での
『造反有理』を叫び、
立ち上がる時ではないのか?

※ 造反有理  

   1966年~76年まで続いたクーデター。
  社会の仕組みに反抗するのは理由があるとの意。
  貧しい農村青年が、試験の答案用紙に
  理不尽な社会制度を批判したコメントを残した。
  それがクーデター一派に利用され、
  スローガンとして国中に広がった。


 全国の一般ネットが一斉に動いた。
 新技術を駆使し、
削除された抗議のコメントを次々に復活させる。



 政府がネットの言論統制システムを行使するなら、
それを掻い潜りシステムを無力化するシステムを
庶民の一般技術者たちの手で開発し、
対抗したのだった。

 今や彼の国は日本やアメリカを抜いた
世界一の技術大国を自認している。
 皮肉にもその技術は
自らの首を絞める結果にも繋がったのだ。

 いくら言論を遮断しても、
自由を圧殺しても、雨後の竹の子のように
政府批判の嵐は止まない。

 彼の国4000年の歴史をみると分かるが、
ひとたび王朝や政府への
不満が爆発し反乱が起きると、
手を付けられない程の力を持つ。

 そうして歴代の王朝は滅びて来た。

 そして気の毒な事に、
国民を指導してきたあの党は
御多分に漏れず瓦解し、
党と政府は断末魔の叫びをあげた。

 その後暫く彼の国は
混とんとした勢力争いに終始する事になる。

 しかし、一度庶民が手にした自由を
再び失うのはまっぴら御免だ。

 名も無きネット民たちが主体的に動いた。

 小日本のように
国民が主権を持つ
直接民主制を打ち立ててはどうか?

 自分たちの国は自分たちで作る。

 とうとう実力者たちではなく、
名も無き庶民が実権を握った。


 彼の国でも人口17億の壮大な実験が
始まろうとしている。






    第11話 カエデの恋?




 カエデはジャ〇ーズに首ったけである。

スマホの待ち受けはもちろん拓哉。

 時々スマホを見ながら
平助の顔と見比べる。
そして平助に対し、
顔をしかめ、口をななめに尖らす。

 渋い顔。

「おい!何 見比べてんだよ!!
僕の顔に何か文句あっか?」

「別に、何も。」
「何か感じ悪いな。
言いたいことがあるなら云えよ!」

「平助に云ったって
何も変わらないじゃん?
平助が突然白馬の王子様になれる訳も無いし。」
「何を言ってる?
白馬の王子様?
この僕がカエデの白馬の王子様?
何で?
それに内閣総理大臣じゃダメか?」
「時給1800円以下の大臣じゃ、
ボロアパートの引っ越しもできないじゃん?
しかも午前中は時給1030円だし。」
「残念でした。
先月から東京都の最低賃金も引き上げられて、
午前中の時給は1041円に上がったんだぞ!
 どうだ!凄いべ⁈」

「フッ!」

「フッ?今、鼻で笑ったな?
この前のサミットの功績で
毎月300円の年金もついたんだぞ!
どんなもんだい!」
「え?あの時の演説は
国益を著しく損なったと
ペナルティを受けたハズじゃ?」

「ところがゴッコイ、
その後あの国に政変が起きた事で、
緊張する国境警備に罹(かか)る
費用が削減されたから
一転して手当が出るようになったのさ。
いうなれば僕は
この国を救ったヒーローなのさ。」
「へぇ、何と冴えない顔したヒーローだ事。
テレビで見るヒーローって
もっと颯爽とした姿で、足も長くて
キリリとした顔をしているものよ。」
「へぇ、でもこの前、
カエデったら僕の演説をテレビで見ながら
ウルウルした目で
うっとりした顔してたの知ってるぞ。
デレ~としてたって報告があったぞ
ホントはボクの事好きなくせに。」
「何、自分に都合の良いように
あり得ない事をでっち上げてんのよ!
この嘘つき!!
私が平助を好きになる訳ないじゃん!
勘違いにも程があるわ!!」
「なに顔を真っ赤にしてムキになってる?
何なら試しにチューしてみっか?
とろけるような気持ちになるぞ。

ん?ん?・・・。」

ワザとに顔をカエデに近づける。

思い切り力を込めて突き飛ばし、
「このセクハラスケベオヤジ!!」
明らかに狼狽(うろた)えるカエデであった。


 しかし次の日の昼食用の弁当は
珍しくカエデの手作りで、
蓋を開けるとご飯の上に
「桜でんぶ」が大きなハートマーク状に
ちりばめられていた。

弁当の箱の上に二つ折りのメモが添えられて
「罰として今度の休日に
海にでも連れて行きなさい。
このスケベオヤジ!」
と書かれていた。


 にやける平助。

その表情をエリカは見逃さなかった。



   つづく


ママチャリ総理大臣 ~時給1800円~ 第8話、第9話

2021-10-23 14:54:55 | 日記
      第8話

 

 今日はいつになく、仕事が早く片付いた。

多少季節外れだが、カナダサミットを目前にして
かねてから約束していた
内輪だけの牡蠣(かき)鍋パーティーをする事にした。

 もちろんそれはサミット壮行会を兼ねてはいたが、
素人外交に大いに不安を残す平助に、
色々レクチャーするためでもあった。
 
 首相官邸の小会議室のテーブルと椅子を
部屋の隅に追いやり、
何処からか用意した炬燵(こたつ)を
2セット並べ真ん中に置く。

 今日のメンバーは1のテーブルに
私、平助の他、いつもの田之上官房長官、
角刈りの杉本、外相の井口
(元『いっぱいしゃべれる英語塾』講師)、
2のテーブルにお目付け役の板倉、
財務省主計局長の佐藤のおばちゃん、
更に何故か、呼んでもいないのに
カエデとエリカが紛れ込んでいた。

 それぞれのテーブルには
グツグツ煮え立った鍋と
缶ビールやレモン酎ハイやらが
賑やかに並んでいる。


 酒も入り、縁もたけなわの頃、
カエデや佐藤のおばちゃんが絡んできた。

 カエデ「こら、平助!
最近我々庶民に対する態度がなっていないぞ!
私に対する感謝も足りないし。」

(カエデ・・・、目が座っているぞ!
飲み過ぎじゃないか?)

