ー 真の友 ー
「「人の心を見んと思わば煩え。」と云ふことあり。
日頃は心安く寄り合ひ、病気又は難儀の時大方にする者は腰ぬけなり。すべて人の不仕合せ時別けて立ち入り、見舞い・付届仕るべきなり。恩を受け候人には、一生の内疎遠にあるまじきなり。斯様の事にて、人の心入れは見ゆるものなり。多分我が難儀の時は人を頼み、後には思いも出さぬ人多し。」(岩波文庫「葉隠」※ 上 聞書第一 94 和辻哲郎・古川哲史校訂 )
※ 葉隠は鍋島藩士、山本常朝の談話を7年にわたって聞書した田代陣基が、この談話を基に編集した武家倫理についての書。享保元(1716)年頃。(同書 カバーより)
長いこと人間をやっていると、足を踏み外して奈落、どん底に落ちることもある。そういう時に人の心が見えると言っている。
日頃は年賀状やメールをやりとりし、外で食事などする仲でも一旦こちらが無一文になったり、家を失くしたりすると、まるで潮が引くように周りから去ってしまう。そういう者は腰抜けだと言っている。葉隠はその情景を、世界は皆からくり人形なり。という。(同書上42)
余程の変人でないかぎり、自分がどん底に落ちた時、必ず一人はこっちを見てくれている、気にかけてくれている真の友がいるものだ。そのことに気が付けば、「世の中、まだ捨てたものではない」、「もういっちょ頑張ってみるか」という気になる。
私の経験ではそういう友だちは得てして昔の悪友の中から出てくる。こちらが今日くらいは勉強しようと参考書を開いたところへ、「飲みに行くぞ」と誘いに来る、飲み代はツケにする、街のお兄さんと喧嘩をする、門限は守らない・・・そういう類である。
先生や親の言うことをよく聞く、いわゆる“いい子”の中から出てくることは少い。
( 次回は ー 選 択 ー )