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作家 藤堂凜【2】

2024-12-10 | 作品

~五条 傑(ごじょう・すぐる)

とうとうここに来てしまった。

作家、藤堂凜は、「五条」と書かれた表札を見ながらそう思った。

「ようこそ、はじめまして、あなたが藤堂・・・さん?」

女性が出迎えてくれた。

なかなかの和風建築。

あこがれの、門から玄関までの和風な道のり。

石畳の上を女性とともに歩き、歩いているうちに、想像以上に豪邸であることに気づくのに、そう長い時間はかからなかった。

玄関で靴を脱ぎ、とある部屋、絵で描いたかのような和室に案内された。そこに、とある男性が、鎮座していた。

「やぁ!はじめまして。藤堂先生!」

その男性・・・。年の頃、30代か40代前後くらい。それよりも、どこかで見た雰囲気だな、と感じつつ、

「先生だなんて・・・。そんな風に呼ばないでください!恥ずかしいです。」

「いや、呼ばせてもらうよ?藤堂先生。僕が五条です。」

とてもチャーミングな笑顔をする素敵な男性がそこにいた。

そう思いつつも、どこかで見たような・・・という思いがずっと消えることはなく、

「あの、私、あなたとどこかで会いませんでしたか?」

「どこかで・・・?いや、僕は、初めてだねぇ・・・。」

ここからは、自分の中では五条氏、と呼ばせてもらおう。

五条氏は、本当に初めてであるかのような驚きの表情をしていた。

初めてなのか・・・?

藤堂凜は、そう思いながら、通された席に座った。

「足は崩していいからね。」

またもチャーミングな笑顔で、五条氏はそう言った。

「あ、はい・・・。もし辛くなったらそうします。」

・・・・・。

五条氏は、花を生けていた。

そう、生け花だ。

趣味なのだろうか?それとも・・・?

とても綺麗な、それでいて、力強い感じの枝感が印象的な生け花に仕上がりつつあった。

「あの、」

と藤堂凜が、話しかけようとした瞬間、

「生け花の先生じゃないよ?」

そういって、また五条氏は、とても爽やかなチャーミングな笑顔を藤堂凜に向けた。

「あ、そう、、、でした、、、、か。」

藤堂凜は、言おうとしていた台詞を、先に言われて、ちょっと戸惑った。

「生け花してるからって、生け花の家元か何かとは限らないよ?」

そう言って五条氏は、フフフ、と今度は優しいお兄さんのように暖かいまなざしで、藤堂凜を見つめつつ、生け花の手は止めなかった。

「あの、五条さん。お名前はなんというのですか?」

「僕?ああ、下の名前?」

「はい。下の。」

「傑(すぐる)。」

「え?」

「五条、傑。」

「えぇ?」

「え?」

妙な空気が漂った。が、それは数秒で消え去り、消え去ったかと思った矢先に

五条「足して二で割ったような。」
藤堂「足して二で割ったような。」

ほぼ同時に、同じ台詞を言っていた。

五条氏は急に壮大に笑った。

「ちょっ、、、と。五条さん!そんなに笑わなくても。」

「いや~!もう、笑わせないでよ、藤堂先生!もう・・・・!」

五条氏は、かなりの間、ずっと笑っていた。

でも、花を生けている手は、決して休んではいなかった。

「いや、確かに、そう、思うよな。」

「五条さん、やっぱり、言われます?」

「うーん・・・。そうだね、たまに、言われるか、な?」

と言うやいなや、唐突に、五条氏は叫んだ。

「いや!!!!違うよ!?、コレは、絶対に!違うから!!!」

「五条さん・・・私、まだ何も言ってませんが。」

「いやー!!!絶対に、思ったよね?思ってたんだよね?」

「五条さん・・・!」

「ぜーったいに!違うから!」

「でも、なら、言いますけど、アレって、五条さんが書いたんですよね?」

「え?どっちの話?」

さっきまでのテンションが元に戻り、相変わらず、花を生けている手は休むことはなく、きょとんとした五条氏は言った。

「あ、昔のアレね。あのことね。」

「五条さん・・・・。私を呼び出したのは、そういうことでは?」

「あ、そうだね。そうだった・・・・。」

パチン、パチン、と部屋に響く、花を生ける音。

とてもチャーミングな笑顔になったり、きょとんとした真顔になったかと思えば、テンション爆上がりの、まるで舞台俳優が、舞台で声を張り上げているかのような、大きくも、通る声優さんみたいな声で叫んだり。

