天上天下唯我独尊

夢に生き、夢のように生きる人の世を
憐れと思へば、罪幸もなし・・・

神のいとし子

2003-09-08 01:25:00 | 





天地万物の創造に先立って、神は智を生み出した。

神は智によって、隠れていた真理を引き摺りだし

真理に基づいて、天と地と、その間にあるもの一切を創造した。

そして神は、それらを美で飾り立てた。



しかし、智と美を豊かに恵まれた人間たちは、思い上がり

自分たちは神の子だとして

力ある者や見栄えよき者の意向を重んじ、神が定めた秩序を乱した。

それを見た神は、ほんの僅かだけ敢えて残して、人の世から智と美を取り上げた。



神が取り上げたから、人間たちは智と美に飢え

地上ではそれを巡って激しい争いが起こった。

智を手にした者はそれを元手にさらに智を得

美を手にした者はそれを元手にさらに美をかき集めた。

そしてそれをもっとも多く手にした者は

やはり高ぶって己を神とし

それを持たないものを卑しめ、虐げた。



人の智こそが過誤と争いのもとだと言う証に
恰も倒れた燭台の炎が街を焼き尽くす如く
   智は恐ろしい惨劇を地上で繰り広げた。

人が欲する美などは大した中身もないのに

恰も甘酒が子供を酩酊させるように


   美は見事に人々から醜さを引き出した。



思いの外の惨事に苦笑された神は、持ち帰った智と美を混ぜ合わせて、それを「愛」と名付け

この世から争いを無くし、人々を和合させるよう命じて、地上に振り撒いた。……




世に注がれると、愛は水のように、
   荒れ果てた心を潤しながら巡っていった。

萎れていた草花を蘇らせるように、
   愛は人々に笑顔と人生を取り戻させた。

垢や汚れを洗い流すように
   愛は罪や恥を濯ぎ清めた。

落ち葉や屍骸を溶かして新芽を育むように
   愛は悲劇を中和して若者の良心を養った。



また愛は薬のように
   傷ついた心や病んだ心を癒した。

腫れ上がった皮膚を鎮めるように
   愛は武装した男達を善良な市民に立ち帰らせた。

手術の痛みや恐怖を消し去るように
   愛は不可避な流血を大義で神聖なものと信じさせた。

患部の化膿を防ぐように
   愛は心を蝕む憎悪と利欲を殺して治癒を早めた。



また愛は酒のように
   人々を酔わせ、心と体を奮い立たせた。

夫が愛を、その仕事と笑顔に注げば、妻の顔は喜びに赤らみ

妻が愛を、その家事と心遣いに注げば、夫の体には勇気と根気が漲った。

愛に酔えば、農夫さえ詩人となり、乙女さえ戦士となった。


また愛は太陽のように
   欲の闇に沈んだ心を照らし、己自身を省みさせた。

愛が昇れば
   人生は喜びと悲しみに彩られ、周囲にまで溢れる様になった。

愛が沈めば、自分のことさえ見えなくなり、
   道に迷ったり獣たちに狙われたりもした。

しかし、夜にも月が照らすように
   苦難や過ちに陥った心にも愛は正しく立ち戻る道標となった。



愛はまた教師のように、
   人々の目を開き、智慧を与え、正しい道へと導いた。

智や美も人々を導いたが、
   利益や名誉を餌にして、神の道から迷い出させるばかりだった。

しかし愛は、利益も名誉も顧みずに
   愛する者の為、正しいことの為に自分を捧げる道を教えた。

男の道も女の道も、
   親子夫婦兄弟・士民君臣師徒胞友の務めも、愛によって明らかになった。



愛はまた砥石のように、人々を磨き上げた。

智や美も人々を磨いたが、ただ鋭くしたり
   艶を与えるばかりで、扱いにくくしただけだった。

しかし愛は、人々の心から雑念を削り落とし、行いを磨いた。

愛で磨き上げられた無私な行いは、
   恰も鏡のように、世の人々に行いを正させた。



愛はまた翼のように、人々を高みへと引き上げた。

智や美も人々を引き上げたが、
   思い上がらせるばかりで、かえって下から小さく見られるばかりだった。

しかし愛は人々の精神を飛翔させて、この世の不変の営みを俯瞰させた。
 
愛の翼で羽ばたけば、民族も時代も超えて助け合うべき、人の性が見えるようになった。
 
