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気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

村田和人さん・・・もう、何て言ったらいいのか・・

2016年02月27日 | 音楽全般

また1人、私の好きなミュージシャンが他界してしまった。

最近、寂しい訃報が多すぎる。

 

村田和人さんが亡くなられたとのこと。

残念であり、寂しい限りだ。

村田さんを知ったのは、私がまだ学生の頃。

テレビで・・・確かニコニコワインのCMが流れた時に、達郎風のBGMが流れた。

一見インスト風の曲だったが、心地よいギターのバックに、コーラスが流れていた。

どちらかというとギターワークがメインの曲にも思えたが、ギターのバックにコーラスメロディがかぶさっていた。

で、その曲のクレジットにあった名前が村田和人さんであった。

 

ともかく心地よくて。

なんか達郎風で、いいなあ・・と思い、その曲の名義であった村田和人さんの名前は私の心にインプットされた。

 

で、後日。

友人が私に1本のカセットテープを聴かせてきた。

「これ、いいから聴いてみろよ」と言って。アルバムタイトルは「また明日」だった。

で私が、「誰のアルバム?」と聴いたら、友人は「村田和人だ」という。

 

「あ、その名前、知ってる。ニコニコワインのCMソングの人だね。」

と言いつつ、元々その名前に関心を持っていた私は、早速聴いてみた。

すると、いきなり1曲目が最高だった。

 

その1曲目とは、「電話しても」という曲だった。

心もち、ギターワークが、ワインのCMソングに通じるものがあるような気がした。

ともかく心地よいサウンド。

ボーカルとギターのからみも良ければ、ボーカルメロディもグッド。

 

もうその1曲目だけで、ファンになった。

ニコニコワインのCMソングで好印象を持っていたことも、あいまって。

 

 

早速私はその友人にそのカセットを貸してもらい、当時我が家にあったダブルカセットデッキ(カセットが2本入れられ、カセットからカセットへのダビングが可能だった)で、そのアルバムをコピー。

そしてそれ以来、学校への行き帰り、ウォークマンでそのアルバムばかりを毎日聴いていた。

アルバムまるごと、好みだった。

 

やがて、しばらくしてテレビから再び村田さんの曲が流れてくるようになった。

前述のワインのCMとは別のCMだった。

カセットテープのCMソングとして村田さんの新曲が採用されたのだ。

ニコニコワインのCMソングでは、ややインストっぽい印象の曲だったが、カセットのCMで採用された村田さんの曲は、ボーカルメインの曲で、村田さんの声やメロディが堪能できる曲だった。

その曲こそ「1本の音楽」という曲であった。

 

この曲はその後の村田さんの看板曲になっていった。

 

おそらく、村田さんの曲の中では、一般的には一番有名な曲であろう。

この曲、サビで「一本の音楽が 僕の旅のパスポート」と歌われるのだが、最初そのCMソングを聴いた時私は「日本の音楽が 僕の旅のパスポート」と聴こえてしまった(笑)。

 

ともあれ広がりがある曲だった。

やがて、この「1本の音楽」が収録されたセカンドアルバムを即購入。セカンドのタイトルは「ひとかけらの夏」だった。

このセカンドアルバムがまた実によくて。好みの曲ばかりが並んでいた。

このアルバムもまた、ウォークマンでの私のヘビーローテーションになった。

 

山下達郎にも通じる心地よさ。

だが、どこか「気のいい兄ちゃん」風な、おおらかさがあった。

おしゃれでさわやかで、夏向けで、しかもおおらか。

そう、その「おおらかさ」は、村田さんの楽曲の大きな魅力にも思えた。

達郎さんの歌よりは、より日常的な歌詞にも思え、そんな点もよかった。

 

もうこの時点で、村田さんはすっかり私の中で「お気に入りミュージシャン」になった。

山下達郎ファンであった私にとっては、村田さんはそれこそ達郎さんと双璧なぐらい好きになった。

 

ファーストもセカンドもどちらのアルバムも大のお気に入りになり、その2枚のアルバムに収録されたいくつもの曲が、当時の私が自作曲を作る時のインスピレーションになった。

ほんと、良い曲が多く、両アルバムとも名盤だと思う。

 

もちろん村田さんみたいなボーカルは出来なかったけど、曲の傾向という意味では、当時の私はかなり影響を受けたと思う。

以前このブログで、村田さんの「Summer Vacation」という曲を取りあげたことがあるが、その曲が入っていたのが、セカンド「ひとかけらの夏」であった。

 

ホント、私にとっては思い出深い2枚のアルバム、それが村田さんの「また明日」と「ひとかけらの夏」だ。

 

 

なんでも村田さんはデビューする時、自分をプロデュースしてもらうなら、山下達郎さんしかいない!と思っていたらしい。

確かに、後に発表された村田さんのアルバムを聴くと、それは分かる。

なので、山下達郎さんの音楽がお好きな人は、きっと村田さんの・・特に初期の音楽は、シンパシーを感じて、好きになれるだろうと思う。相性バッチリという感じ。

 

達郎さんにプロデュースしてもらいたいという村田さんの熱意は、「電話しても」という曲のデモ音源を達郎さんに聴いてもらうことにつながった。

で、村田さんの「電話しても」という曲を聴いた達郎さんは、大いに気に入ったようだった。

その後、達郎さんのスケジュールやら村田さんを取り巻く諸々の要因で、村田さんが中々デビューできないでいた頃、達郎さんは村田さんがそのままデビューできずじまいになることを心配したらしい。

そんな時、達郎さんは、「もしも村田和人がこのまま世に出ないで終わるなら、彼の「電話しても」という曲を僕がカバーして世に出そう」とまで言っていたらしい。

なにやら、そのへんの達郎さんの心意気も実にいい。惚れ込んでいたんだね。

正直、個人的には、達郎さんが歌う「電話しても」も聴いてみたかった気もする。きっとハマるだろう。

 

ともあれ、山下達郎さんをはじめとする豪華メンバーのサポートを得て、無事に世に出た村田和人さん。

で、発表された「また明日」も「ひとかけらの夏」も素晴らしい名盤であった。

 

 

村田和人、2016年2月22日、永眠。

享年62歳。

 

あまりにも・・・早すぎるよ・・・。

 

あなたの音楽は、私の学生時代の一部でした。確実に。

あなたの音楽は、おしゃれで、さわやかで、のびやかで、そしておおらかでした。そんな点が大好きでした。

思い出もいっぱい染み込んでいます。今も。きっとこれからも。

あなたの素敵な曲からは、たくさんの思い出をもらい、曲作りのインスピレーションをいただきました。

 

寂しく、残念でなりません。

 

 

ここんとこ、私の好きなミュージシャンの他界のニュースが続きすぎる。

死神さま、そんな働かないでください。少しのんびりしてもらえませんか?

勘弁してくださいな。

本当に。

 

 

今は・・・合掌(泣)。

 

 https://www.youtube.com/watch?v=khAH4rSKePw

 

 


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