2009年3月9日。ナポリのとあるユースホステルにて迎えたイタリア4日目、一人旅12日目の話。この日は、「約1900年前、火山の噴火により廃墟となった街」ポンペイに行ってみようと決めた。
あまり天気は良くないけれど、元気に出発!・・・が、この日はとんでもないトラブルから始まった。
まずはバスに乗って、ポンペイへの列車が発着するナポリの「ヴェスヴィアーナ駅」へ。前日の午後に買ったバス一日券は24時間有効(と思っていた)であり、まだ有効時間内だった(と思っていた)ので、そのまま乗車。

↑ 交通量が多いナポリ市街
途中、警官2,3人がバスに乗り込んできて、乗客が有効な切符を持っているかの抜き打ち検査が始まった。こんなの初めて。びっくり。自分の順番になり、何の疑いも無くバス一日券を見せたら・・・警官が集まってきて、なにやら厳しい口調で話し出した。
「24時間有効だからまだ大丈夫だろ?」と言いつつ切符を見て、はっとした。この券、「土日のみ有効」だった・・・。(この日は月曜日。)一日券には24時間有効の券(3ユーロ)と土日のみ使える券(2.6ユーロ)があり、前日自分が買ったのは土日券の方だったのをこの瞬間思い出した。
「このチケットは無効だから罰金37ユーロ(約5000円)を払え」と言われて、「知らなかったんだよ、見逃してくれよ」とさんざん言い逃れをしようとしたけれど、許してくれず。仕方なく払って釈放。しょぼーん。せっかく節約してきたのに・・・。
やってしまったことはもうしょうがいない、と自分に言い聞かせながらも罰金ショックを引きずりつつナポリ駅へ。ナポリ~ポンペイの往復切符を買った。ポンペイまでは往復で4.8ユーロ(=700円)。安~い。せめてもの救い。
30分ほどでポンペイに到着。チケット(11ユーロ=約1500円)買って入場。さっそく、火砕流により廃墟となった建物が出くわした。

↑ 火山の噴火による火砕流に埋もれた建物
入り口から少し進むと、まずは「ジュピター神殿」にたどりついた。もはや柱が数本残るのみで、ほとんど原型をとどめていない。廃墟だなあ。

↑ 廃墟となった神殿
神殿から伸びる通りには、火砕流に飲み込まれて廃墟となった家々が並んでいた。「これがポンペイの街か!」

↑ これが火山の噴火により廃墟となった街、ポンペイ
神殿よりも、生々しく建物の原型が残っていてまさに廃墟の街。1900年も前に火砕流に飲み込まれた街なのに、これだけきれいに残っているのは驚きだなあ。日本では弥生時代の建物なんて見られんぞ。
建物はボロボロだけど、台所や壁画なんかはほぼ当時のままきれいに残っていた。驚きだなあ。

↑ 台所と壁画
広いポンペイには、押さえておくべき見学ポイントがいくつかあるよう。地図を見て、まずは円形闘技場に行ってみることに。廃墟の街の通りを歩いて、ポンペイの端の方へ。

↑ 途中で見た、なんとか残った壁画

↑ 同じような景色の道が続く
歩いて歩いて円形闘技場に到着。「これがポンペイスタジアムかー。コロッセオみたい」

↑ コロッセオみたいな円形闘技場
闘技場の周りをぐるっと周ってみると、入場門を発見。

↑ 入場門
入場門をくぐって中に入れるようなので、闘技場の中へ。FIFAのアンセムが頭の中で鳴り響く・・・(←サッカーバカ)。

↑ FIFAのアンセムと共に笑、入場門をくぐってピッチへ

↑ 円形闘技場の「ピッチ」から①
狭い入場門をくぐりぬけて、視界が一気に広がる瞬間はわくわくするなあ。客席にぐるっと囲まれたこの場所で、大昔残酷な戦いが繰り広げられていたわけか。ほうぅぅー感慨深い。この闘技場は1万2000人収容らしい。

↑ 円形闘技場の「ピッチ」から②
円形闘技場を貸切りで見学した後は、床モザイクがきれいに残っているという、「悲劇詩人の家」へ。ポンペイの街の散策再開。

↑ 途中で通った、立派な庭園を持つ家。
「悲劇詩人の家」にたどりつくと、玄関に犬のモザイク画がきれいに残っていた。火砕流と1900年の時に耐えたモザイク画か。

↑ 「鎖につながれた犬」
下に書いてある文字の意味は、「猛犬に注意」らしい。なるほど、昔この家では犬を飼っていたのか!へぇ~へぇ~へぇ~。おもしろいなあ。
近くには、立派な居間を持つ家も建っていた。ほぼ原型をとどめていないほど破壊された建物が多い中、この家はかなりきれいに残っている。