間髪入れず佐藤のおばちゃんが、
「そうだ、そうだ!!
たまにはスーパー≪激安≫にも顔を出しなさい。
総理になった途端、お高く留まって
買い物もできなくなったのかい?
他のレジ仲間も
最近全然平助の顔を見てないと
苦情の申告があったぞ。」


 何だか不満のはけ口の標的が
自分に向いているようだ。


 平助はおもむろに
胡坐(あぐら)から正座になり
襟を正した。

 そこに調子に乗ったエリカが
臨時の議長を申し出る。



 ここからネット政変以前の
国会答弁を真似た
擬似質疑応答が始まった。



 エリカ議長「内閣総理大臣 竹藪平助 君」

 平助が手をあげる。

「エー、その件に関しましては
内閣官房局と日程の調整等
すり合わせをいたしまして、
国民の皆様のご期待に応えるべく、
鋭意努力する所存でございます。」

 佐藤局長「議長!」
 エリカ議長「財務省主計局長 
       佐藤鯖江(さばえ) 君」

「総理は鋭意努力するって毎回言っているけど、
全く進展していないのはどういう訳ですか?
国民はその点に大いなる不満を持っているのです。
今回の総理はキャバクラ
カラオケだのにうつつを抜かし、
国民生活に全く目を向けていないじゃないか?
との疑念をもっている現状を直視すべきでしょう。
ちゃんと責任を取るべきではないですか?」


 平助 (あんたは官僚代表だろ?
    政府側の人間じゃん!
    何で野党側に立った追及してんねん。
    腹立つ!)


 平助「議長!」
 エリカ議長「竹藪平助君」

「え〜、キャバクラやカラオケの件は
私の不徳の致すところとして
誠に遺憾に思っております。
国民の皆様に対し、
謹んで心よりお詫び申し上げます。

 目下内閣の閣僚及び、
各省庁の主だった官僚が総力を挙げ、
国民生活の実情の厳しさに鑑みた
政策に取り組むべく、
新たな要望アンケートの策定に
取り組んでいる最中である事を
ご報告申し上げます。」




 井口外相「総理!総理!!」


 エリカ議長「外務大臣 井口竹蔵 君」


 「オゥ〜!
遺憾に思うって毎回毎回言ってるけど
その新たな要望アンケートって
いつ出来るのかタイムスケジュールを
国民の前で明示すべきでしょ!
 大体、総理個人の不徳の件で追及してんのに
何故に要望アンケートが出てくんの?
 この、イケズ!」



 平助 (外相の井口まで
    何でワザと英語訛りで裏切るねん!
           しかも何かオネエっぽいし)


    以下省略



此処(ここ)での不毛な答弁は、
一旦切り上げたい。

(はぁ、(*´Д`)・・・)


 




     第9話  サミット(先進国首脳会議)




 平助は成田空港に居た。

 たくさんのマスコミに囲まれ
意気込みを聞かれる。

平助は神妙な顔で、

「私、竹藪平助は、
一般人の国民代表として恥ずかしくないような
外交を成し遂げる事をここにお約束いたします。」


 様々な懸案に対する質問もあったが、
ここも省略。

 国際線北ウイング758便の
一般搭乗口から入っていった。

 「またエコノミー?

国際線のエコノミーは搭乗時間が長い分、
身体が痛くなるんだよね~、
何とかならないの?」

「ならね。」

冷たく一言にて言い放つ。
最近板倉は私に対し、敬語を使わない。

「チッ!」
心の中で舌打ちした。


飛行機の中では、
覚えなければならない議題や懸案が
たくさんある。
狭い空間で書類を広げて読むのは
疲れるし、窮屈なんだよね〜。

しかし、
せめて最低限の知識を持たなければ
各国の首脳たちに馬鹿にされる。
読んでおかない訳にはいかないし。


 日本における国際紛争の
安全保障問題はともかく、
地球環境問題と難民問題は
繊細で微妙な問題であり、
下手な事は決して言えないのだ。
(以前国際環境会議で
二度も日本🇯🇵を名指しで
「化石国」と揶揄した理不尽で
無礼な国際勢力があった。)
 
 3度乗り継ぎ首脳会場の
カナダ南東部、プリンスエドワード島
シャーロットタウン空港に降り立った。

 そこは平助にとって
一度は行ってみたかった場所である。


 今回は観光ではなく、
国家を背負った重要な仕事で来たのだから
浮かれている場合ではなかったが。

 厳しいチェックを終え会場内に入る。
そこでまず、
首脳たちが一堂に会する機会に遭遇した。

 平助に緊張が走る。

 平助は勿論(もちろん)英語を解せない。
ハンディAI翻訳機『喋(しゃべ)れるクン』
だけが頼りである。

 でもこの機械、結構優れもので
こんなシチュエーションでも大いに役に立った。

外国語が飛び交う中、
機械が会話を拾ってくれる。

 「あ~!解る、解る!
凄いぞ!これ!!
他の首脳たちが何を喋っているのか
瞬時に翻訳されてやんの!!
これは使えるぞ!!

どれどれ・・・。」

まず、近くにいたカナダ首相が
フランス大統領と話す内容にピントを合わせた。

 カナダのペンス首相が平助をチラチラ見ながら
「あの日本の首相はさえない顔してるね。
ついこの前までただの一般庶民だし、
多分全然政治の事など分からないだろう。
 今回も対日政策交渉はちょろいね。」
フランスのルイ・シャルル大統領も軽く頷く。
「そうだな、今回も地球環境対策の拠出金を
沢山巻き上げてやるさ。」

 平助は悔しく、泣きたい気持ちになった。
怒りを押し殺し、二人に近づく。
 「やあ、お初にお目にかかります。
今回の会議、どうぞお手柔らかにお願いします。
 ところでこの会場となったプリンスエドワード島って
とても良いところですね。
 私はすっかり気に入りました。」
翻訳を通した平助の言葉を聞いたペンス首相は、
何食わぬ顔で
「我がカナダの誇るプリンスエドワード島へようこそ!
私達の『アン』も
貴方を歓迎していますよ。」
と応えた。
(フン、この無知な日本人には
この意味が分からないだろうよ)

※ アン  言わずと知れた『赤毛のアン』の舞台。
    プリンスエドワード島は世界中からの
    観光客でにぎわう、物語の聖地である。  


 しかし平助は偶然にも、
熱烈な赤毛のアンの愛読者だった。
 小学校時代、友達が少なかった平助は
ろくに宿題や勉強もせず、
小学校や児童会館の図書室で
『名探偵シャーロックホームズ』シリーズや
『怪盗ルパン』シリーズ、『海底二万里』、
『アルプスの少女』など、
世界の名作を読み漁っていたのだった。

 だからプリンスエドワード島に来るのを
楽しみにしていたのである。



「とても嬉しく思います。
『e』付きのアンだけでなく、
ギルバートやマリラ、
ゴク、マゴクや、シャーロッタ4世、
夢の家やジム・ボイド船長、スーザンベイカーや
美人のレスリー・ムーアに会えるような気がします。
イングルサイド(炉辺荘)のモデルの家って
実在するのでしょうか?
それから私もウォルター兄さんみたいに
アンの娘リラに「リラ・マイ・リラ」
と呼びかけてみたいですね。」

と、平助は目を輝かせて言う。


※ どれも物語に登場する人物や物。
但し、あの有名な赤毛のアン第一話のみではなく、
第10シリーズまで読み込まないと
咄嗟に出てこないセリフである。


 ペンス首相は言葉に詰まった。

まさかこの短足のさえない
パンピー(一般ピープル)日本人が
我がカナダの誇るアンの物語について
ここまでの知識があるとは思っていなかったのだ。

 (油断した。こいつは迂闊(うかつ)に
侮った態度はとれないかも?)

