みなさん、おはようございます。こんにちわ。こんばんわ。そんでは続きです。
6月15日は再び尿酸値測定の為の採血+酸性になってる尿の検査。
結果は上向きみたい。
「まだ異常値だけど、前より数値落ちてきました」って。
ボクにしてみれば、せっかくの食事が増えるチャンスを逃した(急激な減量で、肝障害が起こっているので、あまりにも数値が高かったら、食事減らすのをやめましょうってことだったの)から微妙な気持ち
で、16日。この頃からボクのプライマリーナースさん、
「明日は採血ないからだいじょぶですよ」って採血恐怖症のボクを楽しんでくれてたな~。
もう完全に打ち解けてゲームの話したり、お酒の話したり、プライベートな話したり、退屈凌ぎもできたし。
ちなみに、牛乳からヨーグルトorヤクルトに食事変更してもらえました。早く言えばよかった。
17日は平凡に過ぎました。
18日は、病院の開院記念日とかで、リハビリはお休み。お昼も超豪華
赤飯、お肉、メロン、紅白まんじゅうの紅い方(サイズは苺大福くらい)。
6月に入院してよかったな。って感じでした。次回も6月に入院しよう
次回っていつや??
ちなみに、この日はCPAPの副作用か、しゃっくりが止まりませんでした。
19日は、入院前から騒いでた腹痛対策で、(肝障害のせいで先生も理解したのかな)ビオズリーって薬が処方されました。
整腸剤らしいけど、即効性じゃなく遅効性の薬で効果実感したのは、
4日後くらいだったなぁ。
20日は何故かリハビリ1回だけ。でも他には何もなかったです。
21日は腹痛と下痢が凄かったなぁ(このせいでビオズリー信用できなかった)。ちなみに、入院後初めての院内探検(全棟全フロア)行きました。
看護婦さんの更衣室の階とか出ちゃって、一方通行で、すごい気まずかった。
誰にも会わずに帰って来れたけど。危うく変態扱いじゃ。
22日はまた体重が激減。あと、CPAPの実績を聞きました。
無呼吸指数(1時間に呼吸が何回止まるか)が、93.3から6.5くらいまで落ちたらしいの。
ま、これが5以上だと、睡眠時無呼吸の患者ってことになるんで、まだまだ全然ダメなんですが。でも、飛躍的な効果です。
ちなみにリハのエアロバイクも121kcalという新記録。頑張りました。
23日はまた新記録126kcal。どんどん体力ついてきてます。
ま、体重はなぜか前日と同じでしたが。
ちなみに、ようやく26日退院が決まりました。
でもでもでも・・・また翌日採血・・・。
担当の看護婦さんも不安そう。
「あの大変だった日以来なんで、自信ないんですよ」って。
ボクも泣かない自信がないです・・・・。心の中で呟きました。
でもって、24日。
採血のヒット率は2/3。
でも、まだ適量採れてないとかで、先輩ナースと交替宣言。
「うぅぅ・・ヒーンヒーン」って泣き声聞いちゃうと、
「痛いね・・・」って抜いちゃうのよねー。
ボクに言わせると彼女は優しすぎるキライが・・。
で、2時間後、一番上の看護師とやらが登場。でもへたくそで。
ヒット率は2/4。1本ダメになったとかで、また食事の後採血に来たし。
あんだよ!!それ!!!!
って、どうせ誰がとっても同じなら最後までしてほしかったな。
ちなみに、その日は最後の体調不良日。
午前中のリハビリ後、歩けないほど目が回って車椅子で送ってもらったの。
初めて乗ったけど、頭がフワフワした感じで気持ち悪かったです。
お昼食べて少し元気なったので、午後リハビリ復帰。でも、7分半くらいで、
「調子は大丈夫ですか?」って聞かれて
「結構しんどいです」って答えたら、
「あんまり無理してやるもんじゃないので」ってそこで終了。
もうじき退院だから、頑張りたかったんだけど、無理でした。
そして、めまい止め「セファドール」と激しいめまい止め(鎮静剤)「リーゼ」が処方されました。
リーゼってのは、副作用で意識を失うらしいので、看護師に断ってから飲むようにとのことでした。そかそか。
25日はまた体重激減。絶対、血抜きすぎや!!(昨日の貧血も)
夜は△さん。彼女は厳しい(自分じゃ生意気って言ってた)けど、
体調悪いときや、落ち込んでるときはすごい親切でした。いわゆるツンデレかも。
一番やりやすいのは、優しくて面倒見もいい□さんだったけど、
公休だから、それなら△さんがいいなって思ってたらそうでした。
よかったよかった。退院前日ってことで、時間決めたり、
退院後のことをいろいろ約束させられました。
「退院してもやっていけそうですか?すっごい不安ですよ、わたし」って言われたし。
うは、信用ねーなぁ。ま、ボクも自信ないですがね。
で、退院の日・・・。
担当は、やっぱり□さん。最後を看取って貰って嬉しいぜ。みたいな。
朝から、車を移動したり、荷物運び出したり、めちゃくちゃせわしない日でした。しかも、夕べ11時に設定しちゃったから。大変。
「忘れ物ないですか?」
「だいじょぶです」
「何か不安なことありますか?」
「帰ってからが不安です」
「あぁ。ですよねー。でも、ここまで頑張ってこれたんだから大丈夫ですよ」