藤堂凜は、この短い間の出来事からでも、一作品できるな、と思いながらその場に正座していた。

「・・・・嬉しかったよ。とても。」

そう言って五条氏は、また、最初の頃の、とてもチャーミングな笑顔を取り戻しながら、今度は少し憂いのある表情になっていた。

「ありがとうございます。」

藤堂凜は、誠心誠意を込めて、ゆっくりとお礼を言った。

「お礼をしないといけないのは、こっちだけどね。」

そう言って、五条氏は突然、近くに置いていた呼び鈴を鳴らした。

「おーい!例のアレ、持ってきて-!」

そう言うと、ふすまの向こうから「はーい」という女性の声がした。

さっき出迎えてくれた女性の声だった。

「奥さんですか?」

「いや、お手伝いさん。ほら、僕、」

そう言って、五条氏は、両手のひらを上にして、部屋を見渡すように視線をあちらこちらに移しながら、部屋の広さと、素晴らしさを表現するようにしばらく見渡した後、

「お金持ちだから。」

そう言って、「フフッ」と少し笑ったかと思ったら、

「いや、違うよ!今のは、本当に違う。たまたま、偶然だから。」

「いや、五条さん、今、『僕、お金持ちだから。』って言いましたよね?やっぱりそれって。『俺、最強・・・』」

最強、の台詞に被せるように五条氏は

「いや、違うんだよ。言いたいことは分かるけど、ほんとに偶然なんだ。」

「だって!名前といい、外見といい、ほんとに足して二で割ったような」

「ほんとに違うんだってばー!」

急に砕けた、まるで本当の兄と妹のように五条氏はフレンドリーな口調でそう言った。

「五条さん、まさか、あの作品も・・・」

「書けるわけないでしょ。」

「本当に?」

「本当に。」

「あの、私が昔、ほんとに偶然にインターネットで見た、あの文章。」

「そう、あれね・・・。」

藤堂凜は中学生の頃、とあるインターネットで検索している途中に、不思議なサイトを見たのである。

それはこの作品、そう、まさに、この「作家 藤堂凜」という作品の冒頭に書かれていた手記のような文章を、である。

「藤堂先生、名前、ほんとに本名なの?」

「はい、本名・・・だけど下の名前は、漢字が違うんです。」

「ああ、倫理の倫?」

「はい。」

そうなのだ。作家、藤堂凜の本名は、藤堂倫だった。

「五条さん、ずっと探してたんですよ。ずっと。」

「そっかー。探したのかー。」

「はい。だって、人のネタを使って作品書くなんて、いやだったんで。」

「そうだよねー。」

そう会話している二人の間には、相変わらず、パチン、パチン、と生け花をする音が、広い和室の素敵な空間に響いていた。

「すっごく探したんですから!すっごく!!!!」

「まぁ、見つからないよね。」

「見つかりませんでした・・・。はい・・・。」

「でもね、藤堂先生。」

急にニコっと笑顔になった五条氏は言った。

「作品を書いてこそ、作家だからね。」

「えっ。」

