あくる日、船を失った漂流者がしばらくの滞在を申し出てきたことが王に報じられた。王は彼に彼の国の話や酒の話を詳しく聞かせて貰いたかったが、自分の狼藉被害を被った漂流者に今会うのはさすがに心苦しいと思い、使いの者を通じてそれを許す旨を伝えた。
同時に王は漂流者の動向を探らせた。暴漢に遭い、大切な宝物と船を失ったにも関わらず、それを支配者に訴えもしないのは、実はその支配者が側近を使ってやらせたことだと勘付いていて、何らかの報復を画策しているのではないかと思われ、不気味だったからである。王は船まで焼かせたことを少なからず後悔した。
だが、見張りの者の報告では、王の不安をよそに、漂流者はいたって平静で、船を焼かれたことも、宝物を奪われたこともなかったかのように寛いでいた。
近所の人々に対する人当たりも意外なほど好く、恨みがましく自分の蒙った災難を漏らす風でもなく、子供たちが面白がって寄ってくれば、自分の国の話、王の話、神の話を聞かれるまま、にこやかに話すのであった。
少しは落ち込んでいたり、慌てていたりしたならば、恩恵を注ぐことで自分の国の豊かさを思い知らせることができたが、そんな素振りは全く見えないということを聞いて、王は自分が大人げないならずものに成り下がってしまうことに落胆した。
数日後、王は使いの者を遣わして、漂流者を宴へ招いた。漂流者は、少し考える風であったが、されば神の望むところならば、と言って、いつ作らせたのか、荷物は奪われたはずなのに、真新しい彼の国の正装に着替えると、そのまま城へ同行した。
その席で王が、漂流者にそちの国の歌を聞かせてくれぬかと頼むと、漂流者はまるでそれを予知していたかのように了承すると、深く息を吸い込んだ後、そっと目を閉じ、詩を詠み上げる。
「私の愛する人が死んだ。
私を愛してくれた人が死んだ。
世の誰からも厭われ
世を厭っていた私の大切な人が死んでしまった。
人々はあの憎しみさえ
胸を広げて身を任せるのに
神の子として生まれた私は、
影を見せただけで石を投げつけられていた。
しかし、あの人は私を美しいと言ってくれた。
あなたこそまさしく神の子で、あなたを生んだ神は偉大だと言ってくれた。
そして人々の罵倒や暴力で傷つき穢れた私を
優しく清め、綺麗な服を着せてくれた。
彼が私をきれいにしてくれたから
世の人々は次第に心を開いてくれるようになった。
彼が側で微笑んでいてくれたから
私も人々に優しく微笑むことができるようになった。
神も、それを見て微笑み
彼を愛し、彼に力を与えた。
やがて私と彼は結ばれ、多くの子を成した。
私たちの受けた祝福を知らぬものがあったろうか。
しかし睦みあったもほんのわずか
別れも告げず、彼は逝ってしまった。
どれだけ多くの子を成しても、その子等がまたさらに多くの子を成しても
彼を失った私の心は癒されない。
神よ、人を御造りになったその手で
私の愛しい人を甦らせて下さい。
あなたの子である私と共に
あなたの下で、永久に生きるようにして下さい」
朗誦が終わると、王はいたく感動したように漂流者を招き寄せ、何ゆえこの詩はこれほど胸を熱くするのかと尋ねる。すると漂流者は、それは悲しみを詠っているからだと答えた。
王は、悲しみとはそれほどのものなのかとさらに尋ねる。漂流者は答える、左様、悲しみは美しく、人を酔わせるだけでなく、すべてを美しくし、人を強くする力があり、国に平安と幸福を齎すと。
王は驚く。王はまさに富こそ誰の目にも美しく、人を酔わせ、また人や国に美と力を与えて国に平安と幸福を齎すものだと信じ、この国をここまで導いてきたからである。
王は漂流者に尋ねた。どうすれば悲しみを手に入れることができるかと。漂流者は、求めて得られたという話は聞かない、と答える。