 ペンスもルイ・シャルルも身構えた。

 

 今回のサミットでは一般討議の前、
平助にも演説の機会が与えられた。

 平助は日本の政府から託された
政策を一通り披露した後、
 自分の言葉でこう締めくくった。



 「我が国にも数年前、
国際紛争による戦禍が押し寄せました。
 その時の尖閣諸島問題は
一応の解決を見ましたが、
双方の国民に不満はくすぶり続けています。

 領土問題は国家の一大事項。
そう簡単に解決できる筈はありません。

 もちろん私たち日本の民にとって
彼の国の主張は看過できません。

 正当性は我にあります。

 その双方の立場を踏まえた上、
彼の国の反発を覚悟で
敢えて私は彼の国の国民に訴えたい。


 貴方達に問う!

 国の幸せ、
国民ひとりひとりの幸せとは何か?


人を騙し、押しのけ、強引に奪い、
よりたくさんのお金を、
得る事が幸せなのか?
より広い領土を
力ずくで奪う事が幸せなのか?

今一度考えていただきたい。

他人の幸せを踏みにじり不幸にし、
自分の幸せを追求する事が
果たして本当の幸せを得る
結果に繋がるのか?




 私はつい最近、
南米のある国を訪問しました。

 その国の元大統領は清貧の人でした。

自分の報酬を貧しく困窮した民に施し、
誰もが幸せに暮らせるよう
常に努力を惜しまない
偉大な政治家だと思いました。


 彼曰く、
「人生は短い。そして
すぐ目の前を通り過ぎてしまう。
命より高価なものなど存在しない。」

「貧乏な人とは
少ししか物を持たない人ではなく、
無限の欲に溺れ、
いくら得ても満足しない人の事だ。」

 「人は物を買うとき、
お金で物を買っているのではない。
そのお金を貯めるための
人生を割いた時間で買っているのだ。」

 「私たちは進歩し発展させるために
生まれてきたわけではない。
 幸せになるために
この世に生を受けたのだ。」





 ※ 2016年4月7日の私のblog
     ウルグアイ元大統領 ホセ・ムヒカ氏を紹介した
   『世界で一番貧しい大統領来日「幸せとは」』より



 「ご承知の通り、私の国日本でも
そんな理想的な境地に
達しているわけではありません。

 自分たちも出来ていないくせに
そんな偉そうに語るな!

 と仰(おっしゃ)りたい気持ちも分かります。

でも、それができなければ、
人類にとって未来は無いのです。
 地球環境も難民問題も
解決できない原因は、
人類の強欲にあります。

 私たちの国は
政治の実権を国民の手に取り戻しました。
 今まで国民主権と云いつつ、
その実権は国民の代表に過ぎないはずの代議員と、
国民の公僕であるはずの官僚が握っておりました。

 その実権を彼らから取り戻し、
自ら国権の主権者として間接民主制を取りやめ、
直接民主制を敷いたのです。

 もう我々は自分たちの願いから乖離した
政策はとりません。
自らの責任で自ら希求する
理想の政治を実現する力を得たからです。


 これからは政策の実行者による
不正を許しません。
 今までの政治がはからずも許してきた
弱者の人格と生活権を不当に堕としむ
理不尽な社会の仕組みを許しません。


 私は見ての通り
ただの普通の庶民です。
私の国日本国はそんな私のような
何の力も能力も持たない一般人が
首相になり、この壇上に立っても、
こうして一国の代表者として
その責務を全うできる仕組みを
確立する事ができました。

 次に私たちがするべきことは
不正と理不尽を正した後、
国民全員が幸せを求め、
獲得できる自由を勝ち取る事です。

 それは煩悩や欲望を貪る
鬼畜のような生活を意味するではなく、
自分を高め、他人を尊び、
共に幸せを実現できる社会を
実現してみせる事です。

 流した汗の正当な成果を実感し、
幸せを達成できる社会です。


 私は彼の国だけではなく、
全世界に向け、
この理念を発信したい。
実現に向け、共に立ち上がる人たちと
手を取りあいたい。

 格差も戦争も環境破壊も
解決できるのは人類の英知だけです。

 今日私はそのために
この会議に参加しこの壇上に立ちました。

ひとりでも多くの賛同を得られる事を
期待します。

 以上。

 日本国内閣総理大臣 竹藪平助。
 


 
  
 この発言は全世界に流れた。

そして彼の国は当然のように
この発言に対し反発し
炎上した。

 


余談だが、平助総理は帰国後、
余計な発言で国益を損ねたとの理由で
『お前の母ちゃん出ベソ』
20時間浴びせかけられる刑に処せられた。

 時々処刑室から「ギョエ~!!」
との奇声が聞かれた。



 可哀そうに・・・。



 しかしその後、
彼の国にも冷静に平助の発言を評価し、
自国の人権侵害と閉鎖的、
強権的権力集中主義の政治体制に
批判的な勢力が芽生え始めた。


あの平助でも一国のトップになれるんだ。

彼の国は憲法より党の指導が上位にある。

党の指導って何だ?
ろくな政治もできなかったくせに
党の指導?

国民を馬鹿にするにも程がある!!




 見た目さえない平助でも、
彼の国に変革の種を撒くことができたのだった。



    つづく

ママチャリ総理大臣 ~時給1800円~ 第6話、第7話

2021-10-18 05:41:54 | 日記
     第6話



 平助の所信表明演説の後、
カエデと秘書のエリカの平助に対する
言葉遣いに変化が見られた。

 カエデが平助を呼ぶとき
「サルマタヒコ」から「平助君」に戻ったし、
エリカは目を見て話すようになった。

 また先日は晩御飯のおかずが一品増えたし、
何と!あのカエデが化粧をしている!!

