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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 其の十七 ~嬉しいお姉さまの帰宅~


高畠華宵 《暴風雨の薔薇》

日本公使館の尽力で密かに白菊夫人は日本に帰国しました。しかし、実家の皇嗣家には自身が飛行機に乗るまでは絶対に言わないで欲しいと強く頼み込んでの帰国でした。その為秘密を守る公使館の職員の心労も並みの事ではなかったでしょう。

『映画・すずめの戸締り』

草太
「御返し申す!」


すずめ
「お返しします」

帰国に関わる職員達には、本当に申し訳ない気持ちで、いっぱいでしたが、兎も角日本に帰国したかった、夫人でしたので、何度も頭を下げて、無理を承知で実現させて貰ったのでした。

お返しされた白菊夫人

蕗谷虹児 《青葉の頃》

・・・・夫人から突然帰国するという連絡を受けた皇嗣家は驚きながらも仕人の松枝を車で寄越すから、休憩室で待っているようにとの指示を受けました。

(松枝さんが・・・・)

白菊夫人は松枝のあの顔を思い浮かべました。松枝の仕人は母宮・清香妃殿下が、出来の悪い弟のように、可愛がり、それ以上に厳しくご指導している人物でした。

若い頃からイロイロと失敗をやらかしましたが、根は優しく、裏表のない人物でした。幼い頃から仕えていた夫人が、このような病にかかった事を酷く心配していると、妹宮からもLINEで伝えられたりもしました。

私的に雇っている松枝ですが、皇嗣家の方々に対する忠誠心と言うべきでしょうか、それは確かに持っていました。

その松枝の仕人を寄越すという行為・・・・白菊夫人にはそれが夫人への家族としての思いを体現しているように思えました。


高畠華宵・挿絵《暴風雨の薔薇》

『放蕩息子の帰宅』の如く、ボロボロになりながらの帰宅となります。今更詫びを言っても、もうどうにもならないことは、夫人も分かっていました。


高畠華宵 《香櫨の夢》


自分はこれから大嵐を巻き起こすのだと、そう思いながらも、そんな自身を守り頼れるのは捨てた筈の実家しかありません。

・・・・それが現実でした。


加藤まさを

その後、休憩室で、もしや身元がバレるのだろうか、付き添ってきた、職員共々、緊張と不安に駆られていました。それより、あのうっかりものの松枝が放送で夫人を呼び出すのではないかと、思ったり病のせいで、頭がイロイロと働いてしまい、夫人はそれらを考えただけで、疲労感がましてきました。

しかしあれこれの心配をよそに、松枝からメールが来て、人知れずに、松枝の運転して来たワゴンに乗り込むことが出来ました。

アメリカから付き添ってくれた職員はそのままホテルに泊まると言うので、そのままお別れをしましたが、夫人は何度も礼を言いました。

根無氏と夫人が日本を出国する時、マスコミが大騒ぎでしたが、それから一年後の帰国は、絵に描いたような、ひっそりとした帰国です。

松枝は夫人の姿に驚きました。やつれているのは当然ですが、長い髪をバッサリとショートカットにしていたのです。本当にビックリ仰天して

「み、宮様・・・・お髪をこんなにバッサリと、はぁ~~~勿体無い。あんな綺麗なお髪を・・・・!バッサリ!」

悔しい顔で言いますので、夫人はその顔をじっと見て、あぁ、松枝さんのいる日本に帰って来たのだと可笑しな安心感を持ちました。

「違うわよ、カツラよカツラ。バレないように、一応変装してきたのよ」

と思わず笑いながらそう言いました。松枝の声を聞いて白菊夫人は重かった心が幾分心が身軽くなりました。


高畠華宵

以外に元気そうなそんな夫人の声を聞いて松枝はホッとしました。

「葛氏をカツラに隠して、帰国されなくって、いや~~良かったですよ」

などと、馬鹿が上に付く程にどうでも言いことを言いながら、夫人を車に乗せて、自身は夫人の荷物を後ろのトランクに運びいれました。それが終わると運転席に着きました。

夫人の座る席には掛け毛布がありました。夫人はそれを見てこれは、もしや母宮達の心遣いであろうかと、思いながらも、

「丁度いい膝掛けがあるわ、使ってもいい?」

夫人が尋ねますと、松枝は

「あぁどうぞどうぞ、お使い下さい」

と答えました。夫人は明るく

「松枝さん、安全運転で宜しくお願いします」

「え~~オレはいつでも、安全運転ですよ。ましてや宮様をお乗せするのですから」

と松枝はそう答えますと、夫人は

「最近、日本では煽り運転というのが、多いから、心配なのよ。ここまで来て、変なトラブルに巻き込まれたら、松枝さんに迷惑を掛けてしまうから」

「宮様は良くご存知ですね。でも大丈夫ですから安全して下さい。お疲れでしょうから御用地に着くまで、休んでいて下さい」

夫人は「ありがとう」と言いますと、毛布の膝掛けを掛けて席を下げて、じっと天井を見つめました。こんなにくだけた会話は久しぶりでした。


高畠華宵 《少女の友扉絵》

『菊の香の清々しさは、高貴なる感情 秋の日の彼女は
花びらを頬につけて、はるかなる 秋の香にしたてるのであった・・・・《少女の友》より』

夫・・・・葛氏とはそういう会話は、いつしか無くなっていました。悲しい、とても悲しい。あんなに好きで堪らなかった人とこのような事になる何て、夫への愛が全て失っていれば、こうも悲しく思う事はなかったでしょう。まだ愛が残っているうえに、夫人は苦しむのです。


