そのスナックには商才のあるママがいて、客が少ない日には常連客を呼びつけ、一人暮らしの青年客には、店が始まる前に家庭的な夕食を提供していた。
大抵は男、または私達のようなカップル客で占められていたが、中には若い女性のお一人様もいた。
その女性は、仕事の帰りに事務服を着たまま現れ、水割りを二、三杯立て続けに煽ると、突然人が変わったように陽気になった。
そして、人見知りの素顔を隠すかのように店の客らに話しかけ、男性客とデュエットをした。
彼女が好んでリクエストしたのが♪星降る街角
昭和そのもののデュエットソングで、アップテンポな明るい曲。彼女はさほど歌うまタイプではなかったが、声を張り上げノリ
ノリで歌う姿は店の客を楽しませた。
ある時彼女は、オハコソング♪男の背中を歌いきった後、私の横に座った。
「ねえ、〇〇ちゃん達って仲良いね。私も男が欲しいんだけど、うまくいかないんだよね」と私と彼氏を酔いの回った瞳で見つめた。
月に二、三度、スナックの中で会うだけの関係だったけど、同じ年頃の私に親近感を感じたらしく、彼女はカラオケの合間に私と会話をしたがった。
どこに住んでいるか、実家の近くの内科医院に事務として働いている事、頼りになる兄が一人いる事、両親が口うるさくて家に帰ってもつまらないから、こうして毎週一回はスナックに飲みに来ている事等、自分の概略を話してくれた。
当時私は21歳、彼女は一つ年上だった。私にはスナックに一人飲みに来ている彼女がとても大人に見えたと同時に、何故そこまでして酔いたがるのか謎だった。
彼女はひとしきり飲んで歌って喋った後、憑き物が落ちたように意気消沈して、
のろのろと会計を済ませ帰って行った。
その元気のない後ろ姿は今でも心に残っている。
やっちゃん。その彼女は今長期入院者として、療養病棟で毎日を過ごしている。
あれから壮絶な人生を歩いてきたんだね。