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北野恒富 『雨後』
皇嗣妃殿下が皇室に上がられて30年以上の年月が経ちましたが、ご自身はそれをゆっくりと思い巡らす暇(いとま)もないほど忙(せわ)しない日々を過ごされておられました。
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高畠華宵 『移り行く姿』より
生来のご性分なのでしょうか・・・・・・日々お忙しい日常をお過ごしに成られることに対して、それほど、ご自分では違和感ということもなく、弱音や愚痴等は、ご夫君たる背の宮位にしか、こぼしたことは、有りませんでした。
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それは妃殿下にとりましては、ご本意ではなかったのでしたが、『辛い事』『大変な事』等はお互いに言葉として出し合おうと、妃殿下が、ご結婚を決心された時、そして、ご結婚された後からも、背の宮・・・・・当時の宮様から必ずそうしようと、言われておりましたので、余りご心配は掛けたくはないとは思われていらっしゃたのですが、しかし宮様の強い仰せでしたので、ご夫婦のお時間の時には様々、仰られていたのでした。
しかし、妃殿下は頑固と云うか、意地を張るところがありましたので、宮様の方が愚痴を多く仰り、妃殿下はその聞き役、諌め役、励まし役等がもっぱら多かったのです。
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宮様もその事は分かっておいででした。そういう訳でしたので、妃殿下の気質は、宮様・・・・・皇嗣殿下が一番ご存知でいらっしゃいました。
しかしこのまま世間の酷いバッシングが続けば、妃殿下はもう限界が来て二の姫宮様が仰られた通り
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「壊れてしまう」
そうなる前に、ご自分のお誕生日の会見の時に、かつて御所のお上が仰せられた通りの御言葉を、其のままに、妃殿下の事を全国にお伝えになられたのでした。
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勿論、何故その事言われたかの、質問は受ける事は、分かっておられましたので、その理由を、妃殿下に対しての思いを、文章になさっておられました。その文章はご自分の思いの丈をお書きになられたのを、妹宮である、院の女一の宮様が、チェックされまして、完成されたのでした。
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菊池契月 『紫式部』
皇嗣殿下は、上皇后様の前でも臆することもなく、妃殿下がご自分の思いを言われた時は、恋人同士でいらした頃のような、若返ったお心持ちで、本当に嬉しく、妃殿下には『感謝』という以外は有りませんでした。お誕生日のお祝いとしては、妃殿下のご自分に向けて仰られたお言葉以上のものは有りませんでした。
苦労させる事を承知の上で、妃殿下にプロポーズされましたが、しかしご自分の想像以上の、苦労と苦しみを味合わせてしまった事は、本当に申し訳ないという自責の念をずっと抱いていらっしゃいました。しかし妃殿下のお言葉で、長年抱いていた思いは、大分薄らぎお気持ちも軽くお成りになられたのでした。
妃殿下は数々のお辛い思いをされてこられました。ことに一の姫宮様の『狂恋』と言っても過言ではない状況が数年も続き、その間に一気に吹き出した妃殿下の凄まじいバッシング・・・・・それはまさに、
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地獄の焔に焼かれるような、辛い苦しみを味合われました。
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気丈な妃殿下ですが、幾度か心が折れてしまいそうな事がありました。
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岩田専太郎 『吹雪の女』
しかし、その度に、かの東北の大震災の後、被災した中学校の卒業式で涙を堪えながらも、しかし力強く答辞を読み上げた生徒の言葉のなかの
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「天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きてゆくこと・・・・・」
その言葉を思い出されました。そして決して、この辛さに負けてはいけないという、強い意思を持たれるのでした。
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浅見松江 『細川伽羅奢(ガラシャ)』
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自然が起こしたとはゆえ、余りに残酷な運命に見舞えながらも、しかし『天を恨まず』と言い切りそれぞれ、試練を受け入れ、乗り越えようとしたあの時の中学生達に比べたら
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自分の試練など、まだまだと思われるのでした。そう思うことで、気持ちを奮い立たせてこられたのです。
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正しい事をすれば必ず試練があるのは、ご自分の半生のなかで、学ばれた事です。
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鏑木清方 『母子』
その試練に負けるものかという強いお気持ち・・・・それは、頑固とも意地とも他から見ればそう見えるのかもしれません。
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山川秀峰 『時雨降る日』
