ホイッスルバード あいざわぶん

ボランティアに寄りかかるなよ!

ボランティア行動とは、自ら動くことと、寄付をすることの
ほぼ二種類と思われる。
行動源は、「他人の為と自分の為」に分類されるだろう。
さて、もしもボランティアが居なかったら、吾が国は自立
できているのだろうか。
近頃、つくづく頭に浮かぶことなのである。

自然災害が起きるとボランティアは即座に動こうとする。
無償であれ、有償であれ、本当に大活躍をする。
例えば、視力障害者の為に本の音読に協力する。
例えば、貧困が原因で食事に困っている家庭と児童が
居れば食堂まで作り、(助けになれば)と身を粉にする。

でも、それはボランティアがすることか、と思うこともある。
例えば、先ほど挙げた子供食堂などがそれである。
そもそも政治が率先して解決すべきことなのではないか。
もちろん子供食堂をやっている人たちの行動は崇高で
あることは言うまでもないが、いつまでも彼らに政治側が
甘え、問題の解消を果たさないのは政治家どもが怠慢
だからである、と言いたいのだ。

政治は完全にボランティアに寄りかかっている。
ボランティアを表彰してやり、「はい仕事終了」なのだ。
政治はそれを恥ずるべきだし、ボランティア及び国民も
早く気付くべきではなかろうか。

で、政治とは、現政権・自民党と公明党である。
そんな人たちに政権を任せ続けるのは莫迦のすること。
そう思わない人たちの頭の構造を私は不思議なのだ。

自民党総裁選が始まってから能登半島に視察に行く
総裁選立候補議員たち。
やっていることが自分で理解できない人たちである。
「私は見にきてあげた人、あなた方は泥を片付ける人」
なのだから。

泥にまみれて片付けている人こそ、現日本には政治家と
して向くのだ、とそろそろ私たちは気付くべし。
真っ逆さまに落ちている今の日本は、勉強しかできない
「頭でっかち」では使い物にならんよ!

コメント一覧

kumi
お初です。
わかります。ボランティアは法制度が整うまでの繋ぎです。早急に法制度を整え、ボランティアは手を引く。善意に頼っては目的が滞る。ボランティアは雑用便利屋ではない。
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