更にふたりとも話すときの物腰が
柔らかくなったような気がする。

 今日は官邸での執務の合間、
3時のおやつに『午後3時の紅茶ミルクティー』と
『大正の超特大プリン』が出された。

 どうやら私の嗜好を
カエデからエリカに伝えられているらしい。

 でも出来れば、せめて紅茶は
ペットボトルのまま無造作にもってくるのではなく、
ティーカップも持ってきてくれると嬉しい。

 甲斐甲斐しい物腰で
「プリンと紅茶でございます」
と出しながら言い、ワザワザ
「ホントはお出しするのは
秘書である私の仕事ではありませんが。」
と付け加える。

 「あ、ありがとう。」

 どういう風の吹き回しだろうと
警戒気味に応える。

 「ところで総理、貴方は顔に似合わず
演説が上手いのですね。
 私からプラス3点の評価をあげます。」
と云う。

「プラス3点ってなんね?
エリカから3点貰ったら何かいい事があるんか?」
「100点貯めると私から超豪華景品が進呈されます。」
「超豪華景品?
それはなんね?」
「それはまだ秘密です。」

 また平助の悪い癖、
大人の妄想にドップリ浸かるような
意味深なエリカ様のお言葉を頂き、
ご満悦な平助であった。


 「デヘ、デヘ・・・。」
閣僚会議の間中、
頬の筋肉が緩みっぱなしの平助に
官房長官の田之上が
「何かいい事あった?」
と小声で聞いてくる。
「これからいい事がやって来るんですヨ。
俄然仕事を頑張ろうと気力が湧いてね。」
「え?それって何かあったな?
狡いぞ!ボクも一枚かませて!」
「シッ!皆睨んでいるよ !」
何食わぬ顔で会議を続行する平助。
それ以上話題に触れぬよう、煙にまいた。

しかしその日の夜は居酒屋『はしご酒』で
田之上とSPの角刈りの杉本という
いつものメンバーで次の会議が開催される。

 この日の議題は
杉本のヘアースタイルが
何故角刈りなのか?だった。

 彼は語る。
「自分が角刈りなのは
尊敬する先輩師匠が角刈りだったから。
 その人は凄い人で
伝説の身辺警護人(SP)だったな。

 その人はクイーンの専属で、
来日コンサートの度に警護を担当したんだ。

 クイーンって知っとるけ?


日清 カップヌードル CM 「フレディマーキュリー(クイーン)」篇



 その先輩の仕事ぶりや
所作や考え方にフレディが共感して
チリチリの長髪から同じ髪型にしたって
有名な逸話があるんだ。

 そんな先輩だから
自分も憧れてね。
 この世界に入ったのも、角刈りなのも
その人の影響なのさ。」

「へえ!」

二人から『へえ』が3回押された。


 影響を受け易い平助と田之上は
翌日、髪形を角刈りに変えた。

 その顔を見るなり、
カエデが『プッ!』と吹き出し
涙目で笑いながら
「よく似合ってるよ!平助。」
と云った。

 何か馬鹿にされてるなぁ。
そんなに似合ってない?
 自分じゃかっこ良いつもりなんだけどな。





        第7話



 遡(さかのぼ)ること数年前。
202X年は激動の年だった。

 あの国で開催された冬季オリンピックは
コロナパンデミックの傷も癒えぬのに
蔓延させた責任も取らず
厚顔を貫き開催が強硬された。
世界的なブーイングのまま幕を閉じ
禍根を残す。

 更にあの国は
オリンピックが終了した途端、
台湾と尖閣諸島に突然軍事進攻してきた。

 しかしそれは自衛隊、台湾軍、
アメリカ軍の実力阻止に会い、
目的を達せぬまま断念する。

 その結末の波紋は大きく、
当然日本との関係は悪化する。

 


 公設ネットアンケートは
その怒りから炎上した。


 当然日本は断交を決断、貿易を遮断した。
もちろん経済は大きく混乱したが、
この期に及んで経済的損失や
他からの調達困難資源の問題などで躊躇してはいられない。
日本は攻撃を受けたのだ。


 尖閣侵攻の時は国防に関わる非常時なので
先代内閣は一時政務凍結され、
非常時用に常に待機していた
緊急事態シャドーキャビネット(影の内閣)
が発動された。

 侵攻による軍事行動が終息すると
直ちに当時首相職等を担っていた
数代前の内閣が復権。
 政務に戻る。

 でもこれからが大変。
戦後処理に莫大なエネルギーが費やされた。

 頻繁にネットアンケートが開催され、
次々と今後の対応策が発表される。


 半導体やディスプレイ製造など
断交により不足した基本産業分野を補うため、
国内産業強化策が策定される。

 ・町工場復興育成施策。
 ・派遣労働改正法による
  製造業労働者の再正規社員化と
  職場環境安定化と産業体質改善策。
 ・台湾プラスTPPとの更なる連携強化策の推進による
  あの国の侵略阻止包囲網の形成。
 
などが次々と実施された。


 そうした歴代の内閣が引き継いだ状況を踏襲した
平助の内閣も多忙を極める。
その後竹藪平助内閣がどうにか軌道にのり始め、
ひと段落ついたところで
外遊話が持ち上がった。

 2か月後にはカナダでサミットが開催される。

 もちろん主要議題はあの侵略主義国への対処。

平助にそんな交渉の大任を任せるには
あまりに外交経験不足。

 それ故まず外遊経験を積ませ
外国人との会話と外交術を体験させる事となった。

 それには相応しい国を選定する必要がある。
 平助が目指すべき政治スタンスに鑑み、
南米のある国が選ばれた。

 その国の元大統領は
世界一の貧乏元首と呼ばれていた。

 彼は自らの報酬を
貧しい国民に分け与え、
自分は自らの農場から得る僅かな収入で生計を立て
清貧生活を続けながら政務に邁進した人物。
 そんな国に行って
慎ましさと国務に対する誠実さを
学んでこいという訳だった。

 彼から学んだ事は
「私たちは多くの富、科学、技術が発展した時代に居るが
『私たちは幸せか?』」との問いかけや、
「周りの人たちと愛情を育む事などに人生を使ってほしい」
と呼びかけだった。

その国は日本と比べると貧しいのかもしれない。
でも日本の国民たちは彼らの国より
幸せに暮らせていると胸を張って言えるのか?

平助は政治が人を幸せにする万能の方策とは思わない。
でも誰もが幸せを掴みとるための機会は
平等にあるべきであり、そのための社会制度は
整備されるべきであると常々思っていた。

 彼の国の元大統領は
「幸せとは富や物質に執着する事ではない」
と云った。

 大切な事は他にある。

 それはそうであろう。
でも平助は思った。
 理不尽な貧困は悪であるとも。
 不正義な悪が社会に蔓延し
それが原因で人々から希望や
努力しようとする意欲を奪ってはならない。
幸せとは富や物質ではないとしても、
国民の生活意欲が後ろ向きでは
果たして幸せと云えるのか?