加藤まさを

しかし例え苦しんでも、疲れはてていても夫人が選んだのは、“夫”ではなく“家族”でした。

こんな形とは故帰国した自分は時をえずに、世間にバレてしまうだろう。間違いないなく批判を受けるだろう。それは自身だけでなく、皇嗣家も受ける事だろうと思うと、父宮達に対して申し訳気持ちで一杯になります。でもこうなったうえは、自分は家族を巻き込んでも共に闘わなければならない。

白菊夫人はそう思い定めました。

・・・・松枝が運転するワゴン車は無事に赤坂御用地に着きました。警備の方には連絡がいっていたのでしょう、スルスルと車は御用地内に入って行きました。

すっかり秋化粧の御用地の木々を暗がりから眺めていた夫人ですが、籠から翔び出した鳥は結局は冬を越せずに又籠のなかに戻って来たのだと実感しました。

しかしその御用地という籠は自分達を閉じ込める所ではなくその身を守る場所であった事が、この結婚で身を持って知った夫人でした。

『越冬つばめ』

娘盛りを 無駄にするなと

時雨の宿で 背を向ける人

報われないと 知りつつ抱かれ

飛び立つ鳥を 見送る私

季節背いた 冬のつばめよ

吹雪に打たれりゃ寒かろうに

ヒュルリ ヒュルリララ

ついておいでよと 啼いてます

ヒュルリ ヒュルリララ

ききわけのない 女です


須藤しげる 《落葉の唄》

絵に描いたような 幸せなんて

爪のさきほども 望んでいません

からめた小指 互いにかめば

あなたの痛み 分けあえますか

燃えて燃えついて 冬のつばめよ

なきがらになるなら それもいい

ヒュルリ ヒュルリララ

忘れてしまえと 啼いてます

ヒュルリ ヒュルリララ

古い恋ですか 女です

ヒュルリ ヒュルリララ

ついておいでよと 啼いてます

ヒュルリ ヒュルリララ

ききわけのない女です


池田輝方 《お夏狂乱》


白菊夫人が到着したという知らせを、撫子の姫宮から聞いた、皇嗣妃殿下は金茶の縞お召しに紺の丸裄(くけ)に、桔梗色地に卍繋ぎの地文に源氏車と秋草を散らした幅の狭い附帯という、御所風の帯を締められた姿で内玄関へと向かいました。

~御所風の附帯~

・白麻地に藤・菖蒲・紅葉等縫入り藍染総文様の帷子
・濃色地錦織の附帯
・紫縮緬の丸裄(まるくけ)


妃殿下より先に、撫子の姫宮は花紫の総疋田絞りに、母宮と同じく、御所風の紅の丸裄に黄色地菱文の附帯を切り結びにして下げていらっしゃいました。肩には手編みの毛糸のショールを掛けて、外までお出でになっていました。


山川秀峰 《秋》

妃殿下は撫子の姫宮が掛けているその毛糸のショールをじっとご覧になられていました。

白菊夫人が産まれて初めて人前に出す時、同じ毛糸のおくるみで繰るんでおられた時の事や、ご自身はピンクの花柄の付下姿で、初めての我が子を宝物を抱くように大切に大切に慈しんでいた時の事等を、思い出さずには居られませんでした。


鏑木清方 口絵

妃殿下が夫人と同じ歳頃にはもう二人の内親王の母でありました。しかし次女の撫子の姫宮を身籠った時に、当時の東宮妃殿下がまだご懐妊の兆しがなく東宮妃を差し置いて遠慮がないなどと心無い事をマスコミ等を通じて、言われました。


鏑木清方 口絵

人、一人の命が授かったことを祝えない程厳しい世界なのかと、思えばあの頃から人生の荒波を受けていたのです。辛くても必死でした。


鏑木清方 口絵

『花のささやき』


私の胸の 片隅に咲いている

小さな花に 名前はないけど

悲しい時は 赤い花びら一枚

目がしらに あてるの

すると涙が 消えてゆく

私だって 泣こうと思ったら

声をあげて いつでも泣けるけど

胸の奥に この花あるかぎり

強く生きて みようと思う


栗原玉葉 《婦人》

明日はきっと 今日よりはいい日と

祈り込めて 星空を見ると

淋しくたって 一人ぼっちじゃないよと

ささやいて くれるの

胸に咲いている 赤い花

私だって 幸せ欲しいけど

ほかにもっと 大事なものがある

それが愛か 優しい心かは

生きてみれば わかると思う


悲しみや苦しみからくる涙を幾度も抑え、いつも明るい表情で宮殿下をお支えして、子供達を守り続けました。皇室は明るく決して、辛い所ではないと実証しなければならない・・・・妃殿下はそう考えていました。苦悩に満ちた所でどうして、将来のお妃が参るでしょう。