ことに、ご長女の一の姫宮様からは正しく(まさしく)母宮様は、そう見えられたのでしょう。
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山川秀峰 『春雨の宵』
一の姫宮様はただひたすらに、そのお相手を愛しておられました。それによってどれ程周囲が辛い思いをしていても、例え犠牲がでても、お相手への『愛』は薄らぐ事は決して有りませんでした。
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小早川清 『唐人お吉』
里中満智子先生の代表作 『アリエスの乙女たち」から~~~
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水穂路実
「愛しているの ただ それだけでいいの! 将来のことも 人の世のしがらみも なにもかも わすれて ひとときを わかちあいたい」
「それが 愛だと 思うわ」
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高畠華宵 『薫る花』
かつて、妃殿下も、一の姫宮様と同じほどの恋をされ、何もかも棄てる程の覚悟で持って、そのお方を深く愛したのでした。
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久保笑美子
『わたし なにもかもすてる あなたの愛のために!』
そうしたご経験が有りましたので、姫宮様の相手を思う『強いお気持ち』というのは『女』としては十分理解出来ました。
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『どんな犠牲も かえりみず どんなさだめにも 身をまかせて』
『どんなくるしみも いとわない』
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『愛は 幻想と歓喜に みちみちた 狂気なのか!』
しかし姫宮様のそのお相手に対して、深く一途な愛を持ち続けながらも、その相手は、ご結婚が拗れている最大の原因である、自身の家族に起きた問題等を、解決して『誠意』を持って応えると言う姿勢、又は行動は、出てはいませんでした。この問題が表沙汰になって、から、妃殿下はずっと・・・・・・
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(この人は娘を愛してはいない、この人の見ているものは・・・・・)
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歌川国芳 『猫のすずみ』
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(見ているものは・・・・・)
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母宮として、一の姫宮様を大切に、いとおしく思えば思うほど、それは確信となったのでした。
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そういう訳でしたので、妃殿下はその事に対しては最後まで一歩も、一の姫宮様のご結婚というより、そのお相手はお認めにはなりませんでした。勿論それは現在も同じですが。
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妃殿下のお目にはどうしても、そのお相手が、男としての責任感、相手を思う『心』というのが、伝わって来なかったのです。
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結城司
『おまえの 生涯を 考えてのことだ!』
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『愛している からこそ 抱けない おまえの生涯を 考えてのことだ! 生涯を・・・・・!』
『ああ この人は やさしい! 女の生涯を 考えることも 男のやさしさ なのか!』
『このやさしさが この人の 愛の姿勢なのか!』
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高畠華宵 『梅のかおる頃』
例え勉学が出来ても、結婚し、その人のと一緒に暮らすとなればその人の『人間性』というものが、学歴以上に重要なのです。妃殿下は、その事を、一の姫宮様に幾度も伝えましたが、しかし惜しむらくは、その事を姫宮様が幼いうちに、もっと早くから、キチンと言われなかったのが悔やまれてならないのでした。
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紺谷光俊(こんたに・こうしゅん) 『知恵詣の図』
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皇嗣両殿下はいつもご食堂ではなく、和室にて朝のおばん(朝ご飯・御所言葉)、朝食を召し上がっておられました。妃殿下は上皇后様がいらっしゃるうちはと、ご遠慮されて、お側に付き添われるおつもりでいらっしゃいましたが、皇嗣殿下からは、
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「今日は一日中、立ち続けるというのに、朝食を食べなくって、どうするんだ、途中で倒れもしたら、そこにおられる、おたーさんの二の舞だぞ。洒落にならないだろう」
と、仰り又俗にいう、姑、義理の母宮様の目の前で、さらりと背の宮様への思いを口に出された皇嗣妃殿下に対して、母宮として安心する想いと、しかしやはり腹立たしい思いをされていらっしゃる上皇后陛下からは、