泣かせること言ってくれるわい。ちなみに、親父が来てたけど、
「何か気をつけることはありませんか?」
「それは、もう本人に、入院中いろいろ話してあるんで」
って(あんたに関係ない的)返し、ちょっと格好良かった。
「じゃ、また11時ちょっと前に来ますね」
って、いなくなったら、とうとう11時過ぎても来なかったんで、
精算済ませて11時からCPAPの説明あったので、行っちゃいました。
挨拶だけして帰ろうと5階に戻ったら、もうベッドがなくて・・・。
ナースコールするのも可哀想だと思ってそのまま立ち去ることにしました。
でも、仕事とはいえ、今まで親切にしてもらったので、2時間か3時間は、
憂鬱だったよぉ。あぁ、お礼くらい言ってくるんだったって。
ま、結局は、翌日会えたのでOKでしたが。
ちなみに、思い出深いから肩を持つ訳じゃないけど、
□さんと△さん新人コンビが1番喋ってくれて看病もしてくれて、
仕事も真剣にやってた気がします。かたや、優しいけど奥に情熱を持つタイプ、
かたや、厳しいけど優しさを隠し持つタイプみたいな名コンビでした。
ま、別に特別な思いはないし(誤解せんで)、
変な看護婦さん就かなくてよかったなっていうだけの話ですが。
でも呼吸器内科の全部の看護師さんと接するとやっぱり、
この人がいい、この人はイヤだって出てくるもんですね。
先輩ナースなんか、夜、人工呼吸器装着に立ち会わないし、
リハビリの時間教えないし、体温測りに来ないしダメダメでしたよー。
ま、みんな優しかったけど。仕事でもあれは、凄いと思う。
ボクなんかその日イヤなことあったら、お得意様の前でもツンツンしてるのに
こうして、ながいながい入院生活が終わりました。
翌日は、また体重激減。結局27日で13㌔でした。
ちなみに、リハビリがなくなっちゃったので、土日とも、
近くのサイクリングロードを1往復しています。
でも、下り坂あるから運動量少ないんだよなー。
明日またリハビリ頼んでみよっかなー?
6月15日は再び尿酸値測定の為の採血+酸性になってる尿の検査。
結果は上向きみたい。
「まだ異常値だけど、前より数値落ちてきました」って。
ボクにしてみれば、せっかくの食事が増えるチャンスを逃した(急激な減量で、肝障害が起こっているので、あまりにも数値が高かったら、食事減らすのをやめましょうってことだったの)から微妙な気持ち
で、16日。この頃からボクのプライマリーナースさん、
「明日は採血ないからだいじょぶですよ」って採血恐怖症のボクを楽しんでくれてたな~。
もう完全に打ち解けてゲームの話したり、お酒の話したり、プライベートな話したり、退屈凌ぎもできたし。
ちなみに、牛乳からヨーグルトorヤクルトに食事変更してもらえました。早く言えばよかった。
17日は平凡に過ぎました。
18日は、病院の開院記念日とかで、リハビリはお休み。お昼も超豪華
赤飯、お肉、メロン、紅白まんじゅうの紅い方(サイズは苺大福くらい)。
6月に入院してよかったな。って感じでした。次回も6月に入院しよう
次回っていつや??
ちなみに、この日はCPAPの副作用か、しゃっくりが止まりませんでした。
19日は、入院前から騒いでた腹痛対策で、(肝障害のせいで先生も理解したのかな)ビオズリーって薬が処方されました。
整腸剤らしいけど、即効性じゃなく遅効性の薬で効果実感したのは、
4日後くらいだったなぁ。
20日は何故かリハビリ1回だけ。でも他には何もなかったです。
21日は腹痛と下痢が凄かったなぁ(このせいでビオズリー信用できなかった)。ちなみに、入院後初めての院内探検(全棟全フロア)行きました。
看護婦さんの更衣室の階とか出ちゃって、一方通行で、すごい気まずかった。
誰にも会わずに帰って来れたけど。危うく変態扱いじゃ。
22日はまた体重が激減。あと、CPAPの実績を聞きました。
無呼吸指数(1時間に呼吸が何回止まるか)が、93.3から6.5くらいまで落ちたらしいの。
ま、これが5以上だと、睡眠時無呼吸の患者ってことになるんで、まだまだ全然ダメなんですが。でも、飛躍的な効果です。
ちなみにリハのエアロバイクも121kcalという新記録。頑張りました。
23日はまた新記録126kcal。どんどん体力ついてきてます。
ま、体重はなぜか前日と同じでしたが。
ちなみに、ようやく26日退院が決まりました。
でもでもでも・・・また翌日採血・・・。
担当の看護婦さんも不安そう。
「あの大変だった日以来なんで、自信ないんですよ」って。
ボクも泣かない自信がないです・・・・。心の中で呟きました。
でもって、24日。
採血のヒット率は2/3。
でも、まだ適量採れてないとかで、先輩ナースと交替宣言。
「うぅぅ・・ヒーンヒーン」って泣き声聞いちゃうと、
「痛いね・・・」って抜いちゃうのよねー。
ボクに言わせると彼女は優しすぎるキライが・・。
で、2時間後、一番上の看護師とやらが登場。でもへたくそで。
ヒット率は2/4。1本ダメになったとかで、また食事の後採血に来たし。
あんだよ!!それ!!!!
