うつになって数ヶ月、寝たきりの日々を過ごした後、抗不安薬を飲まなければ外出ができなくなっていた。
世間的にはコロナの緊急事態宣言と重なり通常の場合でも対面でのコミュニケーションは制限されていたのであまり印象には残っていない。
半年ぶりに一人で病院に行った時のことを今でも覚えている。バスに乗れなくなっていた。
なぜにこんなことになったのか。今になって振り返っている。以下、わたしの見解です。
・人目を感じる
・「外」=「重さ」=「生きづらい」=「怖い」
・「なんで外に出れないの?」という質問、わたしにとっては、「何で呼吸しているの?」と同等の重みのある質問であった。
・言葉では説明できない倦怠感。
・「出なければならない」で疲れる。「出てみる」で踏ん張れる。「見つけに行く」で自然に出られた。
見つけに行くは、わたしにとっては自然観察で、自然観察指導員と長野県自然保護レンジャーにもなった。好きを追求した。
粘菌に誘われて福井県へ。
麹菌に誘われて茨城県へ。
チーズに誘われて千葉県へ。
古生物学に誘われて千葉県へ。
魚に誘われて北海道へ。
休職前より人の輪が拡がった。
人それぞれの「見つけに行く」を知ることが外に出られるキッカケになるのかなぁ?
疑問はまだまだある。
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