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「まぁ君ちゃん、わたくしに遠慮なんてしなくてもいいのですよ。今日は皇嗣さんのお誕生日。お目出度い日なのですから、一日とても忙しいでしょう・・・・・。朝から、ちゃんと力をお付けにならなければ、なりませんよ。わたくしに、遠慮なくお召し上がり遊ばせ」
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と、慈愛溢れる『美しき姑愛』を発揮されて、いらしたのでした。しかし妃殿下は長年、上皇后陛下のお側にいらっしゃる経験上から
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(わたくしが無理にお側にいては、ご機嫌がますます、お悪くならしゃれるでしょう・・・・・)
そう思われました。そして院の女一の宮様に
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「宮様、申し訳有りませんが、上皇后様のお心遣いに、甘えさせて頂きます」
と、仰られました。院の女一の宮様は、
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「君様、わたくしがお側におりますから、大丈夫で御座いますわ。お支度もされるのですから、さっ・・・・お早く、皇嗣様の所へ」
妃殿下は院の女一の宮様の言葉を聞かれると、上皇后様に「少しお側を外させて頂きます」と言われました。そして、皇嗣殿下のいらっしゃる、和室に行かれまして、お互いに向き合うようにされて朝食をやっとお召し上がりになられました。
『やれやれ』という思いで、侍女の松波(しょうは)と共に、両殿下のお食事を、御膳所から持ってきた、老女の花吹雪は小声で
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「一体いつまでも、御滞在遊ばされるのでしょうね・・・・」
誰に言うわけでもなく言いまして、妃殿下のお食事を持ってきた侍女の松波(しょうは)の顔を見たのでした。松波は花吹雪の視線を反らして、丸盆の上に置かれた器に美しく盛り付けされた、しかし一般人と変わらない、朝食を手際よく並べたのでした。
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松波は、皇嗣家に仕える前は、関西では名の通った由緒ある料亭に長年勤めていましたので、立ち居振舞いから、料理の盛り付けなど、とても見事なものでした。皇嗣家にとっても得難い人物なのです。
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「ほう、今日も綺麗な盛り付けだな、何でもない食事でも、松波さんが盛り付けをすると、偉く高い料理に思えるよ」
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「今日は、皇嗣様のお誕生日であらしゃいますから、いつも以上に美しい盛り付けですね。ありがとう。松波さん」
両殿下がそれぞれ、お誉めのお言葉を言いますと、松波は、頭を下げて、
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「恐れ入ります。もったいお言葉でございます」
と、言いまして膝行しながら、廊下口まで行き、襖を静かに閉じたのでした。
花吹雪は、両殿下がお食事をされている姿を上皇后陛下が、ご覧になられるのは、皇嗣妃殿下が、落ち着いてお食事を召し上がられないのではないかと、思い、お居間と和室の境に几帳でもして、ソファーに横になりながらも、お隣にいらっしゃる、皇嗣両殿下に視線を送る、上皇后様から、事に妃殿下を隠したいと、女一の宮様と共にお側に付き添っている、唐糸の側まで、行きまして、
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「唐糸さん、上皇后様も、両殿下がお食事を召されていらっしゃる、お姿をご覧になられるのは、お気を悪く、ならしゃれて遊ばされるでしょう。几帳をお立てしたいので、手伝ってもらえますか」
唐糸は、花吹雪からそう言われて、全く迂闊だったと、思い
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「本当に、花吹雪さん、良くお気付きになられました。上皇后様、申し訳ありませんでした。お許し遊ばせ」
憮然とした表情の上皇后様に唐糸は、そう申し上げますと、頭を下げて、直ぐに花吹雪と共に和室にある4尺の几帳を二人で持って、お居間と和室の境に几帳を立てて、上皇后様が食事を召し上がれる両殿下のお姿をご覧になられないようにしたのでした。
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二人が几帳を立てて、帳(とばり)や野筋と呼ばれる二本の長い紐を整えてしている時、上皇后様は笑みを浮かべながら、
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「花吹雪さんも、唐糸さんもそんなに気を遣わずとも良いのですよ。わたくし達は、親子なのですから。わたくしは、ちっとも気にしませんし、皇嗣さん方も同じでしょう。何の遠慮もないのですから。そんな隔たりは必要もないのですよ。ねえ、みーや、貴方もそう思うでしょう」
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「恐れながら、上皇后陛下の目の前で、ご飯を頂くのは、恐れ多いことですから、どうかお許しを」
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二人の行動からそうとお察しになられていた皇嗣殿下は几帳越しから、にこやかに、言われました。皇嗣殿下のお声を聞かれた上皇后様は、
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「まぁ、みーやは、そんなご冗談を仰って・・・ホホホホホ・・・」