作家藤堂凜こと、藤堂倫は小さく声を上げて、きょとんとした表情をしていた。

「作家ってのは、やっぱりさ、きちんと作品に仕上げることが出来て、だからこそ作家なんだ。」

「そう・・・・ですが・・・・。」

「ほら、あの文章見て分かる通り、僕は文章の遊び人・・・・みたいなもんだから。」

「はぁ・・・・。」

「それに、僕、」

パチン、パチン、と生け花をする手は止めなかった。

かつ、藤堂倫を真正面から見つめ、決め顔を作るようにしてこう言った。

「理系だから。」

シーン、という擬音はまさにこのためにあった、といっても良かった。

それほどに、一瞬のこの「シーン」な空間は見事に、この和室とマッチしていた。

「五条さん・・・。また。その言い方。」

「いやー!違うよ-!違うんだよ、先生。もう、先生って、ほんとよく気がつくよね。さすがは先生。やっぱり、作家さんは違うよねー。」

「五条さん!別に、先生、とは関係ないですから!」

少し顔を紅潮させて、藤堂倫は続けた。

「僕、お金持ちだから。とか、理系だから。って、どうしてそうすぐに、ここぞと言うときにしかも決め顔で、かっこよく言えるんですか?まさにあのキャラクターそのものじゃないですか!!!しかも、服装はどっちかっていうとあの、元相方の、闇落ちした方のキャラクターの和装、そのものですし。」

五条「足して二で割ったような。」
藤堂「足して二で割ったような。」

またもほぼ同時。さっきと同じ台詞を言っていた。

五条氏はまたも、壮大に笑った。

「あー!もー!笑わせないでよ-!先生!」

五条氏は壮大に笑い続けた。

「あー!お腹痛い・・・助けてよ、」

そう言うと急に五条は叫んだ。

「幸子(SACHIKO)、G線上のアリア!」

(は・・・?)

藤堂倫は心の中で、あまりに突然の出来事と五条の台詞に無言になってしまった。

すると、どこからともなく、あの、有名な、G線上のアリアの音楽が流れてきたのだった。

しばらく音楽が流れ続けた。


無言の藤堂倫。

笑いが収まりつつある五条氏。


そんな中でも、五条氏の手は、生け花を作り続けていた。


生け花を続ける五条氏。

無言の藤堂倫。


部屋に流れるG線上のアリア。


最初のフレーズがきりのいいところまで来たところで、

「五条さん・・・・。幸子って、何ですか?いや、誰ですか?」

「あ・・・・。そうだね、幸子のこと、言ってなかったよね。」

「奥さん・・・・ですか?」

「いや、AIだよ。エー、アイ!」

「は?」

「ほら、あれだよ、スマートスピーカーってやつよ。」

そう言うと、五条氏は

「幸子、お疲れ様。」

と言い、それと同時に、音楽は止まった。

「ああ・・・、そういう、あれですか、部屋にスピーカーがどこかにあって。」

「そう。うちは、全部で10個くらいかな、全部の部屋とか空間に、それとなく埋め込んであるんだ。」

(うわー・・・。)

