昨年12月、政府が発表した「エネルギー基本計画」の原案から「可能な限り原発依存度を低減する」との文言を削り、今後は原発を「最大限活用する」としました。
このニュースを聞いてとてもショックを受け、そしてとても驚いています。
2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。
そして、東京電力福島第一原発が水素爆発を起こし放射能を撒き散らしました。
停電で電源をを失った建屋から上る煙がテレビで長時間流れました。
爆発が起こった瞬間「爆発的事象」という言葉が耳に残っています。
※電気を作る所、発電所が停電することを知らなかった自分
周辺は今も帰還困難地域になっています。
2017年2月、私たちは事故を起こした福島原発とその周辺市町村をバスツアーという形で見てきました。
当時、発生から5年以上経過したにもかかわらず、「バスの窓を開けてはいけない」とか、「限られた場所以外を歩いてはいけない」などの制限を受けました。
街並みは、地震の影響を受けたものの、倒壊した家屋があまり見られなかったことを覚えています。ただ、5年以上経過しているため、草木が生い茂っていることや、人影がほとんどなかったことです。
大型ショッピングセンターやパチンコ店、全国チエーン店の洋服の〇〇、新築アパートと敷地内に並ぶ車等々、今にもひょっこり人が出てきそうな、そんな風景が車窓から次々流れていきます。
日々の暮らしが一瞬にして奪われてしまったことを感じました。
そこには普段の暮らしはなく、ただただ、ひっきりなしに行き来する大型ダンプカーや工事車両が目につきました。
2025年3月、随分と長い年月が過ぎました。
この間も、大きな地震が日本列島のあちらこちらで発生しています。
記憶に新しい、能登半島で起きた地震の影響は今も続いています。
青森県は原発関連の施設が集中しています。
下北半島「大間原発」「東通原発」「むつ中間貯蔵施設」そして「六ヶ所再処理工場」。
近年、運転停止中だった原発が再稼働したり稼働の動きが活発になっています。
なぜ原発が必要なのでしょうか?
とても不思議でなりません。
※画像は全て2017年2月撮影