エクレアのあのねのね

大と為せば、以って大と為すに足らず

















なページ

もう見るのが・・・

2009年07月18日 15時00分05秒 | ガーデニングの10
夏ですね。
今日は土用の丑でしたっけ。今月は2回あるそうな。

卵は錦糸玉子に、きゅうりは千切り、生食用の玉ねぎに青じそはみじん切り。

そして、そうめんは当然「揖保の糸」。

うちの家は「揖保の糸」以外はそうめんと認めていません。
「揖保の糸」はそれぐらい美味しいそうめんです。揖保の糸であれば赤帯のものでも十分美味しくいただけます。
生食用の玉ねぎは頂き物ですが他の野菜は庭で採れますので安上がりで美味しい昼食メニューです。

今日のお題「もう見るのが・・・」
って事はままあります。

たとえばテレビ。ワイドショーは勿論のこと、ドラマやお笑いまでも「もう見るのが嫌になる」なんてことは珍しくもなくなった最近。

子供の頃に父親が倒れて本家に預けられていた事がありました。
本家は兼業農家でしたので、夏野菜の出荷を手伝わされました。

他人様の子供だから怪我のないように大事に預かるなんて事はありません。
「働かざるもの食うべからず」
は鉄則です。

居候させてやってんだから家事の手伝いは当然。学校から帰ってきて勉強やれば後は手伝い。それが終わってようやく自由時間。それが居候。
年がひとつ上の本家のボンボンは手伝いもせず、自分の部屋で漫画を読んでます。
これが社会。子供の頃から社会の厳しさを肌で味わってましたな。

ピーマンにナスの袋詰め作業は女子供の仕事であり、出荷できない型崩れやサイズが合わないものは毎日の食卓に並ぶわけです。

毎日ピーマンの香りでウェッってなるのにそれが食卓に並ぶのですからたまったもんではありません。
ピーマンもナスももう見たくないって何度も思いました。

ガーデニングやっていても普通に作り過ぎになります。もう見たくないって思うことはしばしば。
キュウリもトマトも見たくない日がありますが、基本的に毎日の食卓に上ります。

あの頃から三十数年経っていますが子供の頃と何にも変わっていません。

夏と野菜はワンペアなのです。

そして桃。
昨日傷んだ桃を買い物用のレジ袋の底が抜けるほど拾ったのですが、今日の朝も笑うほど拾いました。
後数週間はこの桃拾いが続くのです。

「もう見たくありません・・・」

と思うことしばしですが、完熟の桃はこれからが本番です。


今日落ちていた桃です。14個。
これは綺麗な分だけです。当分こんな感じで落ちてきます。


落ちた桃は食べられないわけではありません。
虫が一部を食っていたりするだけなので痛んだところだけ取り除いて食べたり、青いものでも中身は十分に甘くなっていますので追熟してから食べます。


このあたりの桃は袋かけしていて中で落ちていたもの。
白糖ならでは美味しさです。上品な味と食感は最高です。

うちの桃を食べると最後の晩餐は「桃」でいいやっていつも思います。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。