天下太平のやせ我慢日記

近くの孫達
男の子は中二で受験戦争を控えその下は修学旅行で胸躍らせ、一番下は苦労しましたが3年生、ピアノを習い始めた

痛ましい出来事

2011年04月18日 | Weblog

悔しい…遺族ら、悲しみと憤り 栃木クレーン車事故(朝日新聞) - goo ニュース

太刀ふりの練習が雨のため中止、炬燵でほわ―んとして寝ていてテレビを見たらこんなニュース、同じ年頃の孫がいて、わが身のように悲しく思わず泣けてしまった。

最近特に涙腺がもろくなり、東日本の震災等悲しい事件が起きるとボロボロと涙がでて泊まらない。

楽しくなるような良いことのニュースが多いといいのだが、悲しい事件が多すぎる

 


仏の座

2011年04月18日 | Weblog

前回仏の座という紫の草花を紹介したが同時期に群生している。踊り子草(姫踊り子草)を紹介する。こちらの方が生命力旺盛なのか彼方此方の原っぱや田畑の脇に群生している。私などどちらがお踊り草なのか、仏の座なのか時々失念する。そんな場合ネットで調べるとすぐにわかる。

ネットは考える能力の衰えた者には随分重宝する、高齢者こそもっとパソコンを使えば生き甲斐になるのにとっつきの悪さから敬遠している。しかしテレビではそうした高齢者向けの放送があり、観られるといいのだが、私は30代のころ興味を持ちPCを触っていたのでそこそこには使えるが、時々高齢者向けのテレビを確認の意味で利用しています。

踊り子草

 


踊り子草

2011年04月18日 | Weblog

昨日の寒さから観て今日は随分あたたかな一日がスタート、気持ちのいい日だ。籠神社へ3組&4組のお供え集金した分社務所に届けた。参詣客は平日とも会ってチラホラ、車の中は陽だまり暖かさでジャンパーのしたは汗ばむようだ。

こんな日はウツラウツラと日向ぼっこがいい、

 


隣の桜

2011年04月16日 | Weblog

すぐ隣にしだれ桜が見事に満開、普段家におられないので我が家の桜と変わらない、後2~3歩歩くと染井吉野が満開で、また天の橋立が真一文字に絶好の光景が開ける。あばら家でも景色は最高です。

画像を始め8Mでアップすると駄目だったので0.3Mに落とすとOKがでた。もう少しあげれたかも?仕上げを観てから考えよう。


『ピカピカの一年生』

2011年04月12日 | Weblog

デジブック 『ピカピカの一年生』

孫の夢佳、新たな始まりです、この娘の未来が明るいものでありますように、デジカメの操作がまずく画面が暗かったりして反省ですが、気持は伝わってほしいと思います。

春が来たはふさわしいテーマと思います。


孫娘の入学式

2011年04月07日 | Weblog

 

入学した明日から3兄妹そろって大宮小に通学することになる。これまでに多くの障害を乗り越えてきただけに、喜びもひとしお、まだまだ山あり谷あり続くかもしれないが、大きなヤマは越えた、私も後どれだけできるか知らないが、精いっぱいの事をする覚悟だ、

 

 

入学式2011大宮第一小


日本海側にも

2011年04月06日 | Weblog

 日本海側には東日本のような災害は無いと思う、とある古老が話してくれた、果たしてそうだろうか、丹後風土記残欠には雪舟の絵にもある大島(冠島)は舞鶴から地続きであったが大宝元年(西暦701年)大地震で一夜にして沈んだとの記載があるというし、

何とかゾウの化石とか大陸と地続きであった証拠がいろいろ見つかったという。用心に越したことは無い、古の過去の歴史を調べ教訓を得ることは無駄ではない、

 


相撲

2011年04月06日 | Weblog

 八百長疑惑で大量の解雇が発表された。もう相撲もおしまいだ、八百長があったためというより、国技だ、神聖なものだと周りが押しつけてきた責任もあるのでは、単なるスポーツの一つ、と割り切って観ていた。

 神聖化を周りが押しつけてきた偶像にすぎないことなのに、10代やそこらで神聖なる国技としての認識等持てるはずがない、時に温情を見せたりしたことがあったはず、取り組みにそんな場面はおそらく昔からあったのでは、われわれはそれを100も承知してみなければ。

国技とか言って神棚に祭り上げて、露天して、一斉に非難する、見る側も悪い、審議会なんか知らんが、高所から見下ろすような判断、血の出るような稽古を重ね、時に化のような事が露見したからと言って、責め続ける。八百長は批判されてしかるべきだが、その人生まで徹底的にここ降ろす、

そんな事を言えば他の格闘技何処まで本当か、プロレスなんて真剣勝負なんてあるのだろうか、おそらく相撲は江戸時代の昔からあったが全ての取り組みに八百長、”温情相撲”のようなものがあったのでは、

今上位に日本人より外国人のほうが多い状況だ、この外国出身の力士たちに(神聖なる国技)なんて押しつける方が、おかしなことなのに

古今東西その名を挙げた大力士名力士たち、一点の曇りもないとは、かえって信じられない