 お金だけに目を奪われず、
国民が皆、笑顔で暮らせる社会制度を作ろう。

 日本に向かう帰路、
エコノミークラスの狭い座席の上で
平助は新たなプランを練っていた。


 一月後はサミットに臨む。
外交と内政に心を新たにした平助だった。


 そんな平助に
カエデから思わぬプレゼントがあった。

 それは高度な翻訳機能がついた
最先端AIハンディ通訳機
「喋れる君」だった。

 これでサミットの間中、
英語やフランス語、ドイツ語などを
話せないという理由で
メンバーから孤立する懸念は無くなった。


 「ありがとう~!カエデ!!」
と喜び勇んで抱き着こうとした平助を
ピシャリ!と平手打ちを喰らわせるカエデであった。



     つづく




ママチャリ総理大臣 ~時給1800円~ 第4話、第5話

2021-10-08 15:32:55 | 日記
 第4話


 今日は朝から
土砂降りの雨だった。


 こんな日は本当についていない。

 雨合羽を着て、
いつものようにチャリンコ『流星号』に乗る。
  
こんな日の通勤くらいは、
車か電車にすりゃ良かったと後悔した。

 でもあの狭い軽の送迎は窮屈で息がつまる。
 あの男臭い車内はどうにかならないのか?
もし車内で誰かがオナラをしたものなら最悪である。


 電車の駅に行くにも
徒歩で駅に行く位ならチャリンコを使いたい。

 更にその電車も、
朝の通勤ラッシュの満員電車なら
軽の送迎と大して変わらないし。

 今日は昨日の深酒が祟り、
朝寝坊していつもより出勤時間が遅い。
 しかもいつもの通勤経路は
雨と時間帯が遅くなった分、渋滞も激しい。
 チャリだけなら道を縫って行けるが、
軽の行列付きだとそれも無理。

お陰で官邸に到着したのが大幅に遅れ、
急いでタイムカードを入れたが
2分の遅刻となってしまった。


 教育係の板倉が執務室前で仁王立ちになり、
「総理、遅い!!
国のトップが遅刻してどうするのですか?
そんな事では
誰もあなたについてきてはくれませんよ。」

「たった二分くらい大目に見てよ。

な?」

「な?
何が『な?』なのですか?
二分も遅刻したら
決裁書類2~3件分のハンコがその分
遅くなるのですよ。
一分につき30円のペナルティとして、
60円が差し引かれますのでそのおつもりで。」

「鬼!!
そのくらいの遅刻なら
一般企業なら『注意』くらいで許してくれるよ。
報酬から差っ引くなんて
此処(ここ)くらいだろ?
酷いじゃないか!」

「何を甘い事言いているのですか!
あなたの担当する職務は国事行為なのですよ。
 とても責任の重い立場なのです。
 しかも内閣総理大臣と云ったら
その中でも特に国の先頭に立ち、
全責任を背負って突っ走らなければならない
職務です。
 それからあなたは遅刻くらいと
思っているようですが、
どんな企業でも遅刻をする様な人間を
信用したり評価したりはしません。
 もっとちゃんとした社会常識を持った
おとなになってもらわないと困ります。
良いですか?
もう二度と遅刻はしないでくださいよ。
 分かりました?
次は始末書ですよ。」


 朝から思い切り叱られてしまった。

(でも、昔の大臣級のお偉いさんなんかは、
ワザと遅刻するのがステータスだったのに。
何か納得できない・・・。
損した気分だな。)


 多分この事はカエデにも伝わり、
今夜はぼろクソに云われるだろう。
 ああ、気が重いなぁ・・・。
 執務室でひたすらハンコを押しながら、
そんな事を考えていた。

 そこへまた板倉が、
「それと、この前言っておいた宿題は
もう出来ていますか?」
「何です?宿題って。」
「忘れましたか?
明日は貴方の総理大臣になって
初めての所信表明演説の日ですよ。
話す事を原稿にまとめておいてくださいねって
言っておいたでしょう?」

「ああ!忘れてた!!
毎日、目が回るような忙しさだったから
すっかり頭の中から抜け落ちていたよ。
ハハハ・・・。」
「ハハハ、じゃないでしょ!
原稿も無しに明日演説するつもりですか?
いくら今の国会が事務的な
※翼賛(よくさん)組織に
成り下がった所だからと言って
舐めないでください。

(※翼賛:  戦前、政党政治が終焉し、
    大政翼賛会に吸収された。
    (政府の方針に)賛成するだけの意味)

 貴方の演説は我が国だけではなく、
全世界の人々が注目しているのですよ。

 世界に例を見ない素人首相が
一体どこまでできるか
みんな貴方の一挙手一投足まで
注視しているのです。

 下手なところを見せたら
今後退任最後の日まで馬鹿にされ続け
何も聞いてもらえず、孤立するのですよ。
 しかも全世界中に
貴方の不名誉な印象が記憶されるのです。
 貴方にその覚悟がありますか?」

 「分かった、分かった!
今晩必死で考える事にするよ。
 でも、一体何を話せば良いのですか?
私は今まで歴代の首相の所信表明なんて
聞いた事がないんです。
 全く興味も無かったし。」

「昔と違い、今の所信表明演説は、
国会の議員たちに
アピールする必要はありません。
 自分の内閣はこれからこんな事をやります、
あんな事をやりますなんて
出来るか出来ないか分からない議会向けの
無駄なアピールの必要はないのです。
政策は公設ネットアンケートが決めるし。
 貴方がやるべきは
 国民に対して直接呼びかけ、
自分の思いを訴える。
それが一番効果的で意義があると
私は思いますよ。」




何だか解ったような、解らないような・・・・。


 
 昼食のカップラーメンを啜りながら
明日何を話すかボーッと考えていた。

 すると私の第三秘書で紅一点のエリカが
私にボソッと言う。
「平助総理ってサ・・・。
見た目ちょっと野暮ったいし、
ドン臭そうだし、
とても私の推しメンの拓哉には
逆立ちしたってかないっこないし。

(オイッ!勝手にアイドルと比べるなよ!)

 それと同じく、
総理には株や通貨の知識や技量について
誰も期待していないよ。
そう云う事は
財務省や経産省のやり手が担当してくれるし。
 同様にアメリカや中国のような
どうしようもない食わせ者の国との外交は
その分野のやり手が頑張ってくれるよぉ。
 総理がいくらカッコつけても
ダサいだけだから無理しない方が良いと思うよ。」

(ちょっと!失礼じゃないかい?)

私の目を見ず、
自分のマニュキュアを気にしながら
独り言のように言う。
 大体エリカは年下のくせにタメ口で、
私より何故か時給が100円高い。
秘書が総理より時給が高いっておかしくね?
 
 彼女は元銀座のホステスで、
美人で頭がキレる。

 そこを見込んだ板倉が
拝み倒してスカウトしたそうな。

 だからって少し私を
舐めてかかっている節がある。

銀座の元高級ホステスなら、
接客の時のように、
私に対する普段の態度や
言葉遣いにも気を使って欲しいものだ。


(ちょっとムカつく!
でも悔しいが的確なアドバイスだな。)

 (よし、私は背伸びをせずに、
明日は等身大で話をしてみよう。)
 そう決心した。
日頃感じた事を投げかけよう。
きっと皆、分かってくれるさ。





 案の定、むつみ荘に帰ったら
カエデが待ち受けていた。
「猿股彦(サルマタヒコ)!
お前、今朝遅刻したって?
何やってんだ?!馬鹿!!」
「誰が猿股彦やねん?
どうせボクの仕事なんて
勤務時間が有って無いようなものじゃん。
朝は9:00からだけど、
帰りは毎日違うし。
 折衝が有ったり、
会議や陳情が有ったりして、
出勤の時は押せても、
実質、退勤のタイムカードは押せないし。

 そんなのに何の意味がある?

