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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 其の十四 ~御所人形の家~


菊池契月 《麗人》

(ようやくこの窮屈な立場から、解放される)


そう思う度に、白菊の姫宮は笑みを浮かべずにはいられませんでした。

あぁ自分は何と、一般的な国民と比べると、皇族と言う窮屈で自由の無い、立場で生きてきたのかと、我ながら何と哀れな人間で有ると、怨みにさえ思っておりました。

梶芽衣子 《怨み節》


《怨み節》

『花よ綺麗と おだてられ
咲いてみせれば すぐ散らされる
馬鹿なバカな 馬鹿な女の怨み節

運命哀しと あきらめて
泣きをみせれば また泣かされる
女おんな 女なみだの怨み節

憎い口惜しい 許せない
消せずに消えない 忘れない
尽きぬつきぬ 尽きぬ女の怨み節

夢よ未練と嗤われて
覚めてみせます まだ覚めきれぬ
女おんな 女ごころの怨み節

真赤なバラにゃ トゲがある
刺したかないが 刺さずにゃおかぬ
燃えるもえる 燃える女の怨み節

死んで花実が 咲くじゃなく
怨み一筋 生きて行く
女おんな 女いのちの怨み節』


甲斐荘楠音 《女之像》

・・・・ですので、その立場からやっと解放され、身軽になれると、その解放感に満ち満ちておりました。


高畠華宵 《薔薇の便り》

朝からご両親の皇嗣両殿下が、苦悩を顔に現しているのは、勿論、知っておりました。取り分け、母宮は自身の気持ちを必死に押さえ、それで悲しげに、姫宮を見つめているのも分かっていました。


甲斐荘楠音 《婦人》

清香妃殿下は自分が世間で言われているような性悪女で自己中心的であったならどれ程、自分も皇室も救われていたかと、幾度も頭に過っていました。


(『夜の女王アリア』のような母と同じ事を白菊にも言えたら・・・・)

自分は欲張りな女である事は客観的に見て、間違い無い事実だとは自覚していました。しかしあれだけ、世間知らずな娘が、その世間に対して、闘う姿を見ていると、その娘を痛め付けても、結婚を止める事は出来ませんでした。


甲斐荘楠音 《林檎を剥く人》

でも娘の今日の姿を見つめていると、どうにも心の奥底では、どす黒いものが、燃えたぎっているのも、感じていました。その現実がとても悲しく辛いのです。


《夜の女王アリア》

『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え
死と絶望が私の周りで燃えあがる!

ザラストロに死の苦しみを与えなければ
お前はもはや私の娘ではない

永遠に勘当し
永遠に見捨て
永遠に粉砕する
全ての生まれつきの絆を

もしお前によって
ザラストロが青ざめないなら!
聞け 復讐の神よ
母の誓いを聞け!』


甲斐荘楠音 《悪女菩薩》

しかしもう・・・・母宮がどう思うと、白菊の姫宮は外の自由の世界に歩き出していました。愛する人も共に一緒です。


高畠華宵 《若き日は踊らん》

もう誰にも姫宮の歩みを、止める権利は無いのです。

父宮の皇嗣殿下は様々な思いはあっても、別れの挨拶として

「長い間、内親王の務めを立派に良く果たしてくれました。有り難う。例え皇族の立場を、離れる事になっても、いわゆる私達は、家族の一員である事には変わらないのだから、困った事があったらこちらにも相談して欲しい」


復元・源氏物語絵巻 《鈴虫 二》

「白菊、互いに助けあって、体だけは気を付けて欲しい」

母宮の皇嗣妃殿下はただ

「おめでとうございます。今日一日、万事おするする(無事に・御所言葉)と進むよう皇嗣殿下共に願っております」


上村松園 《小町の図》


と仰いますと直ぐにお背の高い、皇嗣殿下の後ろに隠れるように後ろに下がられてしまいました。両殿下のお言葉に対して、落ち着いたお声で

「30年の長きに渡り、慈しんでお育て頂き有り難う御座いました。恐れながら、(皇族を)下がりましても、佐義宮皇嗣家が千代に八千代にお栄えにならしゃりますよう、心から願っております」


菊池契月 《朱唇》

白菊の姫宮は、そのように返答されました。その後は、自分でこれをと、選んだピンクのローブモンタント。それはお長服と御所風に呼ばれておりますが、裾長いお長服の足元も軽々と、慣れきった風に進んで行きました。


山川秀峰 《時雨降る日》

邸宅の幾つかのドアを通る時、まるで『人形の家』のノラのよう気分でした。あのドアの向こうには自分を外の自由な世界へと誘(いざな)ってくれる根無葛氏が待ってくれているのです。


結婚には姫宮の強い思いと、意思があったとは故、根無氏の姫宮への“愛”がなければ、ここまでこれなかったでしょう。根無氏には心から感謝し、

(この人の愛は決して失うまい)

と改めて強く思うのです。もし失ってしまったら・・・・そう思いたくありません。

弘田三枝子 《人形の家》

《人形の家》

『顔も見たくない程
あなたに嫌われなんて
とても信じられない
愛が消えた今も
ほこりにまみれた人形みたい
愛されて 捨てられて
忘れた 部屋のかたすみ
私はあなたに 命をあずけた

