<提供STR様>
西暦20X1年4月――
日本の女子プロレス界は、新たなうねりの中に飲み込まれつつあった。
――それは自然の流れ?
――あるいは何者かの意志?
そんな大きな渦とは関係なく……
それぞれの想いを胸に、それぞれのやりかたでプロレス界という荒波に飛び込んだ少女たち。
彼女たちの行方はいかに――
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■ワールド女子プロレス SIDE■
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◇◆◇ 1 ◇◆◇
――『週刊ギブアップ』です。本日はよろしくお願いします。
神楽紫苑 はいどうも。どうでもいいけど、相変わらず縁起でもない名前ね。
――……。さて、チャンピオンになって半年ですが、何か変わったことは。
神楽 そうねぇ~、なんだかんだで名前は売れてきたかも。たまにはテレビにも出られるし。
――なるほど。知名度が上がってきた、と。その割に、『一兆円トーナメント』(※1)への招待状は届かなかった模様ですが……
神楽の付き人 あぁ? てめぇ、神楽さんディスってんのか!
――ひいっ!? い、いえ、そんなことは決して。
神楽 まぁまぁ。ごめんなさいね~、この子ちょっと気が荒いのよね。言葉遣いに気をつけないと、ダブルアームスープレックスかけられちゃうかもよ。
――き、気をつけます。
※1 一兆円トーナメント=JWIがブチ上げた企画。各プロレス団体のエース選手に招待状を送りつけ、優勝を争わせようというもの。その賞金が一兆円だといわれる。
神楽 まぁ、ホントに一兆円くれるなら、出てもいいんだけどなぁ~。これってマジなの?
――さ、さぁ。でも、市ヶ谷グループの力なら、不可能ではないかと。
神楽 へぇ~、景気いいのねぇ。ウチにもそういう太っ腹なスポンサーついてくれないかしら。
――え~、話を変えまして……同時期に、東京女子が【GPWWA】(※2)の設立を提案していますが、これについてはどうお考えで?
神楽の付き人 東京女子……ッ。
――な、何かっ?
神楽 あぁ、気にしないで。この子、東女にはいい思い出ないらしいのよね~。で、なんだっけ?
――じ、【GPWWA】についてですが。
※2 【GPWWA】=女子プロレス界における統一コミッション。
神楽 あ~、あんまり良く知らないのよね~。な~んか、会社の方は乗り気みたいだけど。
――これが設立されたら、タイトルやルールの統一がなされるかも。
神楽 へぇ。それならそれで、誰が一番強いかハッキリする訳ね。いいんじゃない?
――ですが、新女は恐らく参加しないでしょうから、実質、新女潰しのための同盟では? とも噂されていますが。
神楽 ふ~ん、そうなんだ。ま、いいんじゃない。喧嘩は派手にいかないとね。
………………
――ところで、ワールドは経営危機が取りざたされていますが、大丈夫なんでしょうか?
神楽 う~ん、ぶっちゃけあんまり大丈夫じゃないかもね。
――そ、そうなんですか?
神楽 まぁでも、若いのも入ってきたし、頑張ってくれるんじゃない?
――は、はぁ。
◇◆◇ 2 ◇◆◇
バシッ! ビシッ!!