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「ハハハハ・・・・」
上皇后様も皇嗣様も可笑しそうにお笑いになられました
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「・・・・・・・」
お二方様の和やかな遣り取りを妃殿下は黙って、お聞きになられていました。
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「こちらは、良くお気が回る、人達が多いこと。さすが『ご難場』と言われる、だけのことはあるわね。主(あるじ)が何も言わなくとも、仕える人がちゃんと分かって、心得て行動しているものね。ねぇ姫ちゃん」
女一の宮様は全くしょうがないという表情で、
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「おたーさん、又そんなことを仰られて・・・・」
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「あら、わたくしは誉めているのよ。こちらの人達は、君ちゃんがとても厳しく、目を光らせて、指導しているから、万事良く気がつくけども、御所の人達は何を考えているのかしらね。勿論その筆頭は皇后さんだけど」
几帳という隔たりが出来てしまったので、上皇后様は院の女一の宮様を相手に、『お利口な君ちゃん』以上に腹が立つ御相手で、いらっしゃる『出来損ないの皇后さん』の事を言い出しました。
女一の宮様はそのまま皇后様の悪口でもいい続けるのかと思われたのでしたが、しかし上皇后陛下は
「テレビでも観ようかしら?まぁどうせ・・・・・」
そう仰られました。上皇后様がこちらにおいでになられてからはテレビは消していたのでした。女一の宮様はテレビを付けられました。今日の話題は、やはり皇嗣殿下の『ご発言』でした。
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「みーやの発言と言うのに、いちいち皇后さんが話題に出てくるわね。大した事をなさっていない、皇后さんと言うのに、あんなに国民から愛されているのかしら。最近のテレビは分からないわ。本当に」
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「それはね・・・・・」
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「わたしの・・・・・・」
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「仁徳(じんとく)の成せる技なのよ!アーーハハハハハハ・・・・・・」by皇后陛下
国民も薄々そう思っているのですが・・・・「本当に、なんとも摩訶不思議事だわ」と、上皇后陛下がそう言われているのを、皇嗣両殿下は几帳越しでお聞きになられているのでした。
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上皇后様は、テレビ画面から映し出される、皇后様のお姿を、ご覧になられながら、
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「はぁ・・・・・長生きはしたくはないものね・・・・全くね。ねえ、姫ちゃん、あなた、この前、皇后さんからお長服(ローブ・モンタント)を下賜されたでしょう」
「はい、皇后様から『日頃なにかとお世話になっているから』とそう仰って、紋織のお長服をご下賜されましたわ」
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「あなた、あの!お長服、皇后さんが長年着抜いて、シワシワになったあのお長服でしょう。よくもよくもあんなものを、内親王たる、姫ちゃんにくれたものよね!姫ちゃんだって覚えているでしょう、オランダの国王陛下の御即位式の時に、皇后さんがお召しになった時、お腹にお皺が出来ていたのを!普通はあんな皺は出来ないのよ。どういう衣装管理をしているのかと、呆れて物も言えなかったのを、今でも、アリアリと覚えていますよ。よーーくね」
上皇后様のお言葉を、女一の宮様は呆れてお聞きになられて、
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「おたーさん、でもあの皺は単に歩かれる時に、自然とお出来に成られたのでは、ないでしょうか?随分、お拾い(お歩きの事・御所言葉)にならしゃって遊ばされたから。それに・・・・あのお長服は、私達の結婚式の時にお召しにならしゃれてお出ましになられた、私も思入れもあるお長服ですし、それを御下賜された時、素直にとても嬉しかったのですよ」
「姫ちゃんの、そういう優しい所に、漬け込まれたのですよ」
「まぁ、そうかしら?私が小さい帽子が好きなのを知っていらして、帽子も小さくされたうえに御下賜されたのです。御気丈さんな方であらしゃいますけど、良くお気を付かれる、お方様であらしゃいますよ」
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「それくらい当たり前でしょう。皇后さんと姫ちゃんでは『頭の大きさが違う』のですから」
内親王に複位されてから、院の女一の宮様は文章を書くのが、御上手ではいらっしゃらない両陛下の御言葉の原稿の手直し、アドバイス等の為に、良く御所にご参内されて、両陛下の善き助言者となられていらっしゃいました。
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それ故に、両陛下の御心の内は良くお分かりです。両陛下は唯一の御子でいらっしゃる、女一の宮殿下を大層な御愛情を注がれていらっしゃいますが、しかし決して、女一の宮殿下を次の天皇とは、お考えに成られては、いらっしゃいません。
