井の中の蛙、大海を知る!
日本語学校創設に向けて、日々朝から晩まで、いや「寝ても覚めても」全力を捧げている自分は、「井の中の蛙、大海を知らず」(=世間知らず)なのかどうか?
人生も70年を過ぎれば、いろんな世間を知りかつ経験もしてきましたが、基本的に私は未知の世界にあこがれる冒険家タイプの様ですね。
しかし、以前の体験が、新しい世界への冒険にとっての大きな礎になっていることは間違いありません。
その典型例が、70歳で始めた「そろばんや習字」講座を主体にした早期知能開発事業分野への取り組みで、27歳から始めて69歳までの実に43年間もの長期間にわたって経験してきた、文字通りに「険しい山あり谷あり」「浮き沈みの激しい」過激なジェットコースターに乗っかっているかのような学習塾業界で培ってきた運営ノウハウが、もろに役に立ちました。
お陰様で、「教室は集団形式だけれども、指導は徹底的に個別指導」という、京都の岡部先生(「新そろばん楽習塾」)が開発されてこられた新しいスタイルのそろばん講座や習字講座などが、いわゆる「落ちこぼれ」をなくすために、極めて有効な手法として機能するであろうことを、学習塾業界での集団クラス指導形態の全盛時代から、個別指導形態への大きなうねりにも似た変遷と移行の様子を体験してきていましたので、しっかりと予想できたのです。
この手法は、個別指導を目指すために、どうしても1教室内に複数又は多数の講師投入を必要としているため、教室運営の採算性は低くなりがちなのですが、幼児や学童の将来や彼らの気持ちを考えれば、どうしてもこの落ちこぼれをなくすという目標が絶対的に優先するべき運営目標であるように思われたのです。
そのことについては、思い返せば、私も数十年も前の小学低学年生の折に、母親が友人付き合いをしていた近所の主婦のそのご主人が経営しておられたそろばん塾に入会したのですが、数十名もの生徒が、狭い畳の間の一室内に正座して、ぎっしりと詰め込まれての教室だったため、前の方に座ったきりで指導しておられた先生の所作や技術は、後ろの方に座った新参者の私には身につくはずもなく、僅かな月数で母親に泣きついて退会した、子供心に忘れ得ない非常に厳しい、辛い体験がもとになっていて、このような教室形態・指導スタイルのそろばん塾は、決して開設したくはなかったのです。
もちろん、そろばんや習字などの早期知能開発事業分野に進出を決断した直接的な原因は、少子化進行による子供の数の減少という大きなインパクトのある社会的要因による本業である学習塾へのマイナスの影響を緩和させるためでしたが、そもそも40年以上も前に学習塾を創業した折、近所の小学低学年生を連れてきたその生徒の祖母が、「先生、この娘は、筆算式の計算中心の「公文」にはまってしまい、文章題が全然できなくなってしまっているんです。何とか文章題や図形問題も解けるようにしてやってくださいな。」という言葉から、そろばんを習っての計算上手なら、そういう弊害も生じないのかもしれないな…という着想・発想をしていたからです。
つまり、文字で書かれた単純な数字ばかりを追う公文式の筆算式計算に集中し過ぎると、多様な言葉や複雑な推理も必要な空間図形などが挿入された算数の文章題や図形問題の意味を読み取ることが、億劫になり、あるいは苦手となってそれらへのアレルギー症状が出るようになってしまい、計算はできるけれども文章題・図形問題などは苦手となって、算数全体の学習上に大きな傷を残してしまいかねないという恐れがあったのです。
その点、そろばん式計算の方では、何度も何度も珠をはじきますが、はじくその珠の数や位置・意味などは瞬間的に変化・流動して行き、全く固定化しないため、一般の文章や図形への認知や理解・記憶などへの障害もアレルギー症状なども全く起こさない有利さ、あるいは大きな利点があります。
数や文章・図形の認知や処理に関する筆算式計算法とそろばん式計算法との間での以上のような大きな違いに注目し、私は、計算力の向上と文章題・図形問題への理解力の向上とが互いに牽引し合うそろばん式計算法を、子供たちに習得させる事のすばらしさに数十年も前から気づいていたのです。
かくて、「集団だけれども徹底的に個別指導」というスタイルのそろばん塾:ACE Kids Academyは、3年半前の開講当初から世間の皆様の大歓迎を受け、開講後3年半足らずで、播州エリア内の20余りの教室で、しかも習字・英会話・ロボット科学教育講座なども加えつつ、総生徒数1,000名の大台を達成しました。
ところで、先述のように、集団指導形式から個別指導形式への流れは、学習塾業界でも、既に約30年も前から、矢張り京都在住の久保田先生が主導されて、そのユニークな学習指導スタイルと学力向上に向けての効果の大きさ故に、採用する塾が増えつつありました。
今日では、この個別式学習塾に通う生徒数は、各学習塾の生徒総数の半数近くにまでも膨れ上がっていますが、ここから更に学習効果を高めてゆくためには、次のような学習・指導形態が望ましいと考えられます。
