☆本記事は、Youtubeチャンネル『本の林 honnohayashi』に投稿された動画を紹介するものです。
ご興味を持たれた方は是非、動画の方もチェックしてみて下さいね!
●本日のコトノハ●
余計なものは何一つ持っていかない。できるだけ少ないものですます。
どんなに少ない持ち物で生きていけるか、旅はそれを試す場である。
必ず持っていったものが二つあった。時間表と地図である。
牧水には旅人というより漂泊者のイメージがあり、気ままなさすらいの途上に歌を詠んだとされている。
自分でもそんなふうに語り、さすらいを歌に託した。しかし、紀行文がこの上なく率直に告げている。
「そう言ってる間にいよいよ上州行に心が決って汽車の時間表を黒い布の合財袋から取り出した。」(「山上湖へ」)
旅の名人はあてもなくとび出したりしないのだ。旅程がはっきり頭にあってこそ気ままな漂泊ができる。
『新編 みなかみ紀行』若山牧水(著)池内紀(編)(2002)岩波書店より
一人旅が好きです。と言っても、一人で旅行に行っていたのは今より20年若く、体力があって、気持ちに余裕があった頃の話ですが。
30歳頃から、体調不良に悩まされるようになって、漢方外来に通院したり、食生活を見直したり、身体のツボ押しをしてみたりと、身体のメンテナンスに生活のほとんどを費やさなければならなくなったので、旅行どころではなくなりました。
一人でふらっと出かけて、ビジネスホテルの一室で家族に気兼ねなく一晩過ごすのは、ちょっとした非日常を味わえるので好きです。
最近は大浴場があるビジネスホテルも増えましたし、朝食バイキングが充実しているところもあるので、そんなに散財しなくても息抜きができます。
素泊まりならば、価格も安く抑えられますし、駅から近い場所なら歩くのも運動にもなります。
たいていは、無料の駐車場があるので車で行くこともできますが、知らない土地だと私は運転するのが不安なので、車を使わずに行けるかどうか、またどうしても車で行かなければならない時は、インターネットの地図ではなく、冊子状のロードマップをじっくり見て、曲がる交差点の名前やお店や建物などの目印をメモに書き出したりします。
随分面倒くさいと思われるかもしれません。しかし、これらは旅先で面倒事に遭わないようにする、私なりの事前対策なのです。
もちろん、そんなことをしなくても無事に行って帰って来られることもあるでしょう。
旅のスタイルも人それぞれですが、たまたまやって来た電車に飛び乗って、行けるところまで行くというのは無謀な「冒険」であり、「旅」とは呼ばないのです。
牧水が旅に出かける時に必ず持って行ったのは、列車の時刻表と地図だったそうですが、今はどちらもスマホさえあれば調べることができます。
ただ地図の場合、広範囲で見たり、狭い範囲を詳しく見たりといった操作がスムーズにできないことがあるので、私はやはり紙の地図の方が便利だと思ってしまいます。
たまたま休みがとれそうな時に思い立って、泊まれそうなホテルをインターネットの予約サイトで検索し、場所や宿泊費をチェックして、食事はどうしようとか、せっかくだからいつもは行かないショッピングモールに寄ってみようかとか、いろいろ考えるのが楽しいのです。
あれこれ考えておいて、実際は旅行をしないなんてことも珍しくありません。
計画を立てるのが目的で、行動することは面倒なのかもしれません。旅は旅で疲れもします。
最近では、Youtubeなどの動画で旅行関係のものを見たり、行きたい場所の食べ歩き動画を見て、「行った気分」を味わうことで満足してしまいます。
紀行文など、旅に関する文学作品を読むのも好きです。
在原業平の都落ちのエピソード、紀貫之の土佐日記、西行や吉田兼好、種田山頭火など、私が心動かされるのは各地を放浪しながら生きた人です。(唯一、松尾芭蕉の「奥の細道」だけは好きになれないのですが…)
私がドイツという国の文化や歴史を魅力的だと思う理由の一つは、この国には遍歴職人の伝統があるからかもしれません。
各地を放浪するといっても、彼らは決して目的なく徘徊しているのではなく、一人前の親方になるためにしっかり計画をし、準備を整えた上でさすらっているのです。
行き当たりばったりでは、立派な職人にはなれません。「自由気ままな旅を安全に楽しみたいのならば、事前の準備をしっかりすること」
時代や国を越えて、語り継ぎたい教訓です。
ヒトコトリのコトノハ vol.64
ご興味を持たれた方は是非、動画の方もチェックしてみて下さいね!
