今日は、兄の命日で墓参してきた。平成8年鬼籍に入り
年月の経つのは早いものだが兄の喜怒哀楽の顔顔が
今現在のように俺の心に鮮明に永遠と生きている。
あの頃の当時を思い出すといろんな人間が来ていたが
他界を皮切りに蜘蛛の子が散ったように離れて今でも親交が
あるのはわずかになった。 去る者は追わず主義だが恩義を
忘れた奴らは今頃、何処で何をしているんだろう。
特に会いたいのがカバン持ちの正垣と八塚に会いたい。
奴らは、義理も恩義も解かるやつなんだけどな。
山の如き重きは恩義である。 羽根の如き軽いのは人の一生である。
重き恩義を受けたたなら必ず返すのが人の道である。
目標を決めても動こうとせず、自分で乗り越えられない壁をまた一段と
高くして乗り越えられなくしているが人には、乗り越えられない壁が
あるのも事実だ。なら、頭を使う廻り道すればよい。
少しは働く知恵が有る我が朴念仁{ぼくねんじん}と書いて朴念仁?
これは、人名だな和尚さんの名前か?
脱線したけど知恵も意欲も無いならすべて人間社会が大地なら
遥か地下まで落ちたからこれ以上、いや、以下か落ちはしないから安心
かも。地下より歯を食いしばりなりふり構わず這い上がるしかない。