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理由はいろいろとありますが、女一の宮殿下が心身共に御弱くいらっしゃるのが大きな理由なのです。
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池田蕉園 『灯ともし頃』
勿論、神武天皇以来の男系の御血筋を・・・・・事に、お上は、重く御考えでいらっしゃり、女一の宮殿下は、天皇にお成りになられるのは、不自然な事では、有りませんが、しかし問題は、次の世代・・・・・・女一の宮様のご夫君次第では、初代の天皇とは繋がらない天皇が皇位を継がれる事態になってしまうのです。
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小早川清 『人形遣い』
お上は、歴史に関しては、大変、博識の高いお方であられますので、当然、その事は良く御理解でいらっしゃいます。御自身の孫の代で、その『繋がらない』天皇が、その天皇が、大きな苦悩を抱え混んで、しまう事態は、何としても避けたいと、お考えでいらっしゃいます。ましてその天皇の御母宮でいらっしゃる、天皇となられた、女一の宮様も当然、同じくらいの、苦悩を抱え込んでしまうのは、目に見えて分かっておいででした。
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畏れ多きことながら、御自分達が亡き後、女一の宮様が皇室の長きに渡る『歴史』の重すぎる重圧に苦しめられるのではと御父宮として深く案じていらっしゃいました。
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そして、何より若宮殿下の存在が大きく、正統な後継者でいらっしゃる若宮様、そして間違いなく、神武天皇と繋がられる若宮様のお子様方、その正統なお血筋の方々の視線をずっと感じるのですから、その苦悩とプレーシャーは孫の代まで続くのです。
お上は、そのような未来は望まれては、いらっしまいません。大切な女一の宮様が、穏やかにしかし、お上と、皇后様の唯一の御子として、きちんとした御処遇で、遇されるのを一番に望まれていらしたのでした。
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その事は、お妹宮の院の女一の宮様にお話になられましたし、院も上皇后様も皇嗣両殿下も、ご存知でした。
しかし上皇后陛下には、それが何とも理解出来ない事で、それは世界の(王室)流れに逆らい、国民の皇室の『受け』も悪くなり、ご自分がこの半世紀以上に渡って、もたらした『皇室の安定』を崩しかねない事態になるという、不安感、そして後世に名を残す『ご自分の名に』に傷が付くのを、何よりも恐れておられました。
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「もし、皇室の時代遅れの伝統に、従って若宮を『雲の上』に上がられる事態になれば、わたくしはきっと後世の人達から『晩節を汚した』と言われてしまうわ。そうなれば、皇室の権威に傷がつくのよ。わたくしと皇室は一心同体ですもの」
女一の宮殿下の処遇を院よりお聞きになられた、上皇后陛下は、ご長女でいらっしゃる、女一の宮様をお呼びになられて、泣きながら、こう仰いました。
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徳岡神泉 『狂女』
「そんなバカな事態には、させないわ。まだ間に合うもの。多くの国民は、わたくしと同じ考えよ。国民が望む人、つまり御所の女一の宮さんが天皇に相応しいのよ。そうする事でこの国は、大きく変わるのよ」
その様に、御母宮様が仰られた時、女一の宮様はゾッとした思いでした。このお考えは、代々、世襲で皇位を継がれる皇室では、危険きわまりないお考えでしたのです。
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上皇后陛下の常軌を逸したお考えは、女一の宮様から皇嗣両殿下へ、そして、皇嗣様から、御所のお上、そして院にもお伝えになられました。
院におかれては、若宮のお立場をよりハッキリと、確かなものにしなければと、老骨に鞭を打つ様に、院の御所・・・・・仙頭御所へ皇室の歴史に詳しい学者をお呼びになられたり、ご自身でも、過去の先例をお調べになられていました。
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高畠華宵 『輝く希望』
それと同時に『上皇后』の敬称を過去の通りに『皇太后』の敬称になさるべきとお考えになられて、御所のお上にもその事を、伝えられました。
恐れながら、お上も『上皇后』では、あたかも皇后の上が上皇后だと、国民の多くはきっと誤解しているだろうと、深く御叡慮遊ばされておられました。そして、御寵愛深き皇后様も、きっとその事をお気にされて、それが心身の負担になり、体調が思うように戻らないのではと、お考え遊ばされおられましたので、院のご提案を最もな事だと思われて、
「上皇后のお名は、いつの間に出来上がったものですし、過去に例が有りません。天皇の母は『皇太后』というのが、正しい敬称です。おたー様がそんな変な『上皇后』で通されたら、後々悪く言われるでしょう。それはおたー様もきっとご不本意でしょう。やはり正しい敬称をお使えになられるのが、理にかなっておりますし、後世の為にも悪き例を残すべきでは、有りません」
・・・・・・そう仰せになられたという事で、政府に対しても、その思し召しをお伝えになられたという事です。その敬称は割りと簡単に変更が可能との事で、近々、『上皇后』から『皇太后』へと本来の正しい敬称へお名を変えるという、ご発表が、宮内庁から伝えられるでしょう。そして何よりも重要な、若宮殿下の将来を国民でも分かりやすい磐石なお立場になられる事も発表される事という事です。大変結構な事です。
其の27に続きます
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栗原玉葉 『秋草美人図』