藤堂倫は、心の中で感心するとともに、驚きを隠せなかった。表情にも出ていた。

「先生、口が開いたままだよ、」

そう言って、また五条は、フフ、と小さい声を漏らしつつ、あの、魅力的な笑顔になっていた。

「先生がいてくれて、それで、あの、僕の駄文を、しっかりと作品にもしてくれて、本当に感謝してるんだ。」

そういうと五条氏はまたも呼び鈴を鳴らした。

「おーい!アレ持ってきてー!」と言い、しばらくすると、お手伝いさんなる女性が、いわゆるお茶と”何か”を持ってきた。

すると、藤堂倫は目を丸くして

「えっ!!!!コレって・・・・金(きん)?」

パチン、パチン、と生け花の音は相変わらずその、広い和室の空間に鳴り響いていた。

「金(きん)・・・・に見える?」

「え・・・どうみても、これ、金(きん)っていうか、金・・・塊(かい)?」

一瞬の間のあと、五条氏は、ちょっとだけ声を張り上げて

「はっはっはっはっはー!」

と、舞台俳優が舞台で笑うように笑い声を上げた。

「フォーク、見える?」

「はぁ、フォーク・・・」

(あ、そっか、)と藤堂倫は瞬時に察した。

藤堂「ケーキ!」
五条「ケーキ!」

またも同時。ぴったりと息の合った二人が、まるで本当の兄と妹のように見えた。

「まぁ、突然、金塊、はないですよねー。ははは。」

藤堂倫はそう言うと、

「では、遠慮なく、いただきます。」

いろいろと動揺している気持ちを落ち着かせようと、お茶とケーキを食すことにした。

「うわぁ・・・チョコレートですね。すっごくおいしいです。」

「それはよかった。」

五条氏は、暖かいまなざしと、少し憂いのある表情で、作家、藤堂凜を見つめていた。

でも、生け花の手は止めなかった。

パチン、パチン、という音が大きめの和室に鳴り響いている。

「これって、本当の金(きん)・・・・金箔?ですか?」

「え?もちろん!僕のお気に入り。友達のパティシエに頼んでね。作ってもらったんだ。」

「うわー。パティシエさんが友達にいるなんて・・・。仲いいんですね。羨ましい!」

「高校の同級生なんだ。」

「へぇー。素敵ですね!元、同級生で、友達で、大人になっても繋がりがあって。」

「あの駄文を自分以外で、初めて見たのが、その友達なんだ。」

そう言って、五条氏は、斜め上の空間を見つめ始めた。

「幸子(SACHIKO)、”青春”!」

すると、これは何の曲かわからないが、その名の通り、青春をイメージしたかのようなBGMらしき、歌のない曲が流れ始めた。

しばらくそのBGMと、生け花の音、藤堂倫がケーキを食べる音の空間が続いた。

1フレーズが終わったかのような曲の切れ目で、

「五条さん、高校生の時に、あれを書いたんですか?」

「そうだよ。高校3年生の時。進路に迷っててねぇ。」

1フレーズを終えかかったBGMのフレーズが、また続いていた。

「それで、ほら、僕、理系だから。」

決め顔で藤堂倫を真正面から見つめた。

藤堂倫は、心の中でこう思った。

(もしかして、もしかするんじゃないのか!?)

そう思いつつ、

「そうですね。理系、なんですよね。」

「そう。理系で、でも、文章書くのも好きで。」

「お好きな感じですよね。どう見ても、あれは、大好きですよね。」

「そう。大好きなんだ!」

五条氏は、この時、とても爽やかで、チャーミングな笑顔だった。

BGMも、とても爽やかだった。

こんなに爽やかな空間があるだろうか?藤堂倫も、つられて、落ち込んでいたはずの気持ちは、今や、とても爽やかな気分になっていた。

爽やかすぎるこの空間。

どこかに隠れた空気清浄機があるのだろうか。それとも、植物がそれとなくここかしこに置かれているせいだろうか。

とても贅沢な空間のように思えた藤堂倫は思わず、こうつぶやいていた。

「素敵。」

つい声に出してしまって、顔が赤らんでしまった藤堂倫。

「ありがとう。」

五条氏は、言葉を続けた。

「ほんとにありがとう。あれを、作品にしてくれて。」

またも五条氏は、少し憂いのある表情をしながら、藤堂倫と真正面に向き合いつつ、心を込めてそう言うのだった。

「いえ・・・五条さん。お礼を言わないといけないのは、私であって、それで、ずっと探して、探して、どんなに探しても連絡を取る方法もなくて、だから思い切って、許可も取らずに、本当に恐縮なんですけど、作品にしました。どうしても作品にしたかったんです!!!」

