倅

同居人は機械音痴だ。テレビのリモコンも、チャンネル操作と電源以外はさわれない。なので、せっかく慣れたガラケーも、フォト機能が壊れてしかたなくスマホに替えた。もともとガラケーの操作も覚束なかった者が、ハイテク最前線のスマホを操作することに無理があった。どんどんたまる通知に音をあげて、蟷螂に何とかしろといってきた。と、通知の中にアンポンタン倅からのメールがあった。読むとはなしに読むと、24日からイタリアへ行くとある。先月はロンドンへ行き、去年はニューヨークとフロリダへ行った。
アンポンタン倅がその職についたのは今から12年前、親の意見を無視して飛び込んだ業界だったが、意外に社内規定が厳しく、その上連日午前様の残業で、まだコミュニケーションのとれていた蟷螂にちょくちょくメールがきた。『過労死したら、このメールを証拠にしてくれ』という物騒なものまであった。そして、入社して半年ほどたった頃に『会社をやめる』と言ってきた。蟷螂としては、甘い気持ちで飛び込んだ業界で、思いの外厳しくしつけられていたので、『俗に石の上にも三年という。お前はまだ一年兵。来年になれば二年兵、再来年になると三年兵とは言わず古兵と呼ばれる。もう少し辛抱してみたらどうか』と諭したのが悪かった。ずるずると12年もアミューズメント業界に身を沈めているが、ここへ来て仕事の内容が変わってきた。海外へ行くことが多いのだ。アンポンタン倅は、飛行機に乗ると頭が痛くなるのにだ。それは新婚旅行で十分わかっているのに、海外へ行かされるのは、そろそろリストラ年齢に差し掛かったからではないかと、穿った見方をしてしまう。同居人にメールを送ってきたのも、父親に相談したいという心の声かもしれないのだ。