【ワールド女子プロレス】の道場に、小気味のいい打撃音が響く。
「まだまだっ! そんなへっぴり腰では、お話になりませんわ!」
「……っ、ぜぇ、はぁ……っ」
確かに〈紫熊 理亜〉の蹴りにはキレが欠けていた。
が、既に一時間以上続けていることを考えれば、それも当然であろう。
《芝田 美紀》の付き人に指名された理亜は、練習においても彼女の相手を務めることが多い。
(リア的には、打撃よりもっとこう……インサイドワークを学びたいのに)
目指す所が《フレイア鏡》のようなヒールである以上、正攻法な強さはさほど望んでいないのだけれども、新人の身ではままならない。
「貴方なら正統派のエースになれますわ!」
とは芝田が良く口にする言葉だが、理亜にとってはありがたくない言葉である。
そういうのは、他の選手に任せておけばいいと思う。
(……とはいっても)
同期の練習生といえば、
「アヒーッ、オヒィーッ!!」
「元気一杯だな、高倉」
「ヒッ、アッ、アッアッアッ……オゴォーッ!?」
「そうか、まだ負荷が足りないのか」
「ア゛ッ!? アァ~~~ッ!?」
《中森 あずみ》のシゴキを受けているのは〈高倉 景〉。
理亜より5つほど年少だけに体はまだ出来ていないが、なんというか……
(……レスラーっちゅうより、お笑い向きやんなあ)
という感じである。
あるいはまた、
「せいっ! どぉりゃっ! オラァッ!! クソがッ!!」
「ヤエ、あんた無駄な力入りすぎ」
「っ、そんなこと言われてもっ!」
「そんなだからさぁ、元モデル相手に負けちゃうのよ」
「~~~~っ!」
《神楽 紫苑》に鍛えられているのは〈八重樫 香澄〉。
聞けば、かつては道場破りとして恐れられていたという。
先の入門テストでは理亜との練習試合で不覚を取っており、ライバル意識を抱いているらしい。
ガラの悪い道場破りに、レスラーより芸人に向いていそうなタイプ……
どうも、正統派というのは難しそうな連中ばかりであった。
(それにしても、フレイア様はさすがやな)
先日のニュースで、鏡が何者かに闇討ちされた、という噂を知った。
軽々と返り討ちにしたあげく、今度の【WARS】の大会では、《サンダー龍子》のベルトに挑戦するらしい。
やっぱりヒールといえども(いや、ヒールだからこそ)括弧たる実力は必要であるということか。
◇
「今日はTV出演がありますの。貴方もついてらっしゃい」
「はぁ……」
「? 嬉しくないのかしら」
「いえ、そういう訳では」
正直、こういうことで時間を取られるよりは、練習していたい所だ。
とはいえ、付き人の立場では仕方がない。
そしてTV局に向かった理亜であったが、思わぬ事態が起こった。
たまたま番組プロデユーサーの目に留まり、アシスタントとして出演して欲しいと頼まれたのだ。
「え……でも……」
「いい機会ですわ。せっかくだから出なさいな」
「はぁ……」
ヒール志望の理亜としては、あまりこういう形で表に出たくはなかったが……立場上、断るのも気まずい。
渋々ながら、番組に出演することにした。
格別問題もなく収録は進行、無事に片付いた……
……と思いきや、番組が放送されるや、事態は一変した。
その美貌がネット上で話題を呼び、
「あの娘は誰!?」
「新人のアイドル!?」
とTV局に問い合わせが殺到。
そして彼女がワールド女子の練習生だと分かるや、今度はワールドに電話やメールが殺到した。
かくして、
『美しすぎる練習生』としてデビュー前なのに非公式ながらファンクラブが出来てしまった。
「凄いですね~理亜さん! 大人気ですよ!!」
「……『理亜ちゃん萌え~』とか『リアたんマジでリアル天使」なんて言われても嬉しくないんやけど……」
まるっきりアイドル的な扱いで、彼女の希望とは真逆の方向性を期待されてしまっているようであった。
「いい兆候ですわね。正統派アイドルレスラーとして売り出すのはどうかしら?」
「私のポジションが危うくなっちゃいますね……」
芝田がアイドルレスラーの《グローリー笠原》とそんな会話を交わしているのを聞いて、
