僕はスタンリー・キューブリック監督の映画が結構好きでこれまでたくさん見てきたが、その中でも特に好きな映画が、1962年に公開された『ロリータ』だ。これは禁断の歪んだロリコン愛をテーマにした問題作として当時も話題になった。僕もこの映画を初めて観た時に、後述の通り色々な意味で衝撃を受け、それ以来好きな映画ベスト10に入るお気に入りの映画となった。時々DVDを引っ張り出して観ているが、今回も久々にむしょうに観たくなって観賞した。
まずはこの映画、カラー映画全盛の1962年にあえて白黒映画として撮影している点が、キューブリック監督の拘りを感じる。しかし、のちに説明するが、白黒映画にしたことで、かえって艶めかしい魅力を引き出すことに成功していると言える。
物語は、いきなり衝撃的なラストシーンから始まるという凝った設定。霧深い日、中年男ハンバート(ジェームズ・メイスン)が荒れ果てた大邸宅を訪ね、ロリータの件で脚本家のクィルティ(ピーター・セラーズ)という男を射殺する。そして、物語はそこから4年前に戻り、本編が始まる。
ハンバートは、秋からアメリカの大学で講義することとなったため、パリからアメリカにやってきた。その前の一夏を保養地で過ごすこととし、下宿候補シャーロット・ヘイズ未亡人宅を訪れた。シャーロットは書籍委員会の会長で、前回の講演ではクィルティを講師として呼んでいた。ここで面白いのは、このシャーロットが憎めないいい感じのおばさんではあるのだが、ハンバートとしては特に女性としての興味はなく、ややめんどくらいおばさんと感じたので、ここを下宿にするのは辞めようかと思っていた矢先、ハンバートが帰り際に庭を見学していた際にシャーロットの娘を見て、そのあまりの美少女ぶりに一目惚れしてしまう。この少女こそがロリータであった。結局ハンバートは即答で、ここに下宿することに決めてしまうが、何とも下心満載の即決で思わず笑ってしまうが、男性としては共感出来てしまうのがまた悲しい性である(笑)。
一方、シャーロットはハンバートに惚れて、結婚を迫られたハンバートはかなり躊躇していたが、ロリータをサマーキャンプに送り込むことが決まり、夏の間だけの下宿だった為、これっきりロリータとお別れになってしまうことを恐れたハンバートは、これからもロリータのそばに居たいという一心で、シャーロットとの結婚を受諾する。しかし、ロリータがキャンプに行っている際、夫婦喧嘩をきっかけとしてハンバートの赤裸々な日記(シャーロットのバカにした内容や、ロリータへの異常なまでの愛情を綴った内容)を読んで衝撃を受けたシャーロットは、彼の本心を知り、逆上して家を飛び出し、不慮の交通事故で死亡する。しかし、ここでも興味深いのは、シャーロットが亡き夫が所持していた拳銃を引き出しにしまっていたが、銃弾が入っていないと思い込んでいて、ハンバートはこの拳銃でシャーロットを撃ち殺したら、完全犯罪で邪魔なシャーロットを消し、ロリータを独り占め出来るのではという邪悪な考えが頭をよぎる。結果的に、シャーロットは都合良く交通事故にあって死んでしまうので殺さずに済み、どこかでほっとするのと同時に、ロリータをついに自分のものに出来るという“欲望“がふつふつと湧き上がるさまが、静かながらも見事に表現されているのが面白い。
ハンバートは義父の立場を使い、ロリータをキャンプから連れ出し、母が交通事故で亡くなったことを告げ、教師を務めるオハイオに連れていくが、そこで高校へ通うロリータの世話をしつつ、行動を逐一チェックし、がんじがらめに囲い込もうとする。ロリータが他の男子学生とデートすることを許せないハンバートは、高校演劇への出演も許可しなかったが、家に来た、高校の心理学者ゼンプ博士の脅迫じみた説得により渋々許可する。劇の初演後、ハンバートはピアノ教師からロリータが演劇の稽古のためだとしてピアノレッスンを休んでいたことを聞き、すぐにロリータを家に連れ帰り、責め立てる。反発したロリータは家を出て誰かと公衆電話で話した後、ハンバートに、高校も芝居も嫌になったので旅に出ようと提案する。ハンバートは喜んで、同意する。出発のしばらく後に、ハンバートは自分たちの車を誰かの車が追跡していることに気づく。スピードを上げて追跡車をまいた途端にパンクし、追跡車に追いつかれるが、追跡車は反転して去った。その時、ロリータは風邪をひいていて、入院することとなった。ハンバートが一人で泊っているモーテルの部屋に、夜、誰かから電話がかってきた。男やもめの白人男性としてハンバートがリスト入りしているので、性生活について報告してほしいというような奇妙な内容だった。ハンバートが報告を断り、電話を切り、病院に急行したところ、ロリータは、ハンバートに告げずに、叔父と名乗った男と共に退院し、姿を消してしまう。