「うん。それでこそ、作家、藤堂凜だね!!!」

またもチャーミングな笑顔で五条はそう言い、そんな会話をしているさなか、襖が突然開いた。

「おとうさーん!」

勢いよく五条氏の側に飛び込んできたのは、まだ年の頃、7歳か8歳、いや、もう少し小さいようにも見えた、一人の幼い女の子だった。

「あらあら。挨拶もしないで。ごめんねー。藤堂先生。ほら、めぐみ、こちらが、藤堂先生だよ。ほら、ピン♪ピン♪」

五条娘「ぴんぽいんとぉおー!」

五条父「ピン♪ピン♪」

五条娘「ピンポイントやん!っフゥ!」

五条父「ヘイ♪ヘイ♪」
五条娘「ヘイ♪ヘイ♪」

五条父&娘「ピンポイント♪ヤンキー!」

アニメ化もされた後だったので、当然、オリジナルのオープニングソングもあったのだが、その中でも特に脳裏に残りやすいフレーズが、この親子によって突然再現された。

作家、藤堂凜は顔を真っ赤にしながら、

「あ・・・、こんにちは!」

「え?こんにちはー!」

「めぐみ、この人、誰だと思う?」

「え?ピンヤンの中の人?」

この幼い少女の口から、「中の人」っていう台詞が聞けるとは思わなかったので、思わず藤堂倫は、ちょっとだけ強い語調で口走った。

「中の人じゃーありません!!!」

「え・・・こわい・・・」

少女は、いえ、五条氏の娘、めぐみちゃんは、明らかに怖がっていた。

「あ・・・ごめんね、めぐみ・・・ちゃん。違うのよ。」

「先生は、まだ、大学生だからね。めぐみ。」

「え?ダイガクセイ?」

「あぁ、まだ、学校に行ってるんだよ。めぐみも学校行ってるでしょ?」

「あ、学校に行ってるの?どこの?」

「まぁまぁめぐみ、そうだね、この人は、まだ学校に行ってるんだけど、ピンヤンを最初に作った人なんだよ?原作者なんだ。」

「えー!!!!!!」

突然目がキラキラし始めた五条の娘、めぐみちゃんが、藤堂倫の元に駆け寄ってきた。

「えー!えー!作ったの?」

「あ・・・まぁ・・・そう、なるのかな?」

「えー!あれを作ったの?あのー、テレビで見たよ?」

「うん、見てくれてありがとう!」

「いつもお父さんと歌ってるんだ。」

「一緒に?」

「うん。ピン♪ピン♪」

五条娘「ピンポイントやん!っフゥ!」
五条氏「ピンポイントやん!っフゥ!」

「すいません!お二人とも!ほんとに嬉しいし、楽しいんですけど、ちょっと歌うのやめてもらっていいですか?恥ずかしいんで・・・」

「でも先生、この歌の歌詞も、先生が作ったんでしょ?」

「まぁ、そうですが・・・」

「いや、ほんと、先生、てーんさい!」

「てんさーい!」

「まさかさー、『ヤン』がさ、ここへ来て、関西弁になって生まれ変わるとはね。さすがとしか言えないね。」

「ピンポイントやん!っフゥ!」

「五条さん・・・めぐみちゃん、ほんとにごめんね。今、とても恥ずかしいので、ちょっとトイレに行ってきても、いいですか?」

「え?トイレ?いいよ。めぐみ、先生を、トイレまで案内してあげて。」

「えー!センセイとトイレ-?」

いや、私とトイレに行くことが目的じゃないんだけども、と思いつつ

「めぐみちゃん、ありがとう、案内してくれる?」

「うん、行くー。」

そしてめぐみちゃんと藤堂倫は、どう考えてみても豪邸なこの家の中の、しばらくいたこの素敵すぎる和室の部屋から、初めて出ることになった。

その後は無事に、トイレに行くことが出来た。

そんなに遠くはなかった。けれど明らかに、他にもいくつかトイレがあるのだろう。そう思った。

その後、かわいらしくトイレと少し離れた場所で待っていてくれためぐみちゃんと共に、あの和室に戻ったのだった。

「おとうさーん、トイレ行ってきたよ。」

「ありがと、めぐみ。」

そう言うと、めぐみちゃんは、少し離れた場所にあった今気に入ってると思われるおもちゃで遊び始めた。

「いやー、お騒がせしてすまなかったね。」

「いえいえ、お嬢さん、いらっしゃったんですね。」

「え、うん。」

そう言うと、何故か五条氏は、少し寂しそうな表情をしながら、こう言った。

「妻が残してくれた、世界で一番大事な、僕の宝物なんだ。」

「え・・・」

そういえば、BGMは気がつかないうちに止まっていた。

パチン、パチン、という、花を生けている音が相変わらず部屋に響いていた。

「そうだったんですね。五条さん、奥様は・・・」

そう言うと、突然、少し離れた場所から、電話の着信音が鳴り響いた。

めぐみちゃんがこっちにやってきた。

「おとうさん!ママー!」

(え・・・)

