秋紀 芳慧 (Yoshie Akinori)

他人家でシャワーを浴びてると

A君のことをふっと思い出した。A君とあったのは高校の放送部だ。僕の後から

クラブに入ってきたA君は黒く細いおじさんがかけてるようなフレームのメガネ

をかけていて、その奥に細長い柔和な瞳があった。いつも人なつっこい笑顔を

浮かべていたと記憶している。

A君はどちらかというと不器用だった。放送部では数々の技を身につけなけ

ればならない。行事の進行がスムーズに行われるために、全校集会などで用意

するマイクやコードの処理をきれいにすばやく巻き取って次々と放送器具を用

意しなければならなかった。一年生はひたすらその練習をさせられた。しかし

その練習をA君はあまりやる気をもってこなしているようには見えなかっ

た。

そして特に彼は自分に無理強いしてそのコード巻きを練習しているように見えた。

彼はあまり人付き合いはうまいほうだとはいえなかった。時折話題を投げ

かけてみて興が乗れば話したが、乗らなければニコニコして黙っていた。

そんなある日彼からU2の「ヨシュア ツゥリー」をすすめられた。U2の

「ヨシュア ツゥリー」はイギリスだけでなくアメリカのヒットチャートを制

覇したビックアルバムである。それを彼は僕に貸してくれたのだった。

彼がなぜそのアルバムを貸してくれたのか、今となっては覚えていない。たぶ

ん僕がパンク系のアーティストを熱心に聴いていたのをどこかで彼に話したの

かもしれない。

「ヨシュア ツゥリー」はなかなかよかった。彼にしばらくして彼にCDを返し

たときに感想をいうとにこにこして聞いていた。

だがA君はある日部活に姿を見せなくなった。顧問の先生によると体調が悪

いということだったが、友達から登校拒否状態にあることを聞いた。以来彼

を見ることはなかった。

それっきり会っていない。

壮大なシンフォニーで始まるこのアルバムを僕に教えてくれた彼は今何をして

いるだろう。多感な思春期でしかも人生の方向を決めなければならないそうい

う難しい時期、彼は何を考えていたのだろう。彼は一人ぼっちだったではない

かとよく考える。

僕自身高校時代には人並みにいろいろなことに悩んだし苦しんだ。そういう時

よく友人らとともに夜遅くまで語り合った。だが今そういう友人らのことはあ

まり思い出さない。無理すれば連絡がつく友人たちだが、連絡取らずに今まで

過ごしてきてしまった。

でもA君のことは時々思い出す。ただ今どうしているだろうかと。身を固め

て奥さん子供さんに囲まれて生活しているのだろうか。それとも今だどこかで

一人で生活しているのだろうか。遠いどこかの空の下で今どのように生きてい

るのだろうか。



他人家でシャワーを浴びている時、ふともう会えなくなってしまったA君のこと

を思い出す。




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