ー 拝啓 石 油 様 ー
石油は古来、人間のそばにあった。
チグリス、ユーフラテス川流域で繁栄したメソポタミアでは既に建造物の接着剤としてあるいはミイラの防腐剤として使われていたという。
これが1859年、米国で鉄道員をしていたドレークという男がペンシルベニア州・タイタスビル近くの地下21メートルから原油30~35バレル(ドラム缶24~28本分)/日 の採掘に成功すると、俄然産業として注目を浴びるようになった。
今や石油はプラスチック、合成繊維、合成ゴム、合成洗剤、塗料、界面活性剤、肥料、薬等の原料として欠かせないものになっている。
ところが1962年、米国の内務省魚類・野生生物局に勤務していたレイチェル・カーソンの「沈黙の春」(Silent Spring)が出版されるや、世界に衝撃が走った。なにしろ、農薬などの合成化学物質のせいで生き物がみんな死んでしまうというのである。
さらに1996年、世界自然保護基金の内分泌系攪乱化学物質専門家であるシーア・コルボーンの「奪われし未来」(Our Stolen Future 共著)が出版されるとまたしてもすさまじい論争が巻き起こった。
こちらは合成化学物質が生物のホルモン分泌系に作用してその正常な働きをかく乱しているという。例えば生殖ホルモンが働かなくなったハクトウワシのオスが繁殖期になっても何もせず樹の梢でぼんやりしている。
現在地球上に生きている生物は海から陸へと住む所を変え、姿、形を変え、環境や他の生物との折り合いをつけながら、数億年かけて現在の ような環境と均衡する術を手に入れた。もちろんこの間交尾を忘れたことなどない。それを人間はここわずか数十年の間に根本から覆えしている。
子の代、孫の代になっても田んぼでは稲穂が風に波打ち、港は大漁に沸くのだろうか。100年前に生きたじいちゃん、ばあちゃんの体には現代人の体が持っているような数百種の化学物質は存在しなかった。年貢の納め時ということばがある。わが世の春もこの辺で幕か。