3年後、ロリータから、結婚・妊娠していること、借金苦のため小切手を送ってほしいことが書かれた手紙が届く。ハンバートはロリータの家を訪ね、逃げた経緯を問いただした。夫ディックとは1年前に知り合ったので、無関係。ゼンプ博士、追跡していた男、モーテルに電話してきた男、叔父と名乗った男などは全部脚本家、クィルティだった。ロリータは、ハンバートと出会う前に彼を知り、すぐに惚れ、高校生の時から交際していた。それで、ハンバートから共に逃げたのだが、クィルティがピンク映画への出演を迫ってきて、ロリータが断ったところ、彼はロリータを追い出したという。ハンバートはロリータに、夫やボロ家を捨て、一緒に暮らそうと懇願したが、断られる。あきらめたハンバートは、大金をロリータに渡して、去った。その後、ハンバートはクィルティを殺しに行き、殺人犯として裁判を待つ間に病死する。冒頭のクイルティ殺害シーンへと繋がって映画は終了するのだ。
映画全体の構成として、僕は簡易的に3つに分けて考察しているが、第一部はロリータの可愛らしさが炸裂し、華やかで明るい雰囲気の中で、全体的に理性支配している展開。そして中盤の第二部は、ハンバートのロリータを求める偏愛が徐々に加速し、もはや止められない衝動への変化していくスリリングな展開。そして母シャーロットが死んだ後の第三部は、ハンバートとロリータ2人の生活が始まるものの、執拗なまでのハンバートの束縛にロリータも我慢が出来なくなり、悲劇的な展開への転落していく。
紳士的な中年男性ハンバートを見事に演じているのが、名優のジェームス・メイソン。個人的には、これまた大好きな映画監督のヒッチコック作品、『北北西に進路をとれ』に出演していたのが印象的な燻し銀俳優だ。そして、映画の最初から最後まで潜在的に不気味な存在感を放つのが、ピンクパンサーで有名な名優、ピーター・セラーズが演じるクイルティ。キューブリック作品らしい、怖いくらいの見事な“不気味さ”を表現しているのがさすがである。
そして、この映画で忘れてはならないのが、鮮烈なインパクトを残したロリータ役のスー・リオン。この映画はまさに彼女の為にあると言ってもいいくらいで、主演した時は無名の15歳。何とも美しい小悪魔的な少女ぶりを遺憾なく発揮しており、ハンバートじゃなくとも、誰もが一目惚れしてしまう存在となった。こんなに美しかったスー・リオンだが、映画の中のロリータの晩年のように、この映画主演の後も幾つかの映画に出演したもののパッとしないまま、私生活では17歳で結婚・出産、その後も結婚・離婚などを繰り返し、残念ながら女優としては結局大成しなかったようだ。その意味ではこの『ロリータ』1本だけで、鮮烈なインパクトを映画界に与えた一発屋とも言えるだろう。
キューブリックはロリータに何とも印象的な名シーンをたくさん用意している。まず初対面が、ビキニ姿で庭での日光浴をするロリータの姿にまずは打ちのめされる。そして、その後も庭でフラフープをするロリータや、ダンスパーティーで踊るロリータにハンバートの目は釘付け。そして極めつけが、ハンバートに足のマニキュアを塗らせるシーンの何とも艶めかしいこと!白黒映画なのに、観ている者に真っ赤なマニキュアを塗っているシーンを連想させてしまうのが何とも効果的で素晴らしいのだ。また、シャーロットもハンバートに惚れてしまうので、ロリータにも大人げない嫉妬をして、ヒステリックになるシーンと、それをクールに受け止める大人なロリータもまた、彼女の艶めかしさに一役買っている。
また象徴的な名シーンなのが、ベッドサイドにあるロリータの大きな写真を見ながら、シャーロットとベッドで抱き合うハンバートの場面は何ともヤバイ(笑)。
そして僕が一番好きなのが、ロリータがサマーキャンプに出発してしまう日の朝、もうハンバートには会えないと思って、清楚で可愛い姿のロリータが玄関から戻って階段を駆け上がり、2階の廊下でハンバートに抱きついて”私を忘れないでね”というシーンがあるのだが、これがまた男性としてはたまらないのだ(笑)。この破壊力のある一言で、ハンバートはシャーロットとの結婚を決めたと言っても過言ではない。
映画『ロリータ』は語り尽くせない面白さとエロティズムが詰まった傑作で、しかもキューブリックの”異常”さがある意味爽やかな形(?)で結実した作品として、これからも後世にも語り継がれるであろう。