 愛の翼があれば時を超えてどこへでも旅をし、誰とでも親しむことが出来た。


また愛は木のように、
   言葉を茂らせ、花や実をつけて世を賑わせた。

蜂に蜜を吸わせて受粉を手伝わせるように
   愛は詩人に甘い夢を運ばせて異性を結びつけた。

瑞々しい実に種を包んで生き物に運ばせるように
   愛は善い行いを結んで楽園を広げていった。

秋色づいた木の葉が土に還るように
   悲しみを帯びた切実な言葉は、人の心を養い支える糧となった。



また愛は重力のように
   万人を一つの世界に結びつけて、それぞれの在り方を区別した。

砂場で石を埋もれさせるように
   愛は強く大きい者に弱く小さい者を担って生きるよう促した。

飛び散りそうな紙に文鎮を乗せるように
   愛は威徳有る者に気儘な民を治めさせた。

重いものも軽いものも、硬いものも軟らかいものも
   愛によって必要とされる居所を確保した。



また愛は炎のように、心を暖め、溶かし
   和合させて、人々から新しい力を引き出した。

炉に投げ込まれた金属を融合させるように
   愛は苦楽を共にした人々の心を一つにした。

鍋の中の肉や野菜から栄養や風味を引き出すように
   愛は協同する人々に才能や個性を発揮させた。

圧力でお米を美味しく炊き上げるように
   愛は若者に責任を負わせて立派な大人に仕上げた。



このようにして愛は、まるで葡萄酒のように熟成して
   様々な香りを放ち、民の交流を活気づけた。

だから愛は、いつの世も人々から讃えられ
   愛され、求められて止まない。……





   深く掘り返された心から湧き出して


   愛は潤し、愛は酔わせた。


   身も心も灰にしながら


   愛は照らし、愛は暖めた。





   欲望で汚れ、病みついた心を


   愛は清め、愛は癒した。


   情熱で焦がれ、酔い痴れた心を


   愛は冷やし、愛は醒ました。




   しかし、沖の嵐や渦潮が船を揺さぶるように


   愛は意志を翻弄して自由を奪うこともあった。


   また、時に薬も害をなすように


   愛が心を患わせることもあった。



 
   また、重力が天に向かうものを地に引き戻すように


   愛は人が神に近づくのを阻みもしたし、却って堕落させることもあった。


   また、炎が金属を分離するように


   愛は人々を分裂させることもあった。


 

   愛は与え、愛は奪った。



   愛は騒がせ、愛は鎮めた。



   愛は傷つけ、愛は癒した。



   愛は苦しめ、愛は安らわせた。





   撫でるのも、殴るのも


   褒めるのも、叱るのも


   赦すのも、懲らすのも


   生かすのも、殺すのも、愛。





   人はみな、大人も子供も



   愛に浮かれ、愛に沈んだ。



   いつの時代、どこの国でも



   愛に笑い、愛に泣いた。






   貴き者も、低き者も



   愛に生まれ、愛に死んだ。



   賢い者も、愚かな者も



   愛に結ばれ、愛に和した。……







斯くして愛は、使命を果たすと、


水が熱によって大空に昇るように


心満たされた人々の祈りによって浄められ


いと高き神の胸へと帰っていった。






そして愛は


雲が風任せに移ろうように


神の御意のまま、姿と場所を変えながら


世の人の所へ降っていった。






人の愚かさが


世の秩序を破壊して


神の激しい怒りが


天地諸共人を滅ぼし尽くしても





愛はまた


子が父の憤りを宥めるように神の心を解かし


とめどもなく溢れ出て


全地に漲り、潤し、癒してゆく……。








果てしない青空に




白い雲が漂うように




愛は神の懐で




そのいとし子のように息づいていた。







愛はとこしえに……





愛は水のように。……

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