今回は、1冊のベストセラーから「働く立場」の劣化の切っ掛けを読み解きます。
*「昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実」牧 久著、講談社、2017年刊
著者は元日経の記者で、国鉄記者クラブ常駐の経験と、徹底した調査を基にして、この本を著わした。
当時、ベストセラー、受賞、アマゾンで高評価。
これは国鉄民営化関連で、最もインパクトのある本でしょう。
中曽根首相、土光臨調、国鉄の改革派が中心となって自民党や官僚、経済界を巻き込み、堕落した国鉄労組を相手に、如何に困難な大改革をやり遂げたかが語られている。
政界と国鉄、労組の駆け引きを描く筆致は素晴らしい。
* だが気になる点が幾つかある。
それは、労組が追い込まれた背景、自民党に食い物にされた結果の国鉄大赤字、欧米に比べ非常に不利な労働組合法、サッチャーとレーガンの新自由主義が欧米で吹き荒れた時代背景が、ほとんど描かれていないことです。
* 民営化の発端は国鉄の膨大な赤字だが、あまり書かれていないので要約します。
1975年度の国鉄予算は約2兆円、赤字0.3兆円でしたが、実は毎年0.7兆円以上の鉄道建設を行い、その累積債務の返済が年0.4兆円だった。注1
国は援助せず、鉄道建設はさらに膨張したので、累積赤字が膨大にならざるを得なかった。
鉄道建設は自民党が利権がらみで決め、国鉄に関与させなかった。
しかし国鉄職員は勝手に決められた建設費の返済に明け暮れ、それでも赤字だった事になる。
* もう一つの秘密、日本独自の特別会計(裏の別予算)があります。一
2000年度の名目GDPは505兆円、一般予算75兆円に対して、特別会計(重複を除く)は2.3倍の175兆円でした。
特別会計はガソリン税や年金積立金等が、様々な特殊法人や公益法人、何々機構(スーパー林道)に融通され、そこで膨大な人が働き、自民党の最大利権、票田、官僚の天下り先となっている。
これらは独占状態なので収支が合わなければ、個別に空港橋通行料等の値上げが行われて、辻褄が合うシステムになっている。
この事は、ある疑問を生む。
腐敗と無駄は国鉄以外にも膨大だが、必需である国鉄を、独立採算に仕立て、恣意的に赤字に追い込み、民営化・分社化の最初の標的にしたように思える。
* 真の狙い
中曽根自身が「天地有情」で述べている。
「・・・国鉄の分割・民営化によって、国労が分解して、総評が分解した。・・・社会党の生存基盤を奪った。五五年体制の崩壊の兆しは、やはり国労の崩壊じゃないですか。国労が崩壊すれば総評も崩壊するということを、明確に意識してやったのです」
日本の組合と労働者政党(社会党)の弱体化が意図されており、政財界共通の願いであった。
当時の英米では新自由主義が勃興し、労働組合い潰しが猛烈に進み、またビジネス界では分社化が流行りだった。
現在では当然だが、企業は統合して巨大化する方がメリットが多いと考える(独占の問題がある)。
* さらに読者が考慮すべきことがある。
著者は日本経済新聞からテレビ大阪会長を経ているが、これらの会社の大株主は読売新聞です。
読売新聞を取り仕切っていたのはメディアのドンであり、政界のフィクサーである渡辺恒雄です。
独裁で鳴らした渡辺氏は、自身の告白記で、政界で最も中曽根を指導して来たのは自分だと述べている。
この渡辺の名前が中曽根主導の国鉄改革に一度も出てこない、実に不思議です。
* 結局、日英米の保守党政府(自民党、保守党、共和党)・財界・マスコミによる大きなを濁流が各国の「働く立場」を押し潰したと言えそうです。
最大の労働組合が潰れ、労働者政党は打撃を受けたが、最も深刻なのは、「働く人」自身が、「働く立場」を見失い、共同(団結)する事を忌避するようになった事です。
この後、日本と欧米で組合潰しが露骨になり、組合活動は下火になって行きました。
これが今世紀に至る悲劇だと、私は思うのですが。
「問題の一面を鋭く指摘しています」注2
次回に続きます。
注1:本当は国鉄解体直前1986年の予算を見たかったのですが、2000年しか見つからなかった。二つの年度の差は14年間で、その間の物価上昇率は18%でしたので、予算の実態はかけ離れたものではなかったはずです。
注2: 確かに、莫大な巨額利益を生み、赤字を補填するはずだった不動産処理は、物価高騰を避ける名目で低く押さえられ、大手に売却されていった。マンガの亀井委員長は、国鉄民営化時、中曽根政権の運輸政務次官であった亀井静香です。これも自民党族議員が公共投資の裏で、これまでよくやって来た手法でした。