 でも、もう遅刻はしないよ。
朝は初めが肝心だからね。
 明日は演説で忙しいから
今日はもう寝る。
 お休み。」

「お休みじゃねえよ!
ちゃんと演説の内容を考えたのか?」

「何にも考えてなんかいないよ。
いくら考えても、
これで良いなんて思えないし。
まぁ、何とかなるさ。」

「分った。サルマタヒコがそう言うなら
そうしたら?
でも、さっき牛丼作っておいたから、
チャンと食べてから寝なよ。
今日はまだ晩飯喰っていないんだろ?
そんじゃな、お休み。」

「サルマタヒコじゃねえし。
お前、段々口が悪くなってきたな。
女なんだから、
もうちょっときれいな言葉遣いにしたら?」
「それって性差別発言!!減点3点!!
じゃあな!」

 何が「減点3点だ!」「じゃあな!」だ。
大体『3点』って何だ?
また報酬からさっ引かれるのか?

 今日はエリカにしろ、カエデにしろ、
もう少し優しく接しろってんだ!




 何の根拠も前触れもないのに
突然自分に優しくなった二人と
チュ~する妄想を抱きながら
牛丼にガッつくサルマタヒコであった。





   第5話  所信表明演説




 今日は衆議院本会議の日。

 内閣総理大臣就任後、
約1か月での所信表明演説である。

 本会議場の聴衆はまばらだ。
それは国会議員なんてそんな何百人も要らないでしょ、
と云う事で、衆議院60人、
参議院30人に減らされたから。
どうせ翼賛議員に過ぎないし。
 重要決定事項や立法素案は
全部公設ネットアンケート事務集計局が
実務を担当しているから。
 議員の仕事は、ただ採決で挙手するか、投票するだけ。

議員や閣僚、官僚の汚職疑惑や
不祥事の追求・訴追は
独立査問委員会の仕事であり、
国会討議の場などでは
審議の対象にはならない。

 あくまで行政機関は行政が仕事。
立法機関は立法が仕事。

 本会議や予算委員会などの審議の場で
対立する他党議員や大臣など
蹴落とすような行為に明け暮れていたら、
本来の仕事にならないし、
第一、そんなの
国民から負託された仕事じゃない。

 元々政治とは、
政敵と戦う場ではない。
政(祭り事)を行うところなのだ。
 敵を倒して権力を我がものにするのは
前近代的な過去の話。

 今は直接民意をネット媒体ではかり、
議会が承認し、行政機関が執行する。
 そこに権力闘争がつけ込む隙間は無いし、
意見の相違からくる対立も起こりにくい。

 以前は政争ばかりに明け暮れていたから
他人が信用できなくなるし、
自分本位になるし、不正に走った。

 そんなで良い政治ができる筈はないでしょ?
恥ずかしい事に、
子供でも分かる事が今まで出来ていなかった。


 だから今は
立場や考えの違うもの同士が
お互いの英知を結集し、
より良い関係を構築するよう歩み寄り、
協力し合う場であるべきだと
新憲法にも明記されている。



 『万人の万人に対する闘争状態は
ここに終焉を迎えた』

 これが新憲法の前文で宣言された
直接民主主義のスローガンである。



 そうした背景を踏まえて
第135代竹藪平助新内閣総理大臣の
所信演説が始まった。

(念のために云うが、
決して『サルマタヒコ』が本当の名ではない。
知ってた?)


 平助が壇上に上がり本会議場を見渡すと、
フゥ~、と深く息を吐いた。

 実は彼は昨晩、全く眠れなかった。
それはそうだろう。

結局原稿なんて全く出来ていないし、
緊張もマックス。
 なにを話せば良いのだろう?
そうして一晩が無為に過ぎてしまっていた。

 しかし、こうして衆議院本会議場を
隅から隅まで見渡すと、
何故か不思議に突き上げてくるような
感情が噴き出してくる。

 この場所は100年以上の長い歴史を積み重ね、
この国の政治の主戦場となってきたのだ。

 私は今、どういう訳か此処に居る。
ひょんな事からこの国の代表者として、
国民に対し、言葉を投げかけ、
明るい未来を呼びかけようとしているのだ。
 こんなチャンスは滅多にない。
 私は自分の全身全霊を賭け
思いの丈をぶつけよう。
そう思うと、不思議な力が湧いて出た。


 壇上に立つ事1分。

 平助は無言であった。

 更に1分。

 本会議場は騒めきだし、
中継するTVの解説者が慌てだした。


 その間、平助は平気な顔で聴衆ひとりひとりを見据える。


 そしてゆっくりと、穏やかに話しだした。

「国民の皆様、
此処に私(わたくし)第135代竹藪平助内閣総理大臣は、
国民の皆様に呼びかけます。
 どうか私に力をお貸しください。
 私はこの国をより良くするための
精一杯の努力を惜しまない事を約束します。
 私に託された1年。
その1年の間、歴代の内閣がこれまで成し得なかった
数々の不条理の改善を全力で推進する事を誓います。


 ・・・こんなきれい事・・・。
いくら並べても皆さんの心には響きませんね。

 正直に言います。

 私は就任早々、キャバクラに行って
遊んできてしまいました。

  (場内から騒めきと共に
     「おぉ〜❗️」との声がする)

 執務前夜に深酒をして
遅刻をしてしまった事もあります。

 その度に私の教育担当に叱られました。

 私は聖人君主ではありません。

 何処(どこ)にでも居る普通の
食品工場生産ラインの工員です。

 でも私は今、此処(ここ)に居て
皆様の前で所信表明演説をしています。

 何故(なぜ)私なんかが
ここで偉そうに演説しているのでしょう?

 その理由は、
これがこの国の制度だからです。

 この国は私のような
不完全なパンピー(一般ピープル)が
普通に政治を担当できるほど、
優れた国民の集合体であり、世界でいち早く
理想的な直接民主主義を作り上げる名誉を
得た国なのです。

 私は見ての通り、何の力も有りません。
 お金も無いし、アイドルのようなカリスマ性も、
溢れ出るような知性もありません。
 今まではただの小心者で、
失敗ばかりのお調子者でした。


 でも!