即ち、生徒たちが、その友人たちと互いに顔を見合わせ、意識し合い、同じクラス内でより優秀な成果を挙げているクラスメートに追いつき追い越せという気合で「刺激し合い、競い合い」つつ、より効率的な学習に向けて、その手法を高め改善して行くことを可能にしやすい「小集団」形式の学習道場としての役割を、今後の学習塾が果たしてゆくことです。
ここで、あえて「道場」というのは、次のような理由だからです。
即ち、数百年も前の昔なら、大勢の若者たちが、奥深い山中などにこもって武術の練習や心身の強化などに、日々倦まず弛まずに励んでいたでしょうが、今日では、それが都会にある設備の整った教室に、若者たちが三々五々集まり、情報や技術・文化・芸術などの知識や技能の習得のために多くの時間を費やすという生活内容に変化してきています。
しかも、そういった知識や技能を、より短時間で効率的に、しかも高いレベルで習得する必要性が極めて高いことが広く認識されています。
少子化が進行している我が国では、「少数精鋭化」の方向性が不可欠であり、これを実現する有力な手法が開発されなければ、我が国の世界での存続が許されなくなる恐れが出てきています。
そういった意味で、国同士の間での国際競争上からも、より真剣でかつ効果的な学習が行われなければならないのですから、単に個別式指導か集団式指導かという学習指導形態上の分類から一歩進んで、両者のメリットやデメリットを考慮した上で、「少人数で競い合う」集団指導方式の採用を推薦します。
その少人数とは何名なのかというクラス・サイズの基準が問題となるでしょうが、10人前後かと考えます。
そして、このサイズでの集団授業で、生徒同士の競争や協力を助長しながら、日々の真剣な錬磨を通して、学力・学問への道を求め極めて行く理想を追求するため、これをもって敢えて「学習道場」形態と名付けます。
かくて、今後開講・開校が続く日本人対象の日本語教師養成講座や留学生向けの日本語学校での教育指導法も又、上記のような「道場」を究極の理想形態としつつ、その実現に向けて努力するつもりです。
ここにおいて、「井の中の蛙」は、正に留学生向けで国際的な広がりを持つ教育の場に臨み、「大海を知る」ということになります。
皆様の今後のご理解とご支援とを何卒宜しくお願い致します。
平成30年7月30日 月曜日
岡村ゼミナール・営業本部長:岡村寛三郎
日本語学校創設に向けて、日々朝から晩まで、いや「寝ても覚めても」全力を捧げている自分は、「井の中の蛙、大海を知らず」(=世間知らず)なのかどうか?
人生も70年を過ぎれば、いろんな世間を知りかつ経験もしてきましたが、基本的に私は未知の世界にあこがれる冒険家タイプの様ですね。
しかし、以前の体験が、新しい世界への冒険にとっての大きな礎になっていることは間違いありません。
その典型例が、70歳で始めた「そろばんや習字」講座を主体にした早期知能開発事業分野への取り組みで、27歳から始めて69歳までの実に43年間もの長期間にわたって経験してきた、文字通りに「険しい山あり谷あり」「浮き沈みの激しい」過激なジェットコースターに乗っかっているかのような学習塾業界で培ってきた運営ノウハウが、もろに役に立ちました。
お陰様で、「教室は集団形式だけれども、指導は徹底的に個別指導」という、京都の岡部先生(「新そろばん楽習塾」)が開発されてこられた新しいスタイルのそろばん講座や習字講座などが、いわゆる「落ちこぼれ」をなくすために、極めて有効な手法として機能するであろうことを、学習塾業界での集団クラス指導形態の全盛時代から、個別指導形態への大きなうねりにも似た変遷と移行の様子を体験してきていましたので、しっかりと予想できたのです。
この手法は、個別指導を目指すために、どうしても1教室内に複数又は多数の講師投入を必要としているため、教室運営の採算性は低くなりがちなのですが、幼児や学童の将来や彼らの気持ちを考えれば、どうしてもこの落ちこぼれをなくすという目標が絶対的に優先するべき運営目標であるように思われたのです。
そのことについては、思い返せば、私も数十年も前の小学低学年生の折に、母親が友人付き合いをしていた近所の主婦のそのご主人が経営しておられたそろばん塾に入会したのですが、数十名もの生徒が、狭い畳の間の一室内に正座して、ぎっしりと詰め込まれての教室だったため、前の方に座ったきりで指導しておられた先生の所作や技術は、後ろの方に座った新参者の私には身につくはずもなく、僅かな月数で母親に泣きついて退会した、子供心に忘れ得ない非常に厳しい、辛い体験がもとになっていて、このような教室形態・指導スタイルのそろばん塾は、決して開設したくはなかったのです。
