天下太平のやせ我慢日記

近くの孫達
男の子は中二で受験戦争を控えその下は修学旅行で胸躍らせ、一番下は苦労しましたが3年生、ピアノを習い始めた

無事生還す

2012年01月14日 | Weblog

正月3日、心筋梗塞で与謝の海病院に搬送される。自宅には3人の小学生の孫のみで心配だったが、この場合止むをえなかった。孫が遊びに来ていて、夜勤帰りで3から4日まで泊まるというのでとりあえずのご飯類等フクヤに買いに走り、あとパソコンを使うというのでアドバイスなどして布団に入る予定していた。

その時胸が強く圧迫されるような激しい痛みがあり、只ならぬと自覚し血圧測定すると200を超えていた。孫たちにジイジは救急で病院に行くから、お母さんに電話するようにだけ伝えて119番、数分後病院に、

即手術といい、家族はもとより本人の同意なく手術実施、それだけ緊迫していたらしい、初めてカテーテルでのステント治療と言うものをやった、痛みはあまりなかったが、身体の自由は大きく制限され体が動かせないのが辛かった。

私が異常を感じた時点で即通報したのが運命の分かれ道だったようだ。少し遅れていれば生還はなかったかもといわれた。返すがえすも悪運の強いわたしなんだ。13日午前中退院、入院中はあらゆる自由が束縛され、ただ、飯を食うのと布団に入って寝るだけでテレビも恐ろしい勢いでカードがカウントダウンしていく、見たくもない番組でも観てないとやりきれない思いがした。

やっと退院でき嬉しい、あと、精神的にブルーに落ち込んでしまったのでもう少し気分を高揚させ無くてはと感じている、心の状態次第で病気も代わるという思いを強くした。