さて、神が民族共同体を御造りになられたとき、まだそれを治める者はなかった。
そこで神は力ある者を捏ね纏めて王政を形作られ、それを治めさせた。そして主は言われた。
「力を誇る者が単独で治めるというのは危うい。彼と対等で、彼を諌め、支え、導くものを添えてやろう」
神は王政を外側から補佐するものとして、王家の庶腹から宗教を設けられた。
神は王政を外側から補佐するものとして、王家の庶腹から宗教を設けられた。
神は王政と宗教に、共同体を治めると共に、御自身が園に植えられた学問と芸術を守り育てるよう命じられ、実がなったら好きなだけ取って食べるよう仰せられた。
ただし、中央に植えてある善悪の知識の木=哲学だけは別で、死ぬほど見識に飢えても決して食べてはならない、
如何に神を讃えてようとも信じて近づいてはならない、
それに触れると必ずお前たちは私に背くことになり、身を滅ぼすことになるからと仰せられた。
確かに、それはいかにも美味しそうに目を惹きつけ、賢くなるように唆していた。
その頃、自然科学の分野で最も進んでいたのは天文学であった。
その頃、自然科学の分野で最も進んでいたのは天文学であった。
天文学は宗教に言った。
「神はまことに、この素晴らしく豊かな畑の世話をあなた方に命じていながら、どの作物も食べてはならないとおっしゃったのですか?」
「神はまことに、この素晴らしく豊かな畑の世話をあなた方に命じていながら、どの作物も食べてはならないとおっしゃったのですか?」
宗教は言った。
「そうではありません、主を疑う事なく崇め讃えているものならば、どれでも好きなだけとって食べるがよいとお許しくださいました。
でも、中央に植えてある善悪の知識の木だけは決して食べてはならない、近づいてもならない、触れると必ず死んでしまうからと言われました。」
天文学は言った。
「畏れ多くもいと高き神のほか、権勢並びないあなた方が死ぬなど、どうしてそのようなことがあるのでしょうか?
ここだけの話、ひょっとすると神は、あなた方がそれを食べて、
神御自身のように善悪を極める者になることを密かに惧れているのではないでしょうか?」
天文学に唆され、ついに宗教は哲学に手を伸ばし、王政にもその実を渡して共に食べてしまった。
すると、忽ちにして二人の目は開け、自分たちの成り立ちが怪しいことに気づき、慌てて寓話を綴り合せて覆い隠した。
さて、無神論が世に吹き始め、主の園の学問と、芸術も次第に枯れてきた。
王政と宗教は、主が園を歩かれる気配を感じて、慌てて茂みに身を潜めた。
主なる神は、園の有様を御覧になり、王政と宗教に呼びかけられた。
「一体、お前たちはどこで何をしているのか?」
王政は恐る恐る言った。
「私達は、己になんの権限も正当性もないことが露わになり、恥じ恐れて身を隠しています。」
主は言われた。
「誰がお前にそんなことを吹き込んだのか!まさか、決して近づくなと厳命したあの木に触れたのか?」
王政は言った。
「私の側にいて扶けるようにとあなたが与えてくださった宗教が、私に差し出したので、そうとも知らず私は口にしてしまいました。」
神は宗教に言われた。
「お前というものは、わたしがあれほど口煩く禁じたのに、なぜそれを破ったのか?」
宗教は言った。
「善悪の知識の木の実を食べれば、
主に代わって世を支配できると天文学が唆したのです。
それで私は哲学に手を伸ばしてしまいました。」
神は吐き捨てるように天文学に言われた。
「お前は、あの木の実が如何なるものか知った上で彼らに薦め、彼らの権威と信用を喪失させた。
そしてその真の狙いは、人々の心にわたしの存在自体への疑念を抱かせて、宇宙や科学こそ人間の存在理由や目的を明らかにすると信じさせ、お前に都合の良いように操ることだということはわかりきっている。
しかし、わたしを否定すると言うことは、わたしが作った世の秩序を破壊すると言うことであり、確固とした善悪も正義も権威も何もない無明時代に戻すということだ。
一人前に学などと冠しているが、お前こそ最も人間には無用無縁で、文明や平和どころか災いをもたらす憎むべきものと呼ばねばなるまい。
いずれお前やお前のお仲間の正体は暴かれるだろうが、それまでの間、お前と宗教の間、お前の身内と宗教の血筋を憎しみと蔑みで固く結びつけておく。
妄想に憑かれた大法螺吹きの寄生虫同士、罵り合いでも殺し合いでも何でもやっておれ」
宗教には特に怒り心頭で、神はこう言われた。
「唆されたとは都合の良い言い訳、あわよくば私にとって代らんとする野心を露わにしたお前には、お前自身の腹黒さと裏切りの代償を思い知らせてやる。
お前ははじめから、人心を操ることが巧みな自分の方が、王政よりも上手く世を治めることができると嘯き、影では君主のように振舞っていたのをわたしは知っている。