またも藤堂倫は戸惑った。

めぐみちゃんが、スマホ片手に五条氏の元に駆け寄ってきた。

「めぐみ、貸して?」

五条氏はおそらく、めぐみちゃんのスマホにかかってきたと思われる電話に出た。おとうさんに変わって?とか何とか言われたのだろう。

内容はよく分からなかったが、五条氏は、「ママ」と呼ばれる電話の相手、おそらくは奥さんと会話をしていた。

電話がおわり、めぐみちゃんが、おそらくは電話で「ママ」に何か言われだのだろう。部屋を出て行った、その時だった。

「ねぇ、藤堂先生。今、何か、思ったことあったよね?」

ニヤリとした五条氏。

戸惑う藤堂倫。

「え・・・いえ、奥さんからのお電話だったんですか?」

藤堂倫は、少し遠回しに言ってみた。

「うん。そうだよ?でも、それより、さっき・・・」

「あ、すいません。勘違いでした。」

五条氏はまた、今までとは違うある意味豪快な、舞台俳優のような良い発声で、お腹の底から声を出して笑った。

「五条さん、そんなに笑わなくても・・・」

「あー。お腹痛い・・・ごめんごめん。笑いすぎたね。」

そう言うと、おもむろに

「幸子、G線上のアリア!」


さっきも見たようなこの光景。

部屋中に、G線上のアリアの音楽が響き渡る。

相変わらず生け花の手を止めない五条氏。

どうしたらよいか分からない藤堂倫。


そうだ、まだケーキが・・・そう思って、おもむろに残りのケーキ、金塊にしか見えない見た目のチョコレートケーキを食べ始めた。

しばらくすると五条氏は、

「おいしい?」

と言った。藤堂倫は

「はい、もう美味しい、だけでは言い表せないぐらい、甘すぎず、少し苦みもあって大人な感じで。ほんとうに、ありがとうございます。お友達のパティシエの方にもお礼言っておいてくださると嬉しいです。」

「うん、言っとくー。」

急にフレンドリーなお兄さん風になる五条氏。

さっきの居心地の悪い異空間、いや、亜空間の中に吸い込まれそうになっていた藤堂は、チョコレートケーキに救われていた。

「同じ事ばっかり言って、あれなんだけどさ、ほら、僕、」

そしてまた真正面から藤堂倫を見つめて、五条氏は言った。

「理系だから。」

そう言って、クスッと笑いながら

「ほんとに感謝してるんだ。わかるかなぁ?」

穏やかで、そして少し憂いがあって、本当に心の底からの感謝の気持ちが伝わるような声色で、それでいて、窮屈ではない、このフレンドリーな感じ。

「私も同じ事ばかり言って、あれなんですけど。」

「文系なのに?」

五条はそう言うと、

「いいの、いいの。ほんとにいいの。お礼をしたいのは僕の方なんだから。」

生け花の手は止めない、それでいて、ついでの感じでもない、この真摯な感じ。

背筋はピン、としていて、とても姿勢がいい。

作家、藤堂凜は、五条宅に呼ばれ、門からお手伝いさんの女性に案内され、今までに起こった全ての出来事、五条氏との会話、全てが、まるで絵空事のように、現実感がまるでなく、また五条氏の姿勢の良さに、改めて関心していることに気がついた。

「五条さんって、とても姿勢がいいんですね。」

「え?突然?」

はは!と少し笑って、

「ああ・・・。小さい頃から生け花習っていたからね。自然と身についたんだ。」

小さい頃から生け花、豪邸、お金持ち、理系、そして今まで気にしないようにしてたけど、かなりの美形・・・。

まるで現実感がなかった。

この人を主人公にした漫画があってもよさそうだ。

藤堂倫は、そんな事を思いながらも、こうも思っていた。

五条氏には奥さんもお子さんもいて、おそらくは普通に働いているはずだ・・・。

どんな仕事してるんだろう?

