先日、テレビで空海の特集を観た。空海はポジティブな言葉を非常に多く遺した一方で、こんな言葉も遺していた。
「哀しいかな 哀しいかな 哀しいかな 重ねて哀しいかな」
一番弟子が亡くなった時のことであった。
私はこのテレビを観て、空海のポジティブな面よりも、この言葉に強く惹き付けられた。もともと、私はいわゆる浪花節的な自分だけをかわいそうがっているような感じは好きではないのだが、というか、単純に楽しければいい、くらいの貧相な考えの持ち主だったが、この言葉を聞いた時に、ハッとすると同時に救われる想いがした。楽しくなるように頑張らなくっていいんだと。
人生とはなどと言うつもりはないが、みんな哀しみを抱えながら生きているのだと思う。それは赤ちゃんが泣きながら生を受けることに象徴されているような気がしてならない。そして、喜びや楽しさは、哀しいからより際立つ、というよりむしろ、もはや哀しみに内包されているものなのではないかと思う。
そう思った時に、この自分の哀しい哀しい哀しいどこまでも哀しい存在が赦せるようになった気がする。