王は低い唸り声を上げたあと、独り沈思に及んだ。宴は盛況を呈していたが、楽人たちの奏でる優雅な音にも贅を尽くした馳走にも、心ここにあらずといった体であった。
同時に王は漂流者の動向を探らせた。暴漢に遭い、大切な宝物と船を失ったにも関わらず、それを支配者に訴えもしないのは、実はその支配者が側近を使ってやらせたことだと勘付いていて、何らかの報復を画策しているのではないかと思われ、不気味だったからである。王は船まで焼かせたことを少なからず後悔した。
だが、見張りの者の報告では、王の不安をよそに、漂流者はいたって平静で、船を焼かれたことも、宝物を奪われたこともなかったかのように寛いでいた。
近所の人々に対する人当たりも意外なほど好く、恨みがましく自分の蒙った災難を漏らす風でもなく、子供たちが面白がって寄ってくれば、自分の国の話、王の話、神の話を聞かれるまま、にこやかに話すのであった。
少しは落ち込んでいたり、慌てていたりしたならば、恩恵を注ぐことで自分の国の豊かさを思い知らせることができたが、そんな素振りは全く見えないということを聞いて、王は自分が大人げないならずものに成り下がってしまうことに落胆した。
数日後、王は使いの者を遣わして、漂流者を宴へ招いた。漂流者は、少し考える風であったが、されば神の望むところならば、と言って、いつ作らせたのか、荷物は奪われたはずなのに、真新しい彼の国の正装に着替えると、そのまま城へ同行した。
その席で王が、漂流者にそちの国の歌を聞かせてくれぬかと頼むと、漂流者はまるでそれを予知していたかのように了承すると、深く息を吸い込んだ後、そっと目を閉じ、詩を詠み上げる。
「私の愛する人が死んだ。
私を愛してくれた人が死んだ。
世の誰からも厭われ
世を厭っていた私の大切な人が死んでしまった。
人々はあの憎しみさえ
胸を広げて身を任せるのに
神の子として生まれた私は、
影を見せただけで石を投げつけられていた。
しかし、あの人は私を美しいと言ってくれた。
あなたこそまさしく神の子で、あなたを生んだ神は偉大だと言ってくれた。
そして人々の罵倒や暴力で傷つき穢れた私を
優しく清め、綺麗な服を着せてくれた。
彼が私をきれいにしてくれたから
世の人々は次第に心を開いてくれるようになった。
彼が側で微笑んでいてくれたから
私も人々に優しく微笑むことができるようになった。
神も、それを見て微笑み
彼を愛し、彼に力を与えた。
やがて私と彼は結ばれ、多くの子を成した。
私たちの受けた祝福を知らぬものがあったろうか。
しかし睦みあったもほんのわずか
別れも告げず、彼は逝ってしまった。
どれだけ多くの子を成しても、その子等がまたさらに多くの子を成しても
彼を失った私の心は癒されない。
神よ、人を御造りになったその手で
私の愛しい人を甦らせて下さい。
あなたの子である私と共に
あなたの下で、永久に生きるようにして下さい」
朗誦が終わると、王はいたく感動したように漂流者を招き寄せ、何ゆえこの詩はこれほど胸を熱くするのかと尋ねる。すると漂流者は、それは悲しみを詠っているからだと答えた。
王は、悲しみとはそれほどのものなのかとさらに尋ねる。漂流者は答える、左様、悲しみは美しく、人を酔わせるだけでなく、すべてを美しくし、人を強くする力があり、国に平安と幸福を齎すと。
王は驚く。王はまさに富こそ誰の目にも美しく、人を酔わせ、また人や国に美と力を与えて国に平安と幸福を齎すものだと信じ、この国をここまで導いてきたからである。
王は漂流者に尋ねた。どうすれば悲しみを手に入れることができるかと。漂流者は、求めて得られたという話は聞かない、と答える。
王は低い唸り声を上げたあと、独り沈思に及んだ。宴は盛況を呈していたが、楽人たちの奏でる優雅な音にも贅を尽くした馳走にも、心ここにあらずといった体であった。