↑ きれいに残った立派な居間

↑ 庭園にはこちらもきれいに残ったモザイク画
街のところどころには出土品の展示スペースが設けられていて、そこでは火砕流に巻き込まれた人の石膏まで見ることができた。

↑ 火砕流に巻き込まれた人の石膏
火砕流に巻き込まれた瞬間のものすごい形相がそのまま保存された恐怖の展示。歯はしっかり生え揃っていてかなりリアル。おそろしい。
近くには、しゃがんで身を守ろうとした姿勢でそのまま火砕流に巻き込まれた人も展示されていた。おそろしい。

↑ しゃがんで身を守ろうとした姿勢でそのまま火砕流に巻き込まれた人
他にもたくさんのつぼ等の出土品や、火砕流に巻き込まれた人の石膏が無造作に置かれていた。当時の人口は1万5000人ほどだったそうなので、他にも山ほどの人の石膏があるんだろう。

↑ たくさんの出土品
さらに、親が子どもを抱きかかえた状態と思われる石膏も。ポーズがリアル。おそろしいなあ。悲劇だなあ。

↑ 火砕流に巻き込まれた親子と思われる。
恐怖を味わった後は、ポンペイの西の端に「秘儀壮」というポンペイ独特のフラスコ画が残っている建物があるらしいので行ってみることに。「ポンペイ独特の赤色」が特徴らしい。

↑ 途中で通った、高い壁に挟まれた通り

↑ 秘儀壮に行く途中で迷った。「あれ、どっちから来たんだっけ・・・」
秘儀壮では、部屋の中や廊下などの至るところに、背景が暗い赤色のフラスコ画が描かれていた。大広間に描かれた壁一面のフラスコ画が一番の傑作らしい。

↑ 大広間のフラスコ画
ぼーっと見ていると、係りの人が来て説明してくれた。
係りの人「ワイングラスを持っているのが、酒の神バッカスの絵なんだよ」
僕「ほぉぉぉぅ~」
3時間半ほどポンペイの街を気ままに歩き、満足。そろそろ帰ることに。
今まで遺跡とかにはあまり興味なかったけれど、これほど生々しく残っていると、「あー1900年前はこんなんだったんだろな」などいろいろ想像が広がっておもしろかったなあ。

↑ さらば!ポンペイ!
ポンペイ近くの駅から列車に乗り、ナポリに戻った。時刻は2時半。腹減った~。うまいピザが食べたい!
「地球の歩き方」によると、「スパッカ・ナポリ」という古くからあるナポリの下町に、クリントン元大統領も訪れた「ディ・マッテオ」というピザ屋があるらしいので行ってみることに。

↑ スパッカ・ナポリ入り口
「スパッカ・ナポリ」は、ロープにつるされたたくさんの洗濯物がなびいていて、狭い道を小汚いバイクや車がクラクションを鳴らしながらビュンビュン通っていき、そんなのを全く気にせずおじさんやおばさんはおしゃべり、子どもたちはサッカー。そんなナポリらしい気がする下町。

↑ 洗濯物がなびくスパッカ・ナポリ
そんな下町を歩きながら、ピザ屋「ディ・マッテオ」に到着。マッシュルーム入りピザとコーラ注文。間もなく、完全にお皿からはみだした巨大なピザがやってきた。

↑ マッシュルームがちりばめられたピザ
ここのピザもかなりうまい。ほんとにうまい。端っこのパンもうまい。ハラペコだったから一気に完食。また大満足。ナポリはこのピザだけでも訪れる価値があると思う。それくらいうまい。

↑ めちゃくちゃうまかったよ、「ディ・マッテオ」
食後は再び「スパッカ・ナポリ」を散策。すると、たくさんの土産屋が並ぶ通りを発見。

↑ たくさんの土産屋が並ぶ通り
リアルな置物の人形を売る店が多い。なぜかピエロの人形が多い。動くからくり人形も多く、ピザを焼く様子がうまく再現された人形もあった。

↑ 置物でぎっしりの土産屋
たくさんの土産屋さんを眺めて楽しんだ。もうスーツケースはパンパンだから何も買わなかったけど。
スパッカ・ナポリを出て、ユースホステル近くの港のフェリー乗り場のカフェで休憩。時刻は夕方5時。「まだユースホステルに戻るには早い。さて、何しよう?」
結局、前日と同じように、ナポリの海岸沿いの散歩道を散策することに。