今の私にはひとつだけ
誰にも負けない力が有ります。

 それは熱い思いです。

内閣総理大臣と云う
政治の中枢の立場を経験して1か月。

 段々自分がやらなきゃ、誰がやる!
との気持ちが芽生えてきました。

 今でも生活に困窮(こんきゅう)し、
社会をドロップアウトする人が大勢います。

 あらゆるハラスメントに
押しつぶされそうな人が大勢います。

 不正を目撃しても告発する勇気を持てない人。
 なりたい職業に就きたくても
経済的な理由で諦めざるを得ない人。
 重い病気の治療費を捻出できない人。
 学校に行けない人。
 様々な社会制度の狭間に居る人。

 困っている人は大勢います。

 私はつい最近まで
ただのメンマ製造工場の工員でした。
 この職務を終えたら、
また同じ工場に戻ります。

 でもそんな私でも出来ると
背中を押されました。
 私でも出来ると云う事は、
この拙い演説をお聴きの皆様、
誰にでもできると云う事です。

 でも、私ひとりの力では何もできません。
皆様のどなたがやっても、
一人ではできません。

でも私には無尽蔵に力を得る
『国民の皆様』と云う
強力な味方があり、バックボーンがあります。
 私のみならず、どなたがやっても、
その人が一生懸命この国と国民に尽くすなら、
それを皆が認めるなら、
素人でも立派にやり遂げる潜在能力を
この国と国民は持っているのです。

 だから皆様!

 私に力をお貸しください。
私は皆様にとって
信じるに足る人間になることを誓います。

 そして後に続く次世代の総理大臣に
国造りの道を開く事を誓います。

 信じてください。

私ではなく、皆様ひとりひとりの
可能性と底力を!

 私にできる事は、皆様にもできるのです。

 だから私の職務は皆様にとって
他人事ではないのです。

これは明日の皆様がやる仕事です。
 そう云う思いで
私のする仕事を見ていてください。

 それこそが直接民主制の真骨頂だと
私はここで断言したい。

 私はここに、
自信と自負とプライドの旗を振り続けます。
それは皆様と崇高な価値を
共有することができる名誉の印なのです。

 残り11カ月。

共にこの国を作り上げさせてください。

貴方の声が、貴方の行動が
力となることを信じてください。

私はそれを保証できる人間になりたい。
そのために全力を尽くします。



 第135代 内閣総理大臣 竹藪平助





  つづく

ママチャリ総理大臣 ~時給1800円~ 第2話 第3話

2021-10-02 07:04:40 | 日記
         第2話



 私 竹藪平助は、首相官邸への通勤にママチャリを使う。
 官邸は本来首相の住居を兼ねる筈だが、
そんなところに住んでいては国民の声が届かず、
国民生活の実態が見えない。
 更に幽霊が出るとの噂があり、
ネット暴動政変以降、
歴代の首相で官邸や敷地内の
それに隣接する私邸に住んだ者はいない。

 私もその例にもれず、
自分の私邸から通っている。


 私邸?

 
 一階がラーメン屋『蓬莱軒』の店舗で、
その2階の6畳一間を私邸と呼ぶなら
確かにそうだが・・・。
 一応そこは『むつみ荘』という名がある。

 その住人の私は官邸までの道のりを
3年前近隣のホームセンターで買った
12800円の愛車(ママチャリ)
マッハ15の『流星号』で通う。

 本当は首相にはVIP送迎という特典は有るのだが、
就任初日から3日で利用を止めた。

 何故ならその送迎車が実に狭い。

 政変以前の首相送迎車と云ったら
センチェリーだのクラウンだのベンツだのといった
超高級車のはずだったが、
政変以降、軽自動車に変更されたのだ。

 ホン〇N-BOXやスズ〇スペーシア、
ダイハ〇タントのようなツーボックスミニバンなどに。

 しかもその後部座席に座るならまだしも、
前席をベンチシートに改造、
右から運転手、VIP、そして助手席にSPが押し込められる。

 いくら何でも軽の前席に大人3人も座ったら狭いでしょ?

 何で前席に?
実は後ろの席は要人警護対策で
モーターを特別にパワーアップした
ハイブリットエンジンに載せ替え、
しかも万が一の危険回避の逃走用に
1分間持続して急加速できる
ニトロジェットエンジンまでも搭載している。

 だから後部座席に人は乗れない。

 そんなクレージーカー、誰が造った?

どうやらこの国にはまだまだ改善点が多すぎるようだ。

 そんな訳で私の前に軽の警護車両が3台、
その後に私が「♪マッハ15のスピードだぁ♫」
と歌いながら『流星号』で走り、
後ろにまた3台の警護車両が続く。

※印 昔のアニメ『スーパージェッター』で検索してみてください。
『スーパージェッター』主題歌フルバージョン 1965~1966




 その風景は
昔のチンドン屋さんの練り歩きのような、
何処となくユーモラスな空気を漂わしていると思う。

 

 そんな訳で私が首相官邸に着いた頃には、
汗だくでヘロヘロになっている。


 今朝は官邸に出勤前、楓(以降、カエデと呼ぶ)
の奴にキャバクラの事でやり込められているので、
戦々恐々とした面持ちで官邸のドアを開けた。
 そこに待ち受けていたのは
首相専属教育係の板倉だった。

 (あぁ、やはりキャバクラの事、バレてる。)
そう思った私は観念する。


 でも板倉の反応は意外だった。
「キャバクラ?
行きましたか・・・。
 でもそれは貴方の問題です。
 貴方は確かにこの国の元首である内閣総理大臣であり、
公人として規範となるべき人です。

 もちろん政変以前の政治家と云ったら
職業としての政治屋稼業でしたので
人心と権力掌握のため、
せめて表向きは聖人君子を装う必要がありましたが、
今のあなた方公募世代は、
あくまでも一般人からの選出です。
 一般人がキャバクラに行った事が
ニュースになったり
スキャンダルになることはないでしょう?

 だから一年だけ首相になったくらいの人が、
世間の批判に晒される必要はないのです。


 でも・・・・・

内閣総理大臣はあくまで天下の内閣総理大臣。

 自分の推進する政策を貫徹したいと思うなら、
もっと襟を正した生活に徹すべきです。

 キャバクラ通いやパチンコ、
ギャンブル狂いの人がもし首相なら、
いったい誰がその人について行くでしょう?
 確かにその為政者の生活態度と政治は別物です。

 でも政治は一人ではできません。
政治とは力です。
その力とは共感の集合体です。
お金ではありません。
 そしてその共感の無い所に共力(協力)は生まれません。
 貴方が任期の間、任務を滞りなく遂行したいと思うなら
議会や省庁や国民の賛同が必要なのです。
 いくらあなたがその辺の一般人だったとしても、
今はこの国の責任者です。

 この一年間、
誰に対しても恥ずかしくない仕事がしたいと思うなら、
技術面では私たちサポート陣が全力で支えます。
 でも人格面は自己責任でお願いします。


 言葉が無かった。

 そうだな・・・。

 私は心から反省した。


 キャバクラは止めて
今夜からは大衆居酒屋とカラオケスナックにしよう。
その辺は止める気が全くない竹藪平助であった。






       第3話



 ほろ酔い気分でむつみ荘に戻ると、
部屋の窓に明かりが見える。

 古びた薄っぺらいドアを開けると
そこには案の定、カエデが居た。


「何でカエデが此処に居るんだよぉ?
お前に鍵を渡した覚えはないぞ。」

「今日の私邸の留守の当番は、
角刈りの杉本だったでしょ?
だから私の魅力をフルに使って部屋に入れて貰ったの。
彼には玄関の外で警護するように頼んでね。」
「魅力をフルにね・・・。
どんな魅力だか。
そんな事よりこんな夜遅く、何の用だ?」
「だって今日の昼にあなたの教育係の板倉さんから
電話があったの。
 私にあなたのお目付け役になって欲しいんだって。
 しかも時給は1500円。
チョットは良い小遣い稼ぎじゃない?
 だから面倒だけど、渋々引き受けた訳。
(本当はカエデ自ら板倉に売り込んだのだが、
それは内緒。)
今夜はその事を伝えておきたかったの。
分かった?
お休み。」
「え?
もう帰っちゃうの?
お休みのキスは?」
「何であなたにキスをしなくちゃならない訳?」
「だってお目付け役だろ?」
「お目付け役が何故キスをするの?

