イスラエルを、重大に支援しているのはアメリカではある。
しかし、ならイスラエルはアメリカの言う事を聞くのか?というと、それは謎だ。
※「pixAI」にて、タイトルをプロンプトに入力して出力。
何がどうなってるのか、もう解らないというのが正直な所だろうか。
既にハマスの幹部は多く、ガザ地区外に出ている、という話もあるし。現場がコントロールできない、というのは良くある事態ではある。ハマス側の指導者が既に殺されてる、という報道もあるが真偽は定かではなく、それはもう、現場も同じかもしれない。降りてくる情報の真偽が解らない限り、既に自分の意思でしか行動できない、その時、彼らを止めるモノはどこに有るのか。
良くも悪くも人間、破綻を避ける為に、神を必要とはする訳だが。
たびたび語られる話、だ。「宗教は殺害を禁じている筈なのに、何故戦争が起きるの?」そう言う事かもしれない。「解らない」先にはそれが神か否かも解らない、訳だ。そこに信仰は届かない、有るのは自身の衝動のみ、という事には成ろうか。心神喪失、という言葉で考えるなら「気が狂っている」と言う、実はそう言う事ではある。何かのストレスで、現場は「発狂してしまった」訳だ。ともかく、現場へ過剰なストレスを与えたのは何か?ともかくそのストレスが緩和すれば、少しは彼らも我に返るのだろうか?
ともかく、「大賀さん」紛争解決機構、その決定に従えない時、彼らは”それ以上”の存在ではある。思想的にはそれは「神」を名乗るに等しくつまり、世の全ての問題、そう言う原理として名乗りを上げた事には成る訳だ。「現場が発狂しちゃったんですが」それに対しての責任を、反逆者、には向けていい事には成る。
「大衆」それが神であるなら、だ。
人間が考える事に、完璧は有るか?というそれは少し考えはする。0は完全で、±0は等価なプラスと等価なマイナスの狭間にある。0は唯一であるが故に「自身を観察する物」が無いと自身の存在を確認できない。その時、唯一か「他者」と言えるのが±0で、その消滅は自身の消失をも意味する為、それを否定し、その為なら少々の無理?も許容する。この狭間から世界は始まるのだ、が。それを(0±0)と表現し、「これが神」そう言う感覚は一応は、今も道理と共にはあるが。「解らない」それは、自分も最終的には解らない。
これ以上に真理を語る概念が無いか、或いはではある。今の「反逆者」はこの定理?に対して喧嘩を挑んでいるのだ。これを定理にする限り、「ある」存在はその時、等価なマイナスを抱えている、逆も真なりではあり。消滅は否定され発生は望まれるが、それが±0、「平等」等価、を害するのなら嫌悪される。その狭間で、存在する者は何とか生き残りを模索せねば成らない訳だが。反逆者はある日からか、その枷の先に進んでしまったのだ。
その視点では、そこに居る人々は全員発狂している、そうは言えるがしかし、「貴方は神を信じないのか?」言葉にするとそうなってしまうのが、ちょっとした断絶ではある。
神を失った人々は今、何によって動いているのだろう。
そこに至る過程とは。