姫宮達には人前に出しても恥ずかしくない内親王殿下として育てなければと決心しました。心を鬼にして厳しく接した事もあったのも事実でした。その厳しさを一番に受けたのは長女の白菊の姫宮でした。

その反動が今回の一連の出来に繋がるとは夢にも思っていませんでした。皇嗣殿下は厳しく育てた分、せめて好きな人と家柄等も気にせず結婚させてやった方がいいとのお考えでした。

妃殿下はそれに対して、不安なお気持ちでおりましたが、皇嗣殿下の意見には従う方でしたので、姫宮方の恋愛に兎角あれこれ(度が過ぎなければ)口を挟まないようになさっておられました。

しかし娘が結婚相手と決めたのが、ああもぶっ飛んだ人物であったのは想定もしていませんでした。


鰭崎英朋 口絵

「お姉さま!」

ショートヘアに地味な服装。手荷物を持った夫人姿が見えた時、撫子の姫宮は声を掛けて近寄りました。


中村大三郎 《美人図》

その声はあたかも、留学から帰国したような感じに聞こえました。夫人の後ろには、旅行カバンを持つ松枝の仕人が付いて来ていました。

「お帰りなさいませ、お姉さま!良かったわ、誰にもバレなくて、本当に良かった」

撫子の姫宮はそう言うと、姉君である夫人を抱き締めました。夫人はただいまとは言えず、どう言ったら良いかと、戸惑ってしまいましていました。


加藤まさを 《友情》

清香妃殿下も外へ出て参りました。その表情はやや複雑で、じっと娘の姿を見つめていました。


高畠華宵 《月のかほり》

「松枝さん、本当にご苦労様でした。お姉さまをここまで良く無事に送り届けてくれて、ありがとうございました」

撫子の姫宮は、松枝の仕人に頭を下げて礼を言いましたので、松枝は

「嫌~~そんな~~当然ですよ、あっお荷物、なかへいれときますね」

「ありがとう。玄関の上がり口に置いといて、後は私がしとくから」

姫宮は明るく表情でしたが、妃殿下はまだ一言も声を掛けていません。松枝もそれは分かっていましたので、

「はい。・・・・君様(妃殿下・御所言葉)、ではお玄関の所にでも」

じっと立ち、娘の会話を見ている、妃殿下に松枝は何とも不安を感じて言葉を掛けました。長年の経験と妃殿下の喜怒哀楽を良く知る、松枝です。その後が怖いのですから、松枝は探るように、妃殿下を見つめました。

「松枝さんご苦労様。夜の事で、疲れたでしょう。今夜はゆっくり休んで、明日は、午後の出勤でいいから」

松枝の不安そうな視線には妃殿下も気が付いていましたので、ことさら優しいお声でそう仰いました。松枝はどうか、どうか、穏やかに事がすみますようにと祈りながら、玄関内へ荷物を入れてました。

ここからは、家族の問題だというのは、分かっていました。夫人の事が心配でも、仕えるものはここから立ち入れないのです。

「松枝さん、私の我が儘で余計な仕事をさせてしまって、ご免なさい」


高畠華宵 《落葉》

白菊夫人はようやく声を出して、松枝の仕人に改めて礼を言いました。

「宮様、大丈夫ですよ。ただ送り迎えをしただけですし」

そう言いうと松枝は自分の宿舎へ帰って行きました。

「自分の我が儘・・・・その自覚はあったのですね」

妃殿下は夫人に威厳に満ちた口調で言いました。

「お帰りなさい、白菊」

「おたた様・・・・黙ってこちらに戻ってしまい申し訳ありませんでした。お許し下さい」


高畠華宵


「わたくしは・・・・恥ずかしながら・・・・こちらに帰って参りました」


栗原玉葉《長閑》

本当に申し訳のない気持ちで、白菊夫人は深く頭を下げました。

「そう。それでこちらに戻ってどうしたいのですか」

娘の言葉を聞いても妃殿下は落ち着いた声で、娘に問ました。そしてその姿をじっと見つめていました。白菊夫人は涙を流しながら

「どうか守って下さいませ。お救い下さいませ、わたくしはこちらを頼むしか道はないのです」

「それは白菊一人?それとも根無氏も一緒なのですか?」


妃殿下のその問に対して、

「夫は関係ありません」

夫人は母宮の顔を真っ直ぐ見つめてそれだけはきっぱりと否定しました。

「そうですか・・・・では中にお入りなさい。疲れているだろうけど、皇嗣様がお待ちですよ」

そうおっしゃっると妃殿下は夫人を邸内ヘと誘いました。二人の遣り取りを黙って聞いていた撫子の姫宮はホッとした表情で姉宮の肩を支えながら一緒に邸内に入られました。


鏑木清方 《時雨の宿》

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