●本日のコトノハ●
余計なものは何一つ持っていかない。できるだけ少ないものですます。
どんなに少ない持ち物で生きていけるか、旅はそれを試す場である。
必ず持っていったものが二つあった。時間表と地図である。
牧水には旅人というより漂泊者のイメージがあり、気ままなさすらいの途上に歌を詠んだとされている。
自分でもそんなふうに語り、さすらいを歌に託した。しかし、紀行文がこの上なく率直に告げている。
「そう言ってる間にいよいよ上州行に心が決って汽車の時間表を黒い布の合財袋から取り出した。」(「山上湖へ」)
旅の名人はあてもなくとび出したりしないのだ。旅程がはっきり頭にあってこそ気ままな漂泊ができる。
『新編 みなかみ紀行』若山牧水(著)池内紀(編)(2002)岩波書店より
一人旅が好きです。と言っても、一人で旅行に行っていたのは今より20年若く、体力があって、気持ちに余裕があった頃の話ですが。
30歳頃から、体調不良に悩まされるようになって、漢方外来に通院したり、食生活を見直したり、身体のツボ押しをしてみたりと、身体のメンテナンスに生活のほとんどを費やさなければならなくなったので、旅行どころではなくなりました。
一人でふらっと出かけて、ビジネスホテルの一室で家族に気兼ねなく一晩過ごすのは、ちょっとした非日常を味わえるので好きです。
最近は大浴場があるビジネスホテルも増えましたし、朝食バイキングが充実しているところもあるので、そんなに散財しなくても息抜きができます。
素泊まりならば、価格も安く抑えられますし、駅から近い場所なら歩くのも運動にもなります。
たいていは、無料の駐車場があるので車で行くこともできますが、知らない土地だと私は運転するのが不安なので、車を使わずに行けるかどうか、またどうしても車で行かなければならない時は、インターネットの地図ではなく、冊子状のロードマップをじっくり見て、曲がる交差点の名前やお店や建物などの目印をメモに書き出したりします。
随分面倒くさいと思われるかもしれません。しかし、これらは旅先で面倒事に遭わないようにする、私なりの事前対策なのです。
もちろん、そんなことをしなくても無事に行って帰って来られることもあるでしょう。
旅のスタイルも人それぞれですが、たまたまやって来た電車に飛び乗って、行けるところまで行くというのは無謀な「冒険」であり、「旅」とは呼ばないのです。
牧水が旅に出かける時に必ず持って行ったのは、列車の時刻表と地図だったそうですが、今はどちらもスマホさえあれば調べることができます。
ただ地図の場合、広範囲で見たり、狭い範囲を詳しく見たりといった操作がスムーズにできないことがあるので、私はやはり紙の地図の方が便利だと思ってしまいます。
たまたま休みがとれそうな時に思い立って、泊まれそうなホテルをインターネットの予約サイトで検索し、場所や宿泊費をチェックして、食事はどうしようとか、せっかくだからいつもは行かないショッピングモールに寄ってみようかとか、いろいろ考えるのが楽しいのです。
あれこれ考えておいて、実際は旅行をしないなんてことも珍しくありません。
計画を立てるのが目的で、行動することは面倒なのかもしれません。旅は旅で疲れもします。
最近では、Youtubeなどの動画で旅行関係のものを見たり、行きたい場所の食べ歩き動画を見て、「行った気分」を味わうことで満足してしまいます。
紀行文など、旅に関する文学作品を読むのも好きです。
在原業平の都落ちのエピソード、紀貫之の土佐日記、西行や吉田兼好、種田山頭火など、私が心動かされるのは各地を放浪しながら生きた人です。(唯一、松尾芭蕉の「奥の細道」だけは好きになれないのですが…)
私がドイツという国の文化や歴史を魅力的だと思う理由の一つは、この国には遍歴職人の伝統があるからかもしれません。
各地を放浪するといっても、彼らは決して目的なく徘徊しているのではなく、一人前の親方になるためにしっかり計画をし、準備を整えた上でさすらっているのです。
行き当たりばったりでは、立派な職人にはなれません。「自由気ままな旅を安全に楽しみたいのならば、事前の準備をしっかりすること」
時代や国を越えて、語り継ぎたい教訓です。
ヒトコトリのコトノハ vol.64
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