もちろん、そろばんや習字などの早期知能開発事業分野に進出を決断した直接的な原因は、少子化進行による子供の数の減少という大きなインパクトのある社会的要因による本業である学習塾へのマイナスの影響を緩和させるためでしたが、そもそも40年以上も前に学習塾を創業した折、近所の小学低学年生を連れてきたその生徒の祖母が、「先生、この娘は、筆算式の計算中心の「公文」にはまってしまい、文章題が全然できなくなってしまっているんです。何とか文章題や図形問題も解けるようにしてやってくださいな。」という言葉から、そろばんを習っての計算上手なら、そういう弊害も生じないのかもしれないな…という着想・発想をしていたからです。
つまり、文字で書かれた単純な数字ばかりを追う公文式の筆算式計算に集中し過ぎると、多様な言葉や複雑な推理も必要な空間図形などが挿入された算数の文章題や図形問題の意味を読み取ることが、億劫になり、あるいは苦手となってそれらへのアレルギー症状が出るようになってしまい、計算はできるけれども文章題・図形問題などは苦手となって、算数全体の学習上に大きな傷を残してしまいかねないという恐れがあったのです。
その点、そろばん式計算の方では、何度も何度も珠をはじきますが、はじくその珠の数や位置・意味などは瞬間的に変化・流動して行き、全く固定化しないため、一般の文章や図形への認知や理解・記憶などへの障害もアレルギー症状なども全く起こさない有利さ、あるいは大きな利点があります。
数や文章・図形の認知や処理に関する筆算式計算法とそろばん式計算法との間での以上のような大きな違いに注目し、私は、計算力の向上と文章題・図形問題への理解力の向上とが互いに牽引し合うそろばん式計算法を、子供たちに習得させる事のすばらしさに数十年も前から気づいていたのです。
かくて、「集団だけれども徹底的に個別指導」というスタイルのそろばん塾:ACE Kids Academyは、3年半前の開講当初から世間の皆様の大歓迎を受け、開講後3年半足らずで、播州エリア内の20余りの教室で、しかも習字・英会話・ロボット科学教育講座なども加えつつ、総生徒数1,000名の大台を達成しました。
ところで、先述のように、集団指導形式から個別指導形式への流れは、学習塾業界でも、既に約30年も前から、矢張り京都在住の久保田先生が主導されて、そのユニークな学習指導スタイルと学力向上に向けての効果の大きさ故に、採用する塾が増えつつありました。
今日では、この個別式学習塾に通う生徒数は、各学習塾の生徒総数の半数近くにまでも膨れ上がっていますが、ここから更に学習効果を高めてゆくためには、次のような学習・指導形態が望ましいと考えられます。
即ち、生徒たちが、その友人たちと互いに顔を見合わせ、意識し合い、同じクラス内でより優秀な成果を挙げているクラスメートに追いつき追い越せという気合で「刺激し合い、競い合い」つつ、より効率的な学習に向けて、その手法を高め改善して行くことを可能にしやすい「小集団」形式の学習道場としての役割を、今後の学習塾が果たしてゆくことです。
ここで、あえて「道場」というのは、次のような理由だからです。
即ち、数百年も前の昔なら、大勢の若者たちが、奥深い山中などにこもって武術の練習や心身の強化などに、日々倦まず弛まずに励んでいたでしょうが、今日では、それが都会にある設備の整った教室に、若者たちが三々五々集まり、情報や技術・文化・芸術などの知識や技能の習得のために多くの時間を費やすという生活内容に変化してきています。
しかも、そういった知識や技能を、より短時間で効率的に、しかも高いレベルで習得する必要性が極めて高いことが広く認識されています。
少子化が進行している我が国では、「少数精鋭化」の方向性が不可欠であり、これを実現する有力な手法が開発されなければ、我が国の世界での存続が許されなくなる恐れが出てきています。
そういった意味で、国同士の間での国際競争上からも、より真剣でかつ効果的な学習が行われなければならないのですから、単に個別式指導か集団式指導かという学習指導形態上の分類から一歩進んで、両者のメリットやデメリットを考慮した上で、「少人数で競い合う」集団指導方式の採用を推薦します。
その少人数とは何名なのかというクラス・サイズの基準が問題となるでしょうが、10人前後かと考えます。
そして、このサイズでの集団授業で、生徒同士の競争や協力を助長しながら、日々の真剣な錬磨を通して、学力・学問への道を求め極めて行く理想を追求するため、これをもって敢えて「学習道場」形態と名付けます。
かくて、今後開講・開校が続く日本人対象の日本語教師養成講座や留学生向けの日本語学校での教育指導法も又、上記のような「道場」を究極の理想形態としつつ、その実現に向けて努力するつもりです。
ここにおいて、「井の中の蛙」は、正に留学生向けで国際的な広がりを持つ教育の場に臨み、「大海を知る」ということになります。
皆様の今後のご理解とご支援とを何卒宜しくお願い致します。
平成30年7月30日 月曜日
岡村ゼミナール・営業本部長:岡村寛三郎