天使mackyのAll My Loving

天使(時々、悪魔?!)の心で
感じたことを感じたままに・・・

森に帰ろう。

2009-10-22 | Message
旅が終わっても「なんで二度も屋久島に呼ばれたん
だろう?」の答えが出ないままずっと考えてました


夏目漱石著『草枕』より

“山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。

智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)
させば流される。意地を通せば窮屈(きゅうくつ)だ。
とかくに人の世は住みにくい。“

そんな気分でした 屋久島に行く前は・・・そして
mackyは森を歩きながら、こう思った。

「自分に正直に生きたいな」と・・・“越す事のならぬ
世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、
寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命を、束の間
でも住みよくせねばならぬ”のだったら自分の心に
嘘はつきたくないよ、やっぱり誤魔化しちゃダメ

この住みにくい人の世を作ったのも人であるならば、
住みやすい世を作れるのも人しかいないはずなのだ。
それが詩人や画家じゃなくても人の世を長閑(のどか)
にし、人の心を豊かにすることができると信じたい。


そっか


住みにくい人の世にいるからこそ「自分に正直に生き
てゆきなさい」ってことでいいのかな いいんだよ
今はそう思うことにします(じゃないとまた次の一歩が
踏み出せなくなりそうだから)


でもまたそれがしんどくなったり、住みにくい人の世
に疲れちゃったら森に帰ろう、帰ればいいじゃんって
(また屋久島に行っちゃえってことではなくその時の
”心地よい感覚”に戻ればいいって意味ね)思ったら
気持ちがすっと楽になりました



その”心地よい感覚”を思い出させる(また焼きつける)
ために二度も呼んでもらえたのかな
昨日「屋久島の思ひ出」を描いてみてそう感じました


“住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、
画(え)が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの
人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す
国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は
人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所を
どれほどか、寛容(くつろげ)て、束(つか)の間(ま)の命
を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命
が降(くだ)る。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の
心を豊かにするが故(ゆえ)に尊(たっ)とい。”


いつか自分も”人の世を長閑(のどか)にし、人の心を
豊かにするが故(ゆえ)に尊(たっ)とい”って思われる
ような「天使」になれたらいいなぁと思います


芸術の士にはほど遠いけどね
(マイルームのトイレをご覧いただければわかるかと

屋久島の思ひ出

2009-10-22 | Traveling
昨日は半年振りにパステルアートをやりました

絵を描く前に部屋をプラネタリウムみたいにして
呼吸を整えリラックスしてから自分の内面に向い
ました。「感覚」に任せて描くパステルアートは
自分でもどういう仕上がりになるかわかりません
(あんまり考えて描いちゃうと面白くないです。)

昨日は壁に映し出されたプラネタリウムがまさに
屋久島で見た満天の星空みたいだったので自然
と「屋久島の思ひ出」がテーマになってました

でき上がった4枚の絵のタイトルは・・・
(mackyは描き終えてからタイトルを決めてます。)

「月あかり」
→縄文杉の森で木々の間から見えた月を思い出
しながら描いてみました

「おしゃべりな苔」
→白谷雲水峡の苔たちが生き生きと話しかけて
くる感じを思い出しながら描いてみました。
 

「キャンプファイヤー」
→実際はBBQなんだけどキャンプファイヤーした
みたいな思い出になってるようです
(タイトルが「BBQ」よりもしっくりときました。)

「君に逢いたくて・・・」
→結局、逢いに来てくれなかった木霊(妄想)
を描いてみました。


いつも通り4枚ともトイレの壁に飾りました
また少し時間をおいて見ると同じ絵でも感じ方が
変わったり変わらなかったりして面白いです