少し前へ!

歩いてきた道をもう少し前へ

旅行デズニーランドへ

2023年07月31日 | 日記

デズニーランドへ

うーさんの従弟すばらしい青年でした。彼の法要のため

東京へ行くことになり帰りデズニーランドへ

3泊4日   2日目は朝開場から夕食まで  3日目は昼食から閉幕まで

うーさんの体力に合わせてゆったりコース回り

時間の制限がなく車いすでも入場できるアトラクション

しっかりと入れる彼が納得するまでアトラクションでの遊びが続けられる

次々と移動しながらどこの会場でも新鮮で楽しい 1日目も2日目も

存分に楽しんだ とうとう車椅子で入館できるアトラクション

すべてクリアする  うーさんは満足そうにしていた

食事も時間がかかるがすべて彼に合わせたコース ゆったりと過ごせた

私とうーさんは修学旅行で経験はできていましたが、父親だもとても喜んで

3泊4日のデズニーランドはいい思い出の旅でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 


卒業後

2023年07月09日 | 日記

今から30年前はまだまだ通える場所がありませんでしたが

先輩の親御さんたちが自分の子供のいく場所を

何とか作りたい

子供を抱えて頑張っている親ごさんたちのご指導を受けながら

私達も参加させていただきました

そして

今まで運動機能訓と学校生活は全力で組んできました。

運動機能面についてはいまだ首も座りませんが、強烈な訓練のほかに

彼ができるすべてのことに挑戦できたことはよかったと思う。

今まで頑張って獲得したものを大切にしながら

これからの人生はやりたい事を極めながら旅行や人との関り、喜び趣味を

もって進んでいけたらと思う

挑戦

デイサービスへ通う, 自宅から近く顔見知りとも出会える

平穏な生活が始まった

ここは親たちが頑張って作ったデーサービス

給食はボラんテアさん時には親が交代で作る時もある

運営と法人格を取得するためのお金、

収益を上げるため親たちが一丸となってバザーを企画する

船岡へ通うほど頑張った時代です

バザーーのチラシを地域で配布

きふしてくださる品物をいただきに行く

バザーを開く  値段をつけ会場を設営、販売

締めくくりの最後まで親たちの頑張りでした

こうして運営の一旦を私達も頑張った時代でした。

バザーのない時は布ボールを作り販売していました

ここに10年お世話になり

この間通所、1時間前に到着し電動車いすの練習です。

会場から日赤病院までの走行練習(雨、雪、嵐)(祖母の病院行の日)等は

練習はお休みの日にして過ごしました。

それでも平穏な日々でした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中大学で拓野の文字獲得のための個人学習が始まったのです。

通所休んでもこの時間は大切に思い

毎週大学に通いました

うーさんは若い女子学生のいるところが大好きなので

今と違う環境に触れるだけでも楽しいと思い

通い始めました

うーさんは若い学生さんのいる学食が大好きでした

そこにいるだけでニコニコです。

まして3年4年せいのがくせいさんと個室に入り勉強するのですから

よだれが出るほどうれしいのです。

50分の授業が終えたとき満面の笑顔で戻ってくるのです

どんな様子なのかはわからないのですが

私は学食で待つだけでしたが笑顔で戻ってくるのを見て私もうれしく思って今咲いた・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


無題5,7,1

2023年07月04日 | 日記

感動の船岡支援学校を卒業、ひとばん明けても卒業式の感動はまだまだ気持ちがゆすぶられています

先生たちがこんなにみんなを大切に思い笑顔Ⅰ杯の授業を展開され

生徒たちが成長した高校生活

最後は皆さんが最高の喜びを持ち卒業出来ました。拓野もたった3年間でしたが

本当に素晴らしい高校生活でした。

私はここまで導いていただいた学校、寄宿舎に対し感謝の気持ちで一杯です

今後この子たちの人生で大きな力になることでしょう。

うーさんもまたこの学校生活で得たものを力となって人生を歩いていくことでしょう

楽しい授業、笑ってまなび、ともに暮らす中で、自分もまえへ進む努力し感力一杯進んだ

あきらめない努力、(心が穏やかになって始て挑戦する心が芽生えた)

電動車椅子についてはこれからの人生に身も心も役立つ生き方をさせたい。

うーさんの喜びの続くかぎり、私もそう固く心に決めました

そして

このようなことがありました。この学級のこと主任の先生が

日本教育公務員弘済会主催の研究会において「重度重複障害児の機能に関する研究」を発表特選に入賞され

その賞金を「エコー療育園」5万円全額建設資金として寄付されました。そのご芳志に対し

陽光福祉会設立者代表熊谷勉様から感謝状をいただいております

 

 

 

 

 

 

 

 

高校卒業したので今後は趣味や、楽しいこと、旅行や遊びなど、人として心豊かに暮らさせたい。

 

 

 

 

 


電動車椅子で卒業式

2023年07月04日 | 日記

2学期から電動車椅子は授業の中で寄宿舎の中で毎日楽しく練習できたようです

授業の中で沢山の工夫をしながら練習を重ねていただきました

生徒たちは授業で毎日が楽しく生き生きと学校生活を過ごせていました。

卒業式は電動車椅子で卒業証書をとのことで沢山練習したようです・

いよいよ卒業式

拓野の卒業式は父親、姉たちも休暇を取り出席しました

支援学校の体育館は紅白の幕が張られ、卒業生、来賓、先生、保護者が整然と並び

卒業を祝う準備が整えられていました。

いよいよ卒業証書授与A組から始まり拓野は番目に、先生に介助をいただきながら

電動車椅子でスロープを上り校長先生の前につきました。校長先生から厳粛に卒業証書をいただき

スロープを降りてくる。その時会場から割れるような大きな拍手が起こり先生たちはじめ感動の涙、涙の

瞬間でした。

卒業生たちは又充実した高校最後の思いを胸に皆泣いています。

思う存分楽しく学んだ学校生活友人との別れ、やがて社会への道のりは

決して明るい道ではなく戦いの道であるでしょう卒業生たち

思い思いに泣いて別れを惜しんでいました。

(B, Cクラスの生徒達)

祝う会が終わり、拓野はこの数時間無言のまま涙一つなく過ごしていました。

すべての行事が終わりいよいよ船岡養護学校とお別れです。

終わってから先生たちに挨拶し寄宿舎の荷物を車に積み

大勢の皆さんに見送られて車を発車しようとしたとき 

拓野は体の中から噴火したかのような大きな声を出し泣き始めたのです。

あまりの大きな鳴き声に見送っていただいている先生たちやお友達みんなもらい泣きし

しています。いつまでも泣きながら別れをおしみあっていました。

 

帰り道いつまでも無言のままの拓野でした

夜自宅で卒業祝いをしていたら担任の先生たちが

「帰り泣いた話を聞き」心配し自宅へ来てくださいました。

みんなで楽しかった学校の話をしながら

拓野たちの思い出を語りながら卒業までの時を

いつまでも語り合っていました。