↑ 夕暮れの海岸沿いを散歩
昼間は人であふれかえっていた散歩道だけど、夕暮れになるとさすがに散歩する人も少ない。けれど、昼間とは違ってジョギングを楽しむ人が多いよう。軽快に走っていく人々が、次々と僕を追い抜いていった。
やがて日が暮れ始め、正面のナポリの街に灯りがともし始めた。

↑ 夕暮れのナポリ
日が暮れると、正面の街のライトアップがいっそう引き立ち始めた。すばらしい夜景。 「なるほど、これが『ナポリを見て死ね』というやつか?」

↑ すばらしいナポリの夜景
しかし夜の海は恐い。「ザザーッ」という音が聞こえるだけで、どこまでも続く暗闇。おそろしい。

↑ 日が暮れても交通量は多い

↑ 月と対岸の街の夜景
結局1時間ほど散策した。好きな音楽を聴きながら、ナポリのすばらしい夜景を眺めながらの散歩は、いい時間だったなあ。
この日の夕食は、海岸近くのパスタ屋に決定。カルボナーラを注文。

↑ 注文したカルボナーラ
なかなかうまい。けれど、量が少ないしちょっと塩辛い!料金も11ユーロ(約1540円)で、昼食のうまかった巨大ピザ(6ユーロ=840円)に比べると高い。昼のピザのパフォーマンスがすごすぎて、やや物足りなかった夕食でした。
ユースホステルに戻り、「地球の歩き方」を読みながら翌日の計画を立てていたら、相部屋のブラジル人が帰ってきた。そのブラジル人が、「今日カプリ島へ行ったけれど、波が高くて青の洞窟には入れなかった。けれど、青の洞窟以外にも見所満載で美しい島だったよ!君も行くべき!」とカプリ島を勧めてくれた。そして、「よし、明日はカプリ島行くか!」
丁寧に安いフェリー会社まで教えてくれて、親切なブラジル人に感謝。我ながら「文法むちゃくちゃだなー」と思う英語だったのに、なぜか理解してくれて不思議だった。
僕「去年のJリーグのMVPはブラジル人のマルキーニョスだったよ」
ブラジル人「マルキーニョスはよくある名前で誰かわからん!」
ショッキングな罰金から始まった一日だったけれど、ポンペイはおもしろかったし、昼食のピザはうまかったし、スパッカ・ナポリや海岸沿いの散策も楽しかった。まあ、いい一日だったなあ。
(12日目終了)
~この日使ったお金(1ユーロ=140円)~
・ 罰金 40ユーロ
・ ナポリ~ポンペイ往復 4.8ユーロ
・ ポンペイ入場料 11ユーロ
・ 昼食のピザ 6ユーロ
・ フェリー乗り場のカフェで飲んだカプチーノ 1.3ユーロ
・ 夕食カルボナーラ 11ユーロ
計74ユーロ
「ヨーロッパ・フットボール三昧の旅」(2009年2月26日~3月12日)
1日目 : 「いざ、ロンドンへ!」
2日目 : 「まずはロンドン観光!」
3日目前 : 「大英博物館見学してからスタンフォードブリッジへ」
3日目後 : 「チェルシー vs ウィガン観戦!」
4日目 : 「ウエストハム・ユナイテッド vs マンチェスター・シティ観戦!」
5日目 : 「ひたすらロンドン観光!」
6日目前 : 「ビートルズストーリー」
6日目後 : 「リバプール vs サンダーランド観戦!」
7日目前 : 「マシューストリートとポートベリーマーケット」
7日目後 : 「トットナム vs ミドルスブラ観戦!」
8日目 : 「スタンフォードブリッジとロンドン塔」
9日目 : 「旅も後半、ロンドンからローマへ」
10日目 : 「ローマ街歩きとローマ vs ウディネーゼ観戦」
11日目 : 「ナポリ戦見られず・・・夕方のナポリ散歩と絶品ピザ」
12日目 : 「ポンペイとスパッカ・ナポリとナポリの夜景」
13日目 : 「カプリ島とアマルフィ海岸とポジターノ」
14日目前 : 「ローマ最後の観光とお土産探し、そしてオリンピコへ出発!」
14日目後 : 「ローマ vs アーセナル観戦!」
15日目 : 「ついに迎えてしまった帰国の日」