あれ はかりそめの恋
心のたわむれだなんて
なぜか思いたくない
胸がいたみ過ぎて
ほこりにまみれた人形みたい
待ちわびて 待ちわびて
泣き濡れる 部屋のかたすみ
私はあなたに命をあずけた
私はあなたに命をあずけた』

(葛の愛を信じて、その為に、利用出来るものは何でも利用して、自立した人間にならないと。その為に持参金は辞退したのだから)

姫宮は元皇族としての立場を利用する、その事に対しては、何の躊躇もしておりませんでした。当然の権利だと思っていたのです。

(私は、上手くやってゆける)


板倉星光 《鏡獅子》

奥の職員達は邸宅内で見送りするのですが、その時、姫宮は

「皆さん、これまで長くお世話になりました。今回の私共の結婚で、不本意ながらもご迷惑をお掛けしてしまいました。そのなかでも、良く支えて下さった事、心よりお礼を申します。・・・・ありがとう御座いました」


高畠華宵 《新装》

深々と頭を下げた姫宮ですが、長年仕えた職員達にはやはり万感思うものがあるのでした。

玄関を出る時、撫子の姫宮が

「ヘリの音がうるさいわね、お姉様をずっと追い掛けるつもりなんじゃないかしらね」


池田蕉園 《蝶の横笛》

「そうね・・・・どこまでも追い掛け続けるでしょうね。きっと地の果てまでもね・・・・」

それまで黙っていた、清香妃殿下がそう仰いました。

「おたた様ったら」


撫子の姫宮は母宮が、この結婚には反対の立場でいらしたので、最後の最後に、何を言い出すのか、思わず身震いしました。

しかし、妃殿下の側におられた、皇嗣殿下は、聡明な妻は、この時になっても決して取り乱した事はするまいと分かっておりましたので、落ち着いて妃殿下を、見つめていらっしゃいました。


妃殿下は皇嗣殿下の方を振り向き、

「よろしゅうございますか」

と言われました。皇嗣殿下は「あぁ良いよ」と返答されました。

「外だと、騒がしいし、あなたも早く行きたいだろうから、ここで言いますね白菊。結婚した後でも、きっと様々な事があるでしょう。白菊、良く覚えていてね。結婚した後の方がする前よりも涙を流す事が、はるかに多いものなのよ。その時、“あの方”の態度が、あなた達の結婚生活を、決めるのですよ」


鏑木清方 《秋の雲》

静かながら、じっと白菊の姫宮の目を見つめて、そう仰いました。妃殿下は・・・・(あなたの結婚が幸福であることを願っていますね)と仰りたかったのですが、その言葉はどうしても言えませんでした。


松本華羊 《伴天連お春》

ご自分でも頑固な事だと分かっておりましたが・・・・。娘の今後の行く末を思うと、どうしても不安な思いが大きく、やるせない気持ちでおりました。


そんな妃殿下の言葉を、神妙な顔付きで聞いていらっしゃる姫宮は何処まで耳に届いているか分かりません。

「君様(妃殿下・御所言葉)のお言葉、決して忘れません」

幸福感で満ちていらっしゃる白菊の姫宮は、そう言いますと、颯爽と外へと出てゆかれました。


高畠華宵 《紅薔薇黄薔薇》

表へと出ると、矢張騒がしく、一応お互いに挨拶の言葉を交わしても、良く聞き取れませんでしたが、ご姉妹方はお互いに強い姉妹愛を見せました。


高畠華宵 《海辺の少女》

しかし、様々感情が乱れ、目を真っ赤になられても、それでも、涙を堪えるのが背一杯の、妃殿下は皇嗣殿下の後ろに隠れてしまわれました。


鏑木清方 《黒法師》

これが娘の旅立ちとは思えず、終わりでも無く、“始まり”であろう事は、両殿下始め、見送りに出た多くの人は分かっていました。


鏑木清方 《姉の仇》

底の見えない海に沈む思いで、出発する姫宮を、皆各々の思いで見つめておりました。

中森明菜 《難破船》


須藤しげる 講談社・絵本《安寿姫と厨子王丸》



《難破船》

『たかが恋なんて 忘れればいい
泣きたいだけ 泣いたら
目の前に 違う愛が
見えてくるかも知れないと
そんな強がりを 言ってみせるのは
あなたを忘れるため
寂しすぎて こわれそうなの
私は愛の難破船

折れた翼 広げたまま
あなたの上に落ちてゆきたい
海の底へ 沈んだなら
泣きたいだけ 抱いて欲しい

ほかの誰かを 愛したのなら
追いかけては 行けない
みじめな恋つづけるより
別れの苦しさ 選ぶわ
そんなひとことで ふりむきもせず
別れたあの朝には
この寂しさ 知りもしない
私は愛の難破船

おろかだよと笑われても
あなたを追いかけて 抱きしめたい
つむじ風に 身をまかせて
あなたを海に 沈めたい

あなたに逢えない この街を
今夜一人歩いた
誰もかれも知らんぷりで
無口のまま 通りすぎる
たかが恋人を無くしただけで
何もかも消えたわ
ひとりぼっち 誰もいない
私は愛の難破船』


鏑木清方 《濱邊(はまべ)》

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