って、どうせ誰がとっても同じなら最後までしてほしかったな。
ちなみに、その日は最後の体調不良日。
午前中のリハビリ後、歩けないほど目が回って車椅子で送ってもらったの。
初めて乗ったけど、頭がフワフワした感じで気持ち悪かったです。
お昼食べて少し元気なったので、午後リハビリ復帰。でも、7分半くらいで、
「調子は大丈夫ですか?」って聞かれて
「結構しんどいです」って答えたら、
「あんまり無理してやるもんじゃないので」ってそこで終了。
もうじき退院だから、頑張りたかったんだけど、無理でした。
そして、めまい止め「セファドール」と激しいめまい止め(鎮静剤)「リーゼ」が処方されました。
リーゼってのは、副作用で意識を失うらしいので、看護師に断ってから飲むようにとのことでした。そかそか。
25日はまた体重激減。絶対、血抜きすぎや!!(昨日の貧血も)
夜は△さん。彼女は厳しい(自分じゃ生意気って言ってた)けど、
体調悪いときや、落ち込んでるときはすごい親切でした。いわゆるツンデレかも。
一番やりやすいのは、優しくて面倒見もいい□さんだったけど、
公休だから、それなら△さんがいいなって思ってたらそうでした。
よかったよかった。退院前日ってことで、時間決めたり、
退院後のことをいろいろ約束させられました。
「退院してもやっていけそうですか?すっごい不安ですよ、わたし」って言われたし。
うは、信用ねーなぁ。ま、ボクも自信ないですがね。
で、退院の日・・・。
担当は、やっぱり□さん。最後を看取って貰って嬉しいぜ。みたいな。
朝から、車を移動したり、荷物運び出したり、めちゃくちゃせわしない日でした。しかも、夕べ11時に設定しちゃったから。大変。
「忘れ物ないですか?」
「だいじょぶです」
「何か不安なことありますか?」
「帰ってからが不安です」
「あぁ。ですよねー。でも、ここまで頑張ってこれたんだから大丈夫ですよ」
泣かせること言ってくれるわい。ちなみに、親父が来てたけど、
「何か気をつけることはありませんか?」
「それは、もう本人に、入院中いろいろ話してあるんで」
って(あんたに関係ない的)返し、ちょっと格好良かった。
「じゃ、また11時ちょっと前に来ますね」
って、いなくなったら、とうとう11時過ぎても来なかったんで、
精算済ませて11時からCPAPの説明あったので、行っちゃいました。
挨拶だけして帰ろうと5階に戻ったら、もうベッドがなくて・・・。
ナースコールするのも可哀想だと思ってそのまま立ち去ることにしました。
でも、仕事とはいえ、今まで親切にしてもらったので、2時間か3時間は、
憂鬱だったよぉ。あぁ、お礼くらい言ってくるんだったって。
ま、結局は、翌日会えたのでOKでしたが。
ちなみに、思い出深いから肩を持つ訳じゃないけど、
□さんと△さん新人コンビが1番喋ってくれて看病もしてくれて、
仕事も真剣にやってた気がします。かたや、優しいけど奥に情熱を持つタイプ、
かたや、厳しいけど優しさを隠し持つタイプみたいな名コンビでした。
ま、別に特別な思いはないし(誤解せんで)、
変な看護婦さん就かなくてよかったなっていうだけの話ですが。
でも呼吸器内科の全部の看護師さんと接するとやっぱり、
この人がいい、この人はイヤだって出てくるもんですね。
先輩ナースなんか、夜、人工呼吸器装着に立ち会わないし、
リハビリの時間教えないし、体温測りに来ないしダメダメでしたよー。
ま、みんな優しかったけど。仕事でもあれは、凄いと思う。
ボクなんかその日イヤなことあったら、お得意様の前でもツンツンしてるのに
こうして、ながいながい入院生活が終わりました。
翌日は、また体重激減。結局27日で13㌔でした。
ちなみに、リハビリがなくなっちゃったので、土日とも、
近くのサイクリングロードを1往復しています。
でも、下り坂あるから運動量少ないんだよなー。
明日またリハビリ頼んでみよっかなー?
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