僕は消息不明のニュースと共に映し出された船体のスマートさに違和感を覚えた。まるで深海の遊覧船だ。このスマートさは事故にも影響していた。
世界が注目し、各国が捜索に乗り出した。一方、情報は正確さを欠いていた。水深3000mとはいえ音波は伝わるから通信機能は持っていたわけで、通信不能になった事を伝えるべきだった。文系の報告なんだな。
短時間で通信不能だから母船を離れて遠くへ行くはずが無い。タイタンが降下した周辺に限定して調査すべきだった。しかし飛行機を含む捜索海域はどんどん広がった。
着実な捜索方法は海水の流れを計測し、時間経過を加味してタイタンの移動をシミュレーションする事である。アメリカ海軍はやっていたに違いない。果たして?朝食中に破片発見のニュースが飛び込んできた。
テレ朝は承認されていなかった潜水艇であることを強調し始めた。世界で存在する10隻の4000m級の潜水艇でタイタンは唯一承認されていなかったらしい。また、窓の耐久性は水深1300mだという。
法律の網をかいくぐった試作艇だとか、恐ろしい話が出始めた。それがあってか、乗込む前に生命の危険性がある事にサインしていることも付け加えられた。僕はかつて、死亡リスクのある装置を開発した当時のことを思い出した。
高電圧安全保護具の自動試験装置(高電圧をかける)を検討していた。スタッフは死亡リスクのある装置なのに、思い付きの様なアイデアを出してきた。叱り飛ばした。間違っても人命が失われる可能性がある装置にしてはならない。
考え考え、何度も考えた。仕様を決めると安全な業者を探した。国鉄の有力な下請け業者にした。国鉄は厳しい条件で製造していると判断したのだ。まあしかし、目が飛び出る様な高い見積もりだったが、やむを得なかった。
スマートさとかデザインだとかそういうものは度外視した。兎に角、どう転んでも安全であることが最優先だった。納品後、30年以上経過するが事故が有ったとは報告されていない。
出向した子会社で装置などの製造業を立上げて気付いたのは皆さん自分の作りたいものを作るという傾向だった。機械屋は自分の城を持っていて、プライドも高い。僕が意見すると「私は機械の専門家です。あんたは素人でしょう」と平気で言う。
確かに機械は全く素人だが(電気系)、幼いころから見えない仕組みを考える事が好きだったからそれが僕を救い、チームや会社を救った。
上場企業(メーカー)を中心に営業し、メーカーの希望を満たす工場向け装置を開発し、世界で初めてなんていう装置ばかりだったから、初期トラブルはあり得るが人為的トラブルも有った。報告を聞くと、スタッフと顧客が開発について話が盛り上がり、僕に許可を求めず変更している。
重要なところは頭に入っていたから、大体5分以内で原因を探り、対策を支持した。工場内設置で運び出せず大型クレーンで吊りあげて搬出なんてのも有った。
最初のスマートな船体に戻るが、観光向けであり、従来の深海潜水艇とは異なる。球体の耐久性が高いのだから、この基本を崩すべきではない。美しいデザインは明らかに設計者の意向が反映されている。
僕が提案できるのは、深海を観光にするなら、運搬船と改定の間にセンターを配備させる事か。通信、運用管理、非常時対応をセンターで実施するようにし、海中ドローンで潜水艇を追いかけることかな。何事も現場が大事。
水中バルーンも考えてみた。潜水艇からいざという時、金属円筒ケースを上に発射させ、ある程度上昇したら空気弁を開けバルーンを膨らませ、その浮上力で潜水艇を浮揚させる。
兎に角、絶対安全の基本を外してはいけない。未承認は全く論外だ。まあ、将来の火星移住などには、良い警告となったであろう。