(ちゃうねん……リアはそういうの目指してない……)
ひそかに頭を抱える理亜であった……
◇◆◇ 3 ◇◆◇
その後、八重樫や高倉がたくらんだ『中森イメチェン計画』でなぜか中森が極悪ヒールの《メデューサ中森》に変身したり、《成瀬 唯》がフリーに転向したりと、色々ありつつ……
ある日のこと。
「こんにちはっ、《沢崎 光》ですっ。よろしく!」
「……《葛城 早苗》だ。よろしく」
【パラシオン】の沢崎らが、出稽古にやってきた。
長身の女性を連れている。
「あ、この子は坂林っていいます。ほら、挨拶して」
「……〈坂林 玲〉(さかばやし・あきら)です。よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をする少女。
パラシオンの練習生であるという。
(パラシオン、かぁ)
地元に近いこともあり、ちょっとは入団を考えたこともあるが、格闘技色が強いだけにヒールは無理だろう……と断念したものだった。
(この子も格闘技系なんやろうなぁ)
何だか真面目そうだし、ちょっととっつきにくそうかも……
「私、高倉景って言います! え、高倉健に名前似てる? も~それ何万回も言われてきてて、もぉ~~耳にイカなんですよ~っ」
「は、はぁ……」
流石は芸人、遠慮のかけらもない。
「……それを言うなら耳にタコスやろ」
とりあえず乗っかっておく。
「そうそう、タコスタコス、こうくるくるっとね、包んでね、パックン……って違--う!」
「ぁ、あははは……」
やはりというか、こういう空気は苦手のようだ。
◇
「あ、お疲れ様です、志熊さんですよね?」
「はい……?」
おっとりとした声に振り向いて、思わずギョッとした。
(うわ、大きい……)
さっきの坂林もそれなりに長身だったが、こちらはもう一回りくらい更に長身。
軽く180は超えているだろう。
年齢は……理亜よりすこし上だろうか。
「初めまして、私、〈佐藤 要〉(さとう・かなめ)と申します~」
「はぁ、どうも」
「パラシオンで通訳とか、色々やらせて貰ってまして……今日は、アリスさんのお付きなんです」
「ははぁ……そうなんですか」
これだけの体格がありながら、レスラーではなく通訳とは……何だか勿体ない。
アリスとは《アリス・スミルノフ》。
パラシオン参戦のため来日中なのだが、スケジュールが空いたのでワールドのリングにも上がることにしたのだという。
神楽とは旧知らしい。
「志熊さん、まだデビュー前なのにえらい人気あるんですよね~。凄いです」
「は、はぁ……まぁ」
そこは誉められてもあんまり嬉しくないのだが。
「私もちょっと練習させて貰いますんで、よろしくお願いします~」
「いえ、こちらこそ……」
何気なく会話を交わしつつ……
理亜は何となく、佐藤に親近感に似たものを感じていた。
単に関西弁同士だから? いや……
その疑問に答えが出たのは、その後行われた近畿興行でのこと。
ある試合でアリスのセコンドについた佐藤は、乱闘に巻き込まれて流血するや、普段の温和さをかなぐり捨てたように大暴れしてのけたのである。
血まみれで大立ち回りを演じる姿は、到底OLのものではない。
闘う者、レスラーのそれ。
しかも、明らかに――ヒールのスタイル。
(あの人も……!)
通じ合うものがあったのは、それゆえであったのか。
いずれ同じリングに立つ日が来るかもしれない、と理亜は漠然と感じ始めていた……
――そしてこの乱闘をきっかけに、ワールドはパラシオンとの対抗戦へ突入していくのである。
◇
「練習生たち、なかなか頑張っているようだね」
「そうですわね。まずまず、という所で」
ワールド女子の社長室で、芝田と社長が話している。
「……夏までには間に合うだろうね?」
「えぇ。間に合わせて見せますわ。『夏の陣』までには」
「そう願いたいな」
ワールド女子、真夏の大一番――『ワールド夏の陣』。
「3人でユニットを組むというのもありかもな。山陰山陽地方出身の3人だから、『陰陽3』とかはどうだ?」
「……もう少し、考えた方が良さそうですわね」
つづく