「五条さん、理系ってことですけど、どこか、そういう理系?っていうことでなにかこう、科学系とか、そういう業界の人なんですか?」

「え?業界?そうだね、ある意味、理系も絡んでるかもね。」

理系も絡んでる?なんだろう。続けて藤堂倫はド直球な質問をした。

「どんなお仕事をされていらっしゃるんですか?」

「ああ、知りたい?あぁ、知りたいよねぇ。」

そう言うと、おもむろに

「経営者。」

来た。この感じ。まぁ、想像するに、どこかに就職して、従業員とか会社員してるっていう雰囲気ではないことは確かである。

「いろいろ経営してるんだ。たぶん、いくつかは、君も知ってるかもしれない。」

藤堂倫に対する呼び方が、この時「君」になっていたことに、藤堂倫は気づかないままだった。

「え?知ってます?私?」

「瞑想できるカフェ、音楽を処方してくれるドラッグストア。」

「えー!!あれ、やっぱりそうだったんですか!!」

「うん。僕が作った。それだけじゃないけどね。」

遠い昔の記憶のようで、すっかり忘れていた。

「そうです、行きました。でも、割と住んでる町の近くにあって、いつから出来たのか、気がついたらあったんですよね。」

「うん、知ってる。」

「え!!!」

「僕が、あの辺に出店したり、友人の医者に頼んだのも、僕だし。」

「友人の医者?」

「うん。藤堂先生、落ち込んでたんだよね。」

あぁ・・・あの頃か。確かに、私はとても落ち込んでいた。少し鬱病にもなっていた。

「ちょっと待って、五条さん。私のこと、ずっと前から知ってたんですか?」

「うーん、そうだなぁ・・・。そんなに前でもないけど、最近でもないかなぁ。」

フフ、と不敵な笑みを浮かべる五条氏。

驚きの表情を隠せない藤堂倫。

「いや、ある意味、僕のせいでもあるからね。」

「え、そんな・・・」

「ほら、僕、」

そう言うと、またも真正面からの決め顔で

「お金持ちだから。」

ニコッと爽やかな笑顔で、五条氏は、藤堂倫を真正面から見つめながら、癒やすような声色で優しく言った。

そして、その後、藤堂倫は、今まであまり気づかなかったが、時々、五条氏が、とある行為を断続的にしていたことに気がついた。

五条氏は、左手をそのまま口元あたりに持って行く時がある。

手の平が、口の方に向いている状態でだ。

なんとなく、人差し指と中指が口元にちょうど当たっており、その際に空気を吸い込んでいるように見えた。なんとなくだ。

その後、手を離し、フーッと息を吐いているように見えた。

けれど、そのことを言うより先に、こっちが先決、とばかりに

「いや、お金持ちなのは分かりましたが、だからと言って」

「うん、僕は、感謝してるんだ。あと、ほら、元々理系で、」

「いや、だからといって、理系でも、そんなことってあります?」

「あるんだよね。ていうか、あったら面白いかなーって、思って。」

(いや、面白いとかそういう話じゃなくて・・・)

と、藤堂倫は思ったが、それは、口にはしなかった。

「え・・・」

「いや、ほら、瞑想もあれもさ、僕が高校の頃想像してたやつだし。」

(まぁそうだけど)

と、思いつつ、あえて、少し強い口調で藤堂倫は言った。

「何故そこまでしてくれるんですか?お礼をしたいのは、ずっと探していたのは、私の方なんです!ほんとは、探して、会って、許可を取って」

そこまで言うと、すかさず五条氏は言った。

 

「作品を書いてこそ、作家だからね。」

 

五条宅を後にした藤堂倫、いや、作家、藤堂凜は、少し上の空になっていたため、最寄り駅を素通りしていた。

気がつくと一駅分歩いていたようだ。

知らない商店街の中を歩いていた。

家に着くまで開けないで、と、不思議な言葉を残して五条氏は、少し重みのある物を最後に藤堂倫に手渡していた。

あの後、お手伝いさんに門まで見送られ、深々とお辞儀をされたのであった。

手土産の中には名刺が入っていた。

五条氏の名前と、住所、携帯番号、メールアドレスが書いてあった。

そこには役職とか会社名とかは書いていなかった。

プライベート用の名刺?

そう思いながら、藤堂倫は、このまま家に帰っても、どうにも気持ちが落ち着かないと思い、商店街アーケードの中にあった、ちょっとした喫茶店に入った。

喫茶店、かー。

そう思うと、だんだんこれが、現実であるという実感がわいてくるのであった。

そういえば、あの行為。

あえて左手を添えて?空気を吸って吐いていた?あの行為。

気になる・・・。

今頃になって、だんだんと気になり始めていた。

喫茶店に入り、藤堂倫は、ホットコーヒーを頼んだ。

砂糖なし、ミルクのみで注文した。

コーヒーが来た。

五条氏の、あの行為の真似をしてみた。

「・・・・・フーッ・・・・・。」

(あ・・・)

藤堂倫は理解した。

(空気たばこだ。)

「ストローなしの・・・」

思わず口から言葉が出てしまっていた。

「え?ストローですか?こちらホットですが・・・」

店員が話しかけてきた。

「あ、すいません!何でもありません。大丈夫です。」

・・・・・。

五条氏、あなどれん!

一言も、言わなかった。

あの行為について、一言も、何の説明もなかった。

それに、あの作品。世界中でヒットしてるあの傑作。

あれに出てくる、あの主人公級のキャラクターたちの名前とそっくりで、苗字と、下の名前が逆になってるなんて。

本名なのだろうか?

でも表札はしっかりと「五条」だったしなぁ・・・。

それに、あの決め台詞。

途中、奥さんのことを、まるでもう亡くなっているかのように、寂しそうな表情をして語ったかと思えば、亡くなってもいなくて。

急に大声で叫んだり笑ったり。

そんなことを思いながら、藤堂倫は、気がつくと、コーヒーをまだ一滴も飲んでいないことに気がついた。

(いけない、冷めちゃう・・・)

コーヒーを一口。二口。

飲みながら、また、あのストローのない”空気たばこ”を吸ってみた。

「・・・・・フーッ・・・・・。」

なんだこれ?

なんか・・・いい。

しっくりきた。

気がついていた、でも気がつかなかった。

それくらい何気ない行為だったのだ。

途中、幸子とか、めぐみちゃんとか、ケーキとか出てくるから、すっかりアレが、気になってたはずのあの行為が、脳裏の奥底に埋もれてしまっていた。

(直接問い正してみたかったな・・・)

そう思ったが、ま、名刺もらったし。

いつでも連絡は取れるだろう。

いつかきっと、絶対聞いてやる!

いろいろと、まだまだ五条氏には、たくさん言いたいことがある。

でも、とりあえずは、一息つこう。

このままだと家に帰れない。

そう思い、家に着くまで開けるなと言われた手土産を思わず開けてしまったのである。


金の、インゴットだった。

まさにこれは、金塊だ。

少し小さい?けど、まさに”金塊”だ!


おそらくは、まぎれもないあの、映画でしか見たことない、ちょっと小ぶりの。


(金のインゴットだとー!?)


心の中でそう叫んだ。

そして、また異様な思いが、その時、温泉を掘り当てたように吹き出しつつあった。

 

ナンダ、コレは・・・。

いや、待てよ?

もう一つあった。

 

五条傑は、会ってから別れるまで、ずっと座っていなかったか?

 

動いていたか?

 

いや、


じっとしていた。

 

五条氏は、ずっと、座ったままだった。

 


第3章 JITTO SITERU

~五条 傑(ごじょう・すぐる) 完~

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<続く>


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