だが、信徒が増え、権力が大きくなればなるほどお前は尊大で強欲になり、やがてお前はほかの宗教すべてを否定し、終わりのない争いへ突き進む。
そうしていつしか戦いに飽いた人々から、世の争いの元凶と気づかれたお前は、白い目で見られ、時が経つにつれ近寄るのはお前を利用しようとする者しかいなくなる。
わたしが裁きにやって来た時には、お前はわたしの左右に控える忠僕どころか、わたしから逃げ回るお尋ね者の乞食同然、しかも散々悪事を働いた癖に別人のように善人面して人々の中に紛れようとするだろうが、お前に騙されていた連中に捜し出され、これまでの行状と共にわたしの前に引き摺り出されるのだ。
それは本来お前が立てるべき相手とわたしが命じた王政を侮っていたのみならず、わたしへの信仰を旗印にしながらも、お前自身にわたしへの信仰がないどころか、嘘ばかりつきすぎて、ついにはお前の造り主であるわたしさえ、お前がでっち上げた虚妄だと思い込んでいた報いである。」
また、王政にはいたく失望されたように言われた。
「はっきり言ってお前と話したくない。お前を作るのと、宗教やその他を作るのとはわけが違うからだ。
宗教の中には麦や稲のように国や人々の糧となるものも稀にあるが、ほとんどは雑草のように生えて、世を荒らす害悪に過ぎないし、良質なものでも王家の保護無しではいずれ野生化して、善良な人々を餌にするようになる。
だが、王家というのはそうではない。私が直接形作って、何世代にもわたり戦の中で焼いて作るのだ。
いずれにせよ、お前がわたしの言いつけよりも宗教の勧めに従い、口にしてはならないと命じておいた木から食べたので、
わたしが作った共同体社会はわたしへの信仰もお前への畏敬も服従も失い、魯も帆も海図もない船のように民の上を漂って、時に荒れ狂う波風に永遠に支配されることになった。
お前を扶けるはずの宗教は扶けるどころか、見よ、お前の上に己の玉座を設けようとしている。
お前は転覆を恐れながら一生の間、船底の隅にしがみついて生きるのがやっと、全ての力を奪われて、外のこと船のことは何も見ない聞かない考えないで過ごすようになる。」
怒りのままに人の世に暗黒と窮乏をもたらした神は、混乱の中怯え慄いて這いつくばっている王政と宗教に目を留められると、暫くは気味良さ気に御覧になられていたが、放っておけば人間社会全体が再建不能になると思われたので、やがて御使いを遣わされて渋々彼らを救い出された。
そして、御自身の名の編み込まれた祭儀を拵えられ、彼らの隠し所を覆い、身を守り威厳を備えるものとして与えられた。
主は特に彼らに目も言葉もかけられなかったが、王政と宗教は混迷の中から救われ、赦しを得たことをひたすら感謝し、世の人々も、王政こそ神が人の世の統治者として与えて下さったものとして敬意と服従を誓い、主が作られた共同体社会をともに一から再建した。
主は、彼らが秩序ある共同体を再建し、再び繁栄しつつあるのをご覧になりながらも、心の中で言われた。
「なんのことはない、あれほどの目に遭わせたのに、結局政治と宗教は神のように振る舞い、善悪を知ったように論うようになった。
こうなった以上、再び誰かが禁を破って原理の木に手を伸ばし、永遠に生きるなどということのないようにしよう」
神は、王政と宗教を学問と芸術から追放し、それぞれの民族文化を絶やさぬように、細々とやっていけと命じられた。
さらに神は、原理の木を守るために、御自身のほか読み解くことのできない託宣と、円環を成す比喩の炎を園の囲いに置かれた。
さて、ひとり首根っこを踏みつけられたままの天文学は、途方もない嘘つきの偽善者で野心家である宗教が赦されて、ひたすら学究熱心な自分が罰せられるのは納得が参りませんと主に訴えた。
自分には暦法という燦然たる功績があり、我ら科学が、恐れながら神をはじめ、あらゆる常識や通念を疑い否定するのは宿命ではありませんか?
また、我々の目に見えて解明できるものを積み重ねて、神の御意志である真理に近づこうとするのは、主に逆らうどころか、主を崇拝し、主に忠実である証ではないですかと。
すると神は、園の内外を問わず、学問でも宗教でも芸術でも、雑草のように蔓延り、世を害するものは定期的に刈り取り、それらを生み出す言語や民族とともに野に積んで焼いてしまおうと心に決め、敢えて天文学を囮として野に放つことにされた。
天文学は、自分も神の許しを得たとして、如何に自分をはじめとする科学が正しいか、政治や宗教、その他あの園に植えられて主に媚びている文系の学問や芸術よりも、如何に理数系が世に有益か、そして有益であるということがすなわち文明であり、正しい発展であるということを証明するために、あらゆる垣根を越えて這い回った。
(創世記3章)