昔、面白かった事が実際には、「不味い事」だった場合は結構、有る。
実はテレビゲームでのハイスコアを目指す感覚が、「いじめ」の様なそれだった、可能性も実は。
なんて、どうも世間に不穏が漂う中、「ロードオブロード」進捗ではある。
「ロードオブロード」第6回目
前回の状況
スコア80、要求64、借金最大ー36
1.領域パーツ選出
本日のダイス
白:3,4>7
黒:5,2>7
同値 振り直し
白:1,1>x
黒:6,4>10
黒10 6411
「要求」64+10=74。
123456
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パーツ
6411
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2.領域形成
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3.不足補填
成し。
4.報酬選定
不足補填なし、報酬査定、5。
スコア80+5=85
5.現在の結果
スコア85、要求74、借金最大ー40
報酬も多く、不足も無し、がしかし。
「また?」というそこに、 何かの異常事態を感じない事も無い。始まって既に、6回中4回も「同値振り直し」が出てる、状況での世間的対立、というかが深刻、という絵だろうか。今回ようやくか、自分的には期待する方向への変化、には成ったが。それでもまだ、世間との意向の衝突、それは重いのかも。
一度、「ゲームオーバー」になった後の、政府?の補填を利用しての再起動ではあり。状況は大分安穏とはしているが、マクロで見返すと、波乱と失念か失策、それを感じる現在でもある。結果的には今回の形成は非常にうまく行った?訳だが。それにしても報酬の少なさではある、だろうか。
ちょっと「表現」それが、ゲーム会社かアニメ制作、そういうのを見てる、感じはまあ、否めず。
「結果が出てからじゃないと、利益は得られない」のだ、制作中、それはほぼ無報酬である。それが10年かかろうと、だ。それでなくても、新規のレストランに客がほぼ来ない、みたいな話も結構ある現実。何かの達成が無ければ、「領土」は獲得できず、そこに来る人もほぼいない、そんな把握は果たして。
状況が変わっている、感じは、少しする。変化の内容的に、「自己責任で」それが要求できそうな、そんな感じは有って、ともかく「描いたのは誰?」が、明確にか問える、それは言えそう。”この”倫理観の中では、作中で何が描かれようと「作者の認識」に過ぎない、だから実際には何の問題ない、という言い方も出来る。そこにはちょっと可能性は思う、つまり「何を書いても良い」訳だ、責任さえ問えるなら。
”今まで”それが、何故か「非常に難しかった」というのはある。既に古い話になるが、テレビ朝日での玉川徹氏がデマを報じた時、彼は罰せられずにアシスタントの女性が謝罪した、という事態があったが、そんな感じではあり。つまり「貴様は人間の屑だ!」的に叩く結果、それが標的じゃなくて「その先の弱者」に向いていた、可能性は結構あった訳で、ゲームはそれを知らずにやっていたかもしれない訳だ、まさに「いじめ」その意識の様に。それを今やった時、それは玉川氏自身へ向いた、という変化は、ちょっとある。因果と経緯、内情については解らない、ただ結果だけで言うなら、「自己責任です」それは不意に、リアリティには成ってきている?
なら「独裁創作」それでも、売れていい、場合は不意にある、のでは。
どれだけ叩かれようと問題ない自己責任が問えるなら、それは否定される行為でもないし、問題にする何かでもない。
自分の状況では、そんなところに、少しの希望?それは見出しもする、しかし。
それは希望か?執着の返答としては適当なのか。ともかく。
「神」その存在の是非かもしれない。
今、”それ”に対して敬意を想う、それは言える。その、その時の意識が、事態を変える可能性はまあ、ある。
「自己責任です」
もちろん、神自身のした事に関しても、だ。