馬鹿!!」


 「だから馬鹿って言うな!」

「あ、それから、
そう云う事だから、
このボロアパートの部屋の鍵、明日の朝、置いてってね。」
「そういう事ってなんだよ?
ボロアパートで悪かったな!
でもお前にこの部屋の鍵を渡したら
もう悪い事できないじゃん。
勘のいいお前の事だから、
隠れて何をやっても、総てお見通しになっちゃうし。
 だから嫌だね!」
「この期に及んでまだ悪い事を企んでいるの?
いい加減観念しなさい。
内閣総理大臣なんでしょ?
この、『猿間竹男』が!!」

「『猿間竹男』?何じゃそりゃ?」
「押し入れの中に、
洗濯していないパンツが山になっていたじゃない?
その中からキノコが生えていたよ。
だから「さるまたけお」=『猿間竹男』よ。」
「パンツからキノコぉ?
嘘つけ!ボクのパンツからキノコが生えるか!」
「今日は洗濯機3回も回してやったんだからね。
有難いと思いなさい。この不潔なキノコ男!」

私は思わず押し入れを開けた。
山のように無造作に積まれていたパンツが
洗濯され、綺麗に畳まれている。

 「私、帰るから。
明日は今夜みたいに酔っぱらってないで
真っ直ぐ帰って来るんだぞ!
 明日の晩御飯はカレーだからね。」
そう言ってカエデは帰っていった。


 

 首相の一日は矢の如く早い。

 昔のような不毛な政争はないが、
実務でやらねばならない事は山ほどある。

 そもそも前回のプロローグで、
今はネットによる直接民主制と云ったが、
何故議会や内閣が存在する?

 公設ネットアンケートが国権の最高機関なら
議会での議論に何の意味がある?

 この公設ネットアンケート。
誰でもが参加できるが、誰でもが参加できるわけではない。


何言ってる?



ネットの世界はネット民の衆愚に満ちている。

※ 衆愚? 衆愚とは一般大衆に迎合するための愚かな行為。
  =衆愚政治。
  古代ギリシャが衰退したのも
  古代ローマが共和制から帝政に取って代わられたのも、
  衆愚政治が蔓延ったせい。



でもだからこの国の政治は衆愚に堕ちてはいけない。

 故に国民を堕とさないためにも
徹底した再教育が必要になるのだ。

 その方法。

 それは一定年齢に達した成人は、
月一回、10分間のネット「政治の仕組み講座」や
「法の精神講座」「社会の良識講座」を
受講する事が義務化された。


(ウヮ!堅苦しそうで、難しそうで、退屈しそう。)
(その内容は小5程度のレベルだが)

 だからと云ってそれを怠ると、テレビ、ラジオ、
講座以外の全てのネットチャンネルが遮断されてしまう。
 でも例え渋々でも受講すると
全てのメディアソースが復活。
 更にその講座を受講した者だけが
公設ネットアンケートに参加できるのだ。

 しかも受講の最後に小テストがあり、
5問中3問以上正解すると、
公設ネットアンケートのコメント欄に
自分の要求を主張する発言権が与えられる。

 一回の講座参加で
一回の公設ネットアンケートへの投票権。
更に正解者に発言権。
 それが国政を支えているのだ。

 その結果、この国から一般財政と特別財政の
二重予算構造が廃止された。
不透明で不正の温床の仕組みが
ネットアンケートによって解体されたのだ。

 あれだけ悪どかった財務省の官僚たちも
その多くがスーパーマーケットの
レジのおばちゃん達にとって変わられている。
 そのおばちゃん達も
徹底したモラル教育とマニュアルに管理され、
更に一年ごとの交代だから、
不正の温床が育ちにくい。

 そういった全ての仕組みを
公設ネットアンケートが構築したのだ。

 思わぬ副産物として、
一年政府の要職を経験した者たちは、
下野した後もその経験が体に沁みつき、
有力なブレーンとなった。
 そんな者たちのコメントが世論を支え
有意義な政策が提言された。

 但し、時々VIP送迎車のような間の抜けたポカもするが・・・。



 議会も省庁も素人任せ。
でもいざという時のために
百戦錬磨のサポート陣が組織され、
あらかじめ控えており、
致命的な失敗を未然に防ぐ仕組みも組み込まれている。



 そんな国政組織を中枢から目の当たりにし、
私はまだまだ手探り状態の国政に
真剣に取り組もうかとの自覚が次第に出て来た。

 だって内閣総理大臣なんて、
誰でもそう簡単になれるものでもない。

 私は割と簡単になってしまったが、
そんなのまぐれ。
 本当ならこんな運命って、
どうかしているじゃない?



 今日は財務省主計局の局長を官邸に呼び、
補正予算の詰めについての説明を聞いた。

 局長である彼女は、
私が住むアパートの近所にある
『スーパー≪激安≫』に勤めていた。

 だから顔見知りで
私が『日唐カップラーメン【バゴーン】』と
『大正の【超特大ミルクプリン】』を
いつも買っているのを知っている。

 彼女は私の顔を見るなり、
「あら、平ちゃん(私、竹藪平助は彼女にそう呼ばれている)
今日はカップラーメンとプリンは買って帰らないの?」
と聞いてくる。
「ああ、買って帰りたいけど
今は財布のひもをカエデに奪われているんだ。
とても残念に思うよ。」
「だから最近顔を見せないのね。
レジ仲間が「最近平ちゃんが来ない」と言ってたのは
それが理由なのね。
でもお酒を飲むくせに、甘党でもあるなんて、
将来成人病に苦しむことになるから
それで良いんじゃない?」

まるで他人事のように言った。

 確かに他人事だけど。

 「今は流星号に乗って毎日通勤で汗を流しているから、
成人病になんかならないさ。」
 「また、そんなこと言って・・・。
たまにはカエデさんに感謝しなきゃダメよ。
アンタの健康管理をちゃんとやってくれてるんだから。」

 おばちゃん口調で云う。

 おばちゃんだけど。




 こうしたやり取りの末、
大切な国家財政